カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

図書館の獣

2013-08-04 20:05:51 | 即興小説トレーニング
 市立図書館という場所が無法地帯だとは知らなかったと、和臣は遠い目をする。

 大学の卒業論文制作という人生一大行事の為の資料集めに来たは良いが、時節は夏休み、本だけでなく公共施設の涼を求めて訪れる喧しいガキども…… もとい元気な子ども達や、その付き添いでやって来たらしい、やはり騒々しいくそババァ…… もとい情報公開に余念がないお母さん方、果てはホームレスのおっさん…… もとい居住住宅というシロモノに縁がなさそうなオジさんで賑わう空間は、確かに勉学の資料を求める学徒にはキツイ環境だった。
 そんなわけで和臣はなるべく図書館への長居を避け、必要と思われる資料をかき集めては借り、返してはまた新しい本をかき集めて借り、そんな行為を繰り返していた。

 そんなある日、見慣れない司書に返却と、更に次の本の貸し出しを頼んだときのととだった。
「一冊足りないよ」
 細面で神経質そうな男性司書の呟くような声に慌てて借りた本を確認する和臣だったが、間違いなく借りた本は全てそこにあった。ちなみに、この市立図書館において個人が一度に貸し出して貰える冊数は五冊までだ。
「前回借りたのは四冊だけど?」
「CD」
 やはり小さな声でぽつり、と呟く司書の言葉に、和臣はようやく自分が前回四冊の本と一枚のCDを借りたことを思い出した。
 慌てて済みませんと詫びを入れ、借りようとしていた五冊の中から一冊だけ抜いて残りの四冊の貸し出し手続きを行う。そして借りた四冊の本を鞄に突っ込み、こっちは返しておきますねと残りの一冊を手に取った和臣に、司書は無言で頷いてみせた。

 借り損なった本を本棚に戻した和臣は、さて帰るかと踵を返して再び貸し出しカウンターの前を通った。そこにいたのは小太りの女性司書だったので、さっきの男性司書は何処に行ったのだろうと何となく館内を見回す、すると。
 先程まで賑やかだったDVD試聴コーナーから不意にざわめきが消えたと思ったら、出てきたのはあの男性司書だった。何となくその姿を目で追っていると、今度はソファーに横たわっていたオジさんに何か囁きかける。すると、オジさんは飛び跳ねるようにソファから身を起こすと、そのまま転がるように図書館から出て行った。
 司書はさらにキッズコーナーではしゃいでいた子ども達に近付き、やはり何かを囁きかけた。直後に怯えきった子ども達が、ある者はオジさんと同じように図書館を飛びだし、またある者は怯えきった表情で母親にもう帰ろうと哀願し始める。

 やがて図書館に相応しい静寂を取り戻した空間で、ただ呆然と立ち尽くすばかり和臣の脇をすり抜けた司書は、そのまま本棚の奥に姿を消した。何となく気になって後を追う和臣だったが、何故か司書の姿は何処にも見えなくなっていた。


「ああ、そりゃ図書館に住んでる妖怪だよ」
 たまたま家に来ていた敏道叔父さんに先程の不可解な出来事と司書の話をすると、実にあっさり返ってきた答えがこれだった。
「え、妖怪て、妖怪のことだよね?そんなのが何で図書館にいるんだよ」
「奴にとっては、むしろ自分の縄張りに人間が図書館を建てたと言うことらしいが」
 それは気の毒にと間抜けな感想を口にする和臣に、叔父の敏道は苦笑いしながら続ける。
「そうでもない、自分の縄張りに人間が入ってきた奴は、最初は食い放題だと喜んだらしい」
「食い放題って……でも、あそこで人が食い殺されたとか言う話は聞かないけど」
「そりゃ、人間だって食い放題にされる義理はあるまい。だから奴が食えるのはあの地の秩序を乱した人間だけで、しかも最後勧告に『食うぞ』と告げる約束になっているんだ。まあ、そう言われると大概の人間は本能的な危機感から逃げ出すしな」

 だからあそこは一応の平和が保たれていると話し終えた言敏道叔父が何故そんなことを知っているのか、和臣は『本能的な危機感』から、追究するのを止めた。   

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