轢き逃げにあい、散々の騒動の末に何とか事態の収拾が付いた頃。
自動車保険の担当員から妙な話を聞いた。
馬鹿馬鹿しい話ですがね、と担当員は前置きしてから話しはじめる。
「実はお客さんを轢いた車と全く同じ状況で被害にあった方が、うちの会社だけでも何人かいるんですよ」
全く同じ車種、同じ色、そして同じナンバープレート。
信号無視の状態で横断歩道に突っ込み、歩行者をはね飛ばしても直進を止めず、その速度に目撃者は姿を見失う。
どれだけ警察が捜査を重ねても該当車は見付からず、結局事件は犯人不在のまま処理される。
「それがですね、本当は最初の一件だけは轢き逃げ犯の正体が分かって、警察が逮捕に乗り出したんですよ。なんでも主婦で、同乗者の話によると見たい番組があるとかで非常に急いでいたとか」
まあ、だからって轢き逃げが許される訳じゃないし、見過ごせなかった同乗者が通報したのも当然と言えば当然ですよね。そこまで話して担当員は表情を曇らせる。
「けど、当の主婦の方は我慢できなかったようなんですよ…… 自分が轢き逃げ犯として捕まるのも、自分を警察に売り渡した同乗者も…… だから」
事件発生から三日後、行方不明になっていた主婦と同乗者は、県境山道沿いの崖下で、潰れた車の中で発見された。主婦の方は確かに事故死だったらしいが、同乗者の体中には刃物で滅多差しにしたような痕が残っていたと言う。
「それ以来なんですよ、奇妙な轢き逃げ事故が発生するようになったのは。事情を知ってる人間には呪いだの、祟りだのと言われていますが、もしそうだとしたら、一体『誰』が、『誰』を呪ってるんでしょうねえ」
そう言われて思い出したのは、車にはね飛ばされた直後、脳裏に浮かんだ鮮明すぎる映像。
ハンドルを固く握りしめたまま驚愕に目を見開き、開いた口からどす黒い舌を突きだした女。そして、そのすぐ後ろ、後部座席で血まみれのまま歪みきった笑顔を満面に浮かべながら、女の首に両手で力任せに爪を立て続ける男の姿。
きっと同じような轢き逃げ事故は、これからも続くだろう。
だが、生きている人間がその原因を取り除くことは、恐らく出来ないのだ。
自動車保険の担当員から妙な話を聞いた。
馬鹿馬鹿しい話ですがね、と担当員は前置きしてから話しはじめる。
「実はお客さんを轢いた車と全く同じ状況で被害にあった方が、うちの会社だけでも何人かいるんですよ」
全く同じ車種、同じ色、そして同じナンバープレート。
信号無視の状態で横断歩道に突っ込み、歩行者をはね飛ばしても直進を止めず、その速度に目撃者は姿を見失う。
どれだけ警察が捜査を重ねても該当車は見付からず、結局事件は犯人不在のまま処理される。
「それがですね、本当は最初の一件だけは轢き逃げ犯の正体が分かって、警察が逮捕に乗り出したんですよ。なんでも主婦で、同乗者の話によると見たい番組があるとかで非常に急いでいたとか」
まあ、だからって轢き逃げが許される訳じゃないし、見過ごせなかった同乗者が通報したのも当然と言えば当然ですよね。そこまで話して担当員は表情を曇らせる。
「けど、当の主婦の方は我慢できなかったようなんですよ…… 自分が轢き逃げ犯として捕まるのも、自分を警察に売り渡した同乗者も…… だから」
事件発生から三日後、行方不明になっていた主婦と同乗者は、県境山道沿いの崖下で、潰れた車の中で発見された。主婦の方は確かに事故死だったらしいが、同乗者の体中には刃物で滅多差しにしたような痕が残っていたと言う。
「それ以来なんですよ、奇妙な轢き逃げ事故が発生するようになったのは。事情を知ってる人間には呪いだの、祟りだのと言われていますが、もしそうだとしたら、一体『誰』が、『誰』を呪ってるんでしょうねえ」
そう言われて思い出したのは、車にはね飛ばされた直後、脳裏に浮かんだ鮮明すぎる映像。
ハンドルを固く握りしめたまま驚愕に目を見開き、開いた口からどす黒い舌を突きだした女。そして、そのすぐ後ろ、後部座席で血まみれのまま歪みきった笑顔を満面に浮かべながら、女の首に両手で力任せに爪を立て続ける男の姿。
きっと同じような轢き逃げ事故は、これからも続くだろう。
だが、生きている人間がその原因を取り除くことは、恐らく出来ないのだ。