山というのは、基本的に人間のために存在している空間ではない。だから、しばしば人間の理では計れない事柄が発生するものだ。それは仕方ないだろう。
だが、人間の理では計れない事柄に巻き込まれたときに、はいそうですかと大人しく従う義理も人間にはない。だから、俺はなるべく時間を稼ぐことにした。
一、二、三、四、五、六、七、八、……
背後から付かず離れず付いてくる気配に向かって、片手に持ったザックから取り出したお結びやおかず、それに漬け物などを一定歩数ごとに放り投げる。その度に背後から何かを噛み砕く音が聞こえるが、決して振り返ってはいけない。
百二十三、百二十四、百二十五、……
手持ちの食糧は尽きかけていたが麓も近い。自分が狂乱状態になることを恐れながらも、俺はきっちり百歩ごとにザックの中の食糧を背後に向かって放る。
五百六十七、五百六十八、五百六十九、五百七十一、…… !
途中で何度か数を間違えかけた時は背後の気配がいきなり濃密になったが、その度に数を増やした食糧を投げることで何とか難を逃れた。
やがて麓が近付いて背後の気配が心なしか薄れたとき、俺は数を間違えた。しかも手元には板チョコが一欠片、絶体絶命だ。俺は咄嗟にチョコを噛み砕いて二つに割ってから背後に投げる。直後に背後の気配が弾け飛び、山に還っていくのを感じる。どうやらそこが奴の縄張りの限界だったようだ。
こうして俺は山から生還し、そして二度と山に近付くまいと決めた。
何せ奴は山に還る瞬間、確かに俺に向かってこう言ったのだ。
「おめえの味、覚えたからな」
だが、人間の理では計れない事柄に巻き込まれたときに、はいそうですかと大人しく従う義理も人間にはない。だから、俺はなるべく時間を稼ぐことにした。
一、二、三、四、五、六、七、八、……
背後から付かず離れず付いてくる気配に向かって、片手に持ったザックから取り出したお結びやおかず、それに漬け物などを一定歩数ごとに放り投げる。その度に背後から何かを噛み砕く音が聞こえるが、決して振り返ってはいけない。
百二十三、百二十四、百二十五、……
手持ちの食糧は尽きかけていたが麓も近い。自分が狂乱状態になることを恐れながらも、俺はきっちり百歩ごとにザックの中の食糧を背後に向かって放る。
五百六十七、五百六十八、五百六十九、五百七十一、…… !
途中で何度か数を間違えかけた時は背後の気配がいきなり濃密になったが、その度に数を増やした食糧を投げることで何とか難を逃れた。
やがて麓が近付いて背後の気配が心なしか薄れたとき、俺は数を間違えた。しかも手元には板チョコが一欠片、絶体絶命だ。俺は咄嗟にチョコを噛み砕いて二つに割ってから背後に投げる。直後に背後の気配が弾け飛び、山に還っていくのを感じる。どうやらそこが奴の縄張りの限界だったようだ。
こうして俺は山から生還し、そして二度と山に近付くまいと決めた。
何せ奴は山に還る瞬間、確かに俺に向かってこう言ったのだ。
「おめえの味、覚えたからな」