カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

旅する絵描き

2013-08-19 20:59:48 | 即興小説トレーニング
 似顔絵をどうですかと聞かれたイントネーションが西の方の言葉らしく聞こえたので、一枚頼むついでに出身地を尋ねたところ大阪だと答えが返ってきた。
「でも、もう捨てましたけどね」
 やや訛りの残る絵描きの言葉に、僕は黙り込む。
 偏見かも知れないが、西日本の人たちは故郷を離れても出身地の方言を使い続ける印象があったので、それを捨てたと言い切るには余程の事情があったのだろう。しかし、絵描きは画用紙に鉛筆を走らせながら僕の顔を見ると、不思議な笑みを浮かべながら答えた。
「貴方は良い人ですね。お礼に、滅多に他人には話さない私の秘密を教えて差し上げます」
 正直、初対面の絵描きに『私の秘密』と言われても大した興味は湧かなかったが、まあ似顔絵が描き上がるまでの暇潰しにはなるだろうと話を促してみせる。

「私はね、後ろの人が見えるんです」
 そう言われて、つい自分の背後に視線を移してしまった僕に、絵描きは相変わらず不思議な笑みを浮かべながら続けた。
「いやいや、普通のひとには見えないですよ。大体は生きている人間じゃないし、たまには人間ですらありませんから」
「それは、いわゆる背後霊ですか?」
「さあ…… 、実は私も自分が何を見ているのか、正確なところは判らないんですよ」
 ああ絵が完成しました、どうぞ。とスケッチブックから一枚紙を破って渡してきた絵描きに、僕は面白半分で提案してみる。
「それじゃ、もう一枚頼めますか?ただし、今度は僕の後ろにいる相手を書いて欲しいのですが」
 すると絵描きは少し首を傾げるような恰好で眼を細め、僕の背後らしき場所にいま一つ定まらない視線を向け、やがて再び元の目付きに戻ってから答える。
「良いでしょう、ああ、お代は一枚目と同じ金額で結構です」
 
 先程と同じくらいの速さで絵描きの鉛筆が描き出したのは、猫を抱いた紳士だった。服装からするとかなり昔の、多分明治とか大正とか、昭和でも戦前とか、そんな時代の人だろうか。しゃんと背筋を伸ばし、丸眼鏡を掛けた神経質そうな目付きをしているが見覚えはない。家の仏間に並んだ遺影でも見たことのない人だ。
 しかし僕の主な関心は紳士ではなく、紳士が抱いた不細工極まりない猫の方に向けられた。
「これ…… ブッチだ」
 僕が子どもの頃から家にいた、丸々太ったブチ猫。寝るか食べるか以外をしていることは殆どなかった、ぐうたらで怠け者な、大好きだった同居猫。
 二十年近く生きた末、お定まりのようにある日突然行方をくらまして、そのまま帰ってこなかったコイツを、まだ学生だった僕は猫じゃらしと猫缶を携えて何日も近所を探し回ったのだ。
「本当は貴方のところに帰りたかったみたいですね。でも、躰はもう動かなくて、だからこうやって」
「…… そうですか」
「ちなみに紳士は貴方のお祖父さんの弟さんだそうです。生前の貴方に会ったことはないらしいですが、何でも貴方が兄弟で一番仲の良かったお祖父さんにそっくりなのだそうで」
「そうですか、有難うございました」
 僕が少しだけ料金を多めに払うと、絵描きは遠慮しながらもそれを受け取ってから言った。
「でも、今回は良かったですよ。お客さんのように良い人に当たりましたから。
 本当に色々な人に会いますよ。良い人も、悪い人も。
 だから、あちこちを流れながら、こうやって絵を描き続けていれば、やがて私の求める相手に出会えるような気がしましてね」
「求める相手?」
「私の婚約者を殺した連中です」
 息を呑む僕に、絵描きは先程とは打って変わった貼り付いた笑みを満面に浮かべて続ける。
「結婚式の三日ほど前に夜道で襲われましてね、ウエディングドレスを着たまま手首を切ったそうです。
 だから私は探しているんです、そして連中の後ろにいる連中を描き出して突きつけてやるんですよ。大概はとんでもない化け者か、思い出したくもない姿を見せ付けられて発狂しますがね。」
 あと三人ほど残っているんです。そう呟くの絵描きに背を向け、僕は足早にその場を立ち去った。

 家に帰って母に絵を見せたところ、小さい頃に憧れていた親戚の叔父さんのそっくりさんがブッチを抱いていると喜び、強奪された。
 僕は止めなかった。

 
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