カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

休日は、マサラの日

2013-08-28 22:49:07 | 即興小説トレーニング
 残業続きだった数日間を終え、ようやく迎えた休日の朝。
 値千金と称しても大げさではない微睡みの中で極上の安息を貪っていた僕は、一片の慈悲もない振動と言葉によって現実に引き摺り戻された。
「とっとと起きて頂戴、布団を干したいんだから」
 そして加奈子は僕から掛け布団を剥ぎ取り、次に引っ張り上げた敷き布団から僕の躰を転げ落とした。頼むから寝かせてくれよと哀願する暇もない。

 ここで意地になって寝転がると、加奈子は間違いなく蹴りを入れてくる。仕方ないのでパジャマを脱ぎ捨てて着替えた僕は顔を洗ってから台所に向かった。
 僕のために用意しておいてくれたらしい一人分のご飯と味噌汁、それに焼き魚と漬け物を一人で頂きながら、僕は何故か唐突に『今夜のお昼はカレーにしよう』と思い付いた。それもカレーライスではなくマサラだ、間違いない。
「おーい加奈子、マサラ作るけど牛と鶏、どっちがいい?」
 物干し竿に吊した布団を叩きながら、それでも僕の声が聞こえたらしい加奈子は『それじゃ鶏でお願い』と答えてきた。

 冷蔵庫を開けると材料が心許なかったので、近所のスーパーまで行って材料を買いそろえて家に戻った僕は、まずは大量の玉ねぎをみじん切りにする。もちろんフードプロセッサーを使ってだ。戦いの初手から涙で視界を滲ませる気はない。

 加奈子は滅多に使わない厚底の鉄製フライパンにバターを一片落とし、焦がさないように注意しながら玉ねぎを飴色になるまで炒める。
 次に玉ねぎを移したフライパンで鶏肉を色が変わるまで炒め、皿に取り出してから今度は野菜を炒める。
 大鍋に脂を溶かし、クミンシードとコリアンダーを炒めてから玉ねぎ、鶏肉、野菜を投入して香りを移す程度に炒め、そのままナベに水を張り、煮立てる。
 沸騰したら月桂樹、パプリカ、鷹の爪など各種のスパイスを秘伝の配合で投入する。ちなみに加奈子はオリジナルスパイスの配合に興味がない。
 灰汁を取りながら煮立て、様子を見ながら更にスパイスを投入して数時間、更に煮込む。。

 炊飯器に仕掛けておいたターメリックライスが炊きあがった頃、僕は加奈子を呼んでやや遅めの昼食を始めることにした。普段の加奈子は僕が台所に入るのを嫌うが、休日にマサラを作ると言ったときだけは一切の手出しをしないまま、好きにさせてくれるのだ。

 二人でマサラを頂いていると、加奈子は大概笑顔でこう言う。
「やっぱり休日の朝に貴方を叩き起こすのは正解ね」
 だから、貴重な微睡みの楽園を追われた僕は大いなる不満を感じながらも、結局は別の楽園で別の楽しみを見出すことになるのだった。

 明日までにはヨーグルトと各種スパイスに漬け込んだ鶏肉が良い具合に仕上がるはずだから、月曜日のお弁当のおかずにはタンドリーチキンを入れて貰おう。
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