和喜の子どもの頃の写真と言えば、野球帽を被った半袖半ズボン姿で、クルー丈ソックスにアニメや特撮のキャラ靴を併せて履いているというのが相場だった。礼服の写真もないわけではないが、そんな写真は全くの別人に見える。
そんなわけで友達と遊ぶのも、当時はまだ少なくなかった空き地で草野球や鬼ごっこ、住宅街の狭間で缶蹴り、ある程度大きくなってからは、自転車で遠くの町を目指したり、まあ、現在の外見からは想像も付かない、かなりアクティブな子どもだった訳だ。
時に仲良しはガキ大将だった敬吾くんで、学区は違ったが、引っ越してきたばかりで右も左も判らなかった和樹を何度も遊びに誘ってくれた。子ども達のリーダーと言って良い敬吾くんのお気に入りと言うことで、敬吾くんの友達は何の抵抗もなく和喜を受け入れてくれ、その頃の和喜の日常は、かなり楽しいものだった。
夢の終わりは、ありがちな親の転勤。
和喜が自力で築き上げた子どもの世界は、こうやって何度も壊されてきたのだが、当時は子どもであった和喜に抵抗の術は一切なかった。
引っ越すんだと打ち明けた時、敬吾くんは一瞬絶句してから和喜の顔をまじまじと見詰め、どうにかならないのかと訊ねてきた。
どうにもならないよ。両親にさんざん言われた言葉を和喜が繰り返すと、敬吾くんは凄く怒ったような表情で和喜から顔を逸らして、どこかに行ってしまった。
やがて引っ越し当日、トラックに荷物を積み込まれるのを、ただぼんやり眺めていた和喜に掛けられる声。振り向くと、そこには相変わらず仏頂面の吾くんがいた。
「これ、やる」
言うなり敬吾くんは大事な宝物だった筈のシール手帳を押しつけてきた。ちなみにシール手帳というのは、アニメや特撮の名場面やキャラクターをシールにしたものを貼り付ける専用アルバムのようなもので、コンプリートには子どもにとって相当の根気と財力がいる。
「え、でも」
「いいから、やる!」
そのままシール手帳を置き去りに、その場を駆け出す敬吾くん。追いかけようとしたが、もう出発の時間だからと母親に止められた。
移動中の車の中でめくってみた手帳には、以前『特別だからな!』と見せて貰ったときに空いていた部分も含めて全てのシールが貼り付けられていた。あれから運良く揃ったのか、和喜の引っ越しに合わせて必死で集めたのか、そこまでは判らなかったが、和喜は引っ越し初日の夜、布団の中で一人静かに泣いた。
それからシール手帳は和喜の宝物になったが、更に何度か繰り返された引っ越しの幾度か目に行方不明となってしまった。
それはもう、全て昔の物語。和喜は巡り行く季節の中で何度も出会いと別れを繰り返し、やがて結婚して家庭を持った。子どもも二人授かった。
ちなみに夫の名前は敬吾と言うが、どうやら子どもの頃仲が良かった『わーくん』と、わーくんが引っ越しするときに渡したシール手帳のことは未だに覚えているらしい。
とりあえず『わーくん』がシール手帳をなくしたことは、例え墓の下に入っても黙っていようと和喜(わき)は思った。
そんなわけで友達と遊ぶのも、当時はまだ少なくなかった空き地で草野球や鬼ごっこ、住宅街の狭間で缶蹴り、ある程度大きくなってからは、自転車で遠くの町を目指したり、まあ、現在の外見からは想像も付かない、かなりアクティブな子どもだった訳だ。
時に仲良しはガキ大将だった敬吾くんで、学区は違ったが、引っ越してきたばかりで右も左も判らなかった和樹を何度も遊びに誘ってくれた。子ども達のリーダーと言って良い敬吾くんのお気に入りと言うことで、敬吾くんの友達は何の抵抗もなく和喜を受け入れてくれ、その頃の和喜の日常は、かなり楽しいものだった。
夢の終わりは、ありがちな親の転勤。
和喜が自力で築き上げた子どもの世界は、こうやって何度も壊されてきたのだが、当時は子どもであった和喜に抵抗の術は一切なかった。
引っ越すんだと打ち明けた時、敬吾くんは一瞬絶句してから和喜の顔をまじまじと見詰め、どうにかならないのかと訊ねてきた。
どうにもならないよ。両親にさんざん言われた言葉を和喜が繰り返すと、敬吾くんは凄く怒ったような表情で和喜から顔を逸らして、どこかに行ってしまった。
やがて引っ越し当日、トラックに荷物を積み込まれるのを、ただぼんやり眺めていた和喜に掛けられる声。振り向くと、そこには相変わらず仏頂面の吾くんがいた。
「これ、やる」
言うなり敬吾くんは大事な宝物だった筈のシール手帳を押しつけてきた。ちなみにシール手帳というのは、アニメや特撮の名場面やキャラクターをシールにしたものを貼り付ける専用アルバムのようなもので、コンプリートには子どもにとって相当の根気と財力がいる。
「え、でも」
「いいから、やる!」
そのままシール手帳を置き去りに、その場を駆け出す敬吾くん。追いかけようとしたが、もう出発の時間だからと母親に止められた。
移動中の車の中でめくってみた手帳には、以前『特別だからな!』と見せて貰ったときに空いていた部分も含めて全てのシールが貼り付けられていた。あれから運良く揃ったのか、和喜の引っ越しに合わせて必死で集めたのか、そこまでは判らなかったが、和喜は引っ越し初日の夜、布団の中で一人静かに泣いた。
それからシール手帳は和喜の宝物になったが、更に何度か繰り返された引っ越しの幾度か目に行方不明となってしまった。
それはもう、全て昔の物語。和喜は巡り行く季節の中で何度も出会いと別れを繰り返し、やがて結婚して家庭を持った。子どもも二人授かった。
ちなみに夫の名前は敬吾と言うが、どうやら子どもの頃仲が良かった『わーくん』と、わーくんが引っ越しするときに渡したシール手帳のことは未だに覚えているらしい。
とりあえず『わーくん』がシール手帳をなくしたことは、例え墓の下に入っても黙っていようと和喜(わき)は思った。