小間微塵に刻んだキャベツに塩を振り、水分を絞る。
合い挽き肉に調味料を混ぜ込んで練る際は、やりすぎると具が固くなるので程々に。ハンバーグの時とは違い、ふんわりと最小限混ぜ込むイメージで行うのがポイントだ。
皮に乗せる具材の目安は大体三分の一、外側に水を塗った皮を左端から襞にして畳んで行くのが私流。
サラダオイルを引いて熱した厚手のフライパンに餃子を置いて三分、引っ繰り返して二分、更に水を差して二分。
昔はともかく最近の餃子は外観の整い方は元より、焼いたときの身崩れや皮剥がれもない。修行の成果と言っても良いだろう。
そんなわけで手作りで餃子を作ると、つい作りすぎてしまう。大体は金属のバットにラップを敷き詰め、重ならないように餃子を並べてから再びラップを掛けて冷凍庫に突っ込んで冷凍してしまうのだが、今日はいなくなってしまった息子の分も焼いて皿に載せ、食卓に置いた。
「あんたも、そろそろいい加減にしたら?」
息子は三年ほど前、文字通り『いなくなった』。
警察にも捜索を依頼して随分と探したのだが、今のところ見付かっていない。
そんな息子が、どうやら本当に『単に姿を消しただけ』らしいと気付いたのは最近だった。ふとした弾みに息子の気配を感じて振り向くと、ちょうど私の視界すれすれから駆け去る人影が一瞬よぎったのだ。それは一度や二度ではなく、私は何とか息子の姿を視界に捉えようと素早く動いてみるのだが、どうしてもその姿をまともに見据えることは出来ないでいる。
私は食卓に着き、テーブルに置いた幾つかの小瓶から醤油、酢、それにラー油を小皿に取り、餃子を一口頂いてから、こんどはご飯に箸を伸ばす。
息子は偏食が激しく、ご飯を全部食べ終わってもおかずを残しているような子だった。きちんと全部食べさせようとしてもぐずるばかりで、食卓は一向に片付かなかった。
夫は息子や家庭、それに私に対しても無関心で、ただ自分の生活を維持してくれる『家庭』だけを欲しているような人だった。そして、『家庭』のメンバーである息子が失われた途端、私ごと、それを捨てた。
私は一人で食事を続ける。餃子のタネに混ぜ込む調味料は潰して刻んだニンニクと生姜を心持ち多めに混ぜ込むと味の失敗が少ない。何度も作った末の結論だから間違いない。でも、息子は私の餃子を碌に食べなかった。不味いと言い放った。碌に家事の手伝いもしないままに養われている身で、私のことなんか大嫌いだと言い放った。
だから。
息子はこの三年の間にどんどん目減りしていき、もう少しで完全に『いなくなる』。
その筈なのに、私の視界をよぎる人影は消えない。けれど、私は多分、その姿を視界に捉えることが出来ない方が良いのだ。それは多分、脳天を割られた血まみれの姿か、さもなければ関節ごとにバラバラになってパーツごとに転がっているのだろうから。
合い挽き肉に調味料を混ぜ込んで練る際は、やりすぎると具が固くなるので程々に。ハンバーグの時とは違い、ふんわりと最小限混ぜ込むイメージで行うのがポイントだ。
皮に乗せる具材の目安は大体三分の一、外側に水を塗った皮を左端から襞にして畳んで行くのが私流。
サラダオイルを引いて熱した厚手のフライパンに餃子を置いて三分、引っ繰り返して二分、更に水を差して二分。
昔はともかく最近の餃子は外観の整い方は元より、焼いたときの身崩れや皮剥がれもない。修行の成果と言っても良いだろう。
そんなわけで手作りで餃子を作ると、つい作りすぎてしまう。大体は金属のバットにラップを敷き詰め、重ならないように餃子を並べてから再びラップを掛けて冷凍庫に突っ込んで冷凍してしまうのだが、今日はいなくなってしまった息子の分も焼いて皿に載せ、食卓に置いた。
「あんたも、そろそろいい加減にしたら?」
息子は三年ほど前、文字通り『いなくなった』。
警察にも捜索を依頼して随分と探したのだが、今のところ見付かっていない。
そんな息子が、どうやら本当に『単に姿を消しただけ』らしいと気付いたのは最近だった。ふとした弾みに息子の気配を感じて振り向くと、ちょうど私の視界すれすれから駆け去る人影が一瞬よぎったのだ。それは一度や二度ではなく、私は何とか息子の姿を視界に捉えようと素早く動いてみるのだが、どうしてもその姿をまともに見据えることは出来ないでいる。
私は食卓に着き、テーブルに置いた幾つかの小瓶から醤油、酢、それにラー油を小皿に取り、餃子を一口頂いてから、こんどはご飯に箸を伸ばす。
息子は偏食が激しく、ご飯を全部食べ終わってもおかずを残しているような子だった。きちんと全部食べさせようとしてもぐずるばかりで、食卓は一向に片付かなかった。
夫は息子や家庭、それに私に対しても無関心で、ただ自分の生活を維持してくれる『家庭』だけを欲しているような人だった。そして、『家庭』のメンバーである息子が失われた途端、私ごと、それを捨てた。
私は一人で食事を続ける。餃子のタネに混ぜ込む調味料は潰して刻んだニンニクと生姜を心持ち多めに混ぜ込むと味の失敗が少ない。何度も作った末の結論だから間違いない。でも、息子は私の餃子を碌に食べなかった。不味いと言い放った。碌に家事の手伝いもしないままに養われている身で、私のことなんか大嫌いだと言い放った。
だから。
息子はこの三年の間にどんどん目減りしていき、もう少しで完全に『いなくなる』。
その筈なのに、私の視界をよぎる人影は消えない。けれど、私は多分、その姿を視界に捉えることが出来ない方が良いのだ。それは多分、脳天を割られた血まみれの姿か、さもなければ関節ごとにバラバラになってパーツごとに転がっているのだろうから。