カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

虫落とし

2013-08-14 20:47:13 | 即興小説トレーニング
 虫落としの孝司。
 非常に不本意だが、子どもの頃からの僕の渾名というか称号だ。

 何故かは知らないし、今さら知りたくもないが、僕が指さした虫は大小関わりなく必ず地面や床に落ちる。そして、そのまましばらく腹を上にしてじたばたともがいているが、やがて正気を取り戻したように飛び去っていくのだ。
 田舎暮らしの男児にとって、どんな虫でも捕まえられるというのが、どれだけのステータスになるかは、田舎で子ども時代を過ごした男児にしか判らないだろうが、それはもう凄いものだった。特に夏場はカブトムシやクワガタ、オニヤンマやアゲハチョウ、それにミンミンゼミやヒグラシなど取り放題で、あっちのグループこっちの集団と引っ張りだこ。殆どヒーロー扱いだった。

 そんな僕でも一度だけ、本気でゾッとした出来事がある。
 いつものように虫を獲りに虫籠だけを抱えて一人で森に向かった僕は、珍しい獲物を求めてずんずん遠くの方まで分け入り、やがて信じられない程に太くて高い樹を見付けた。見上げるとその樹にはカブトムシやクワガタだけでなく、セミやチョウなど沢山の虫が羽を休めているのが見えた。

 今考えると、どうしてそんな風に大量の虫が一本の樹に集まっていたのかを疑問に持つべきだったのだが、子どもだった僕は夢中になって、いるだけの虫を指さして回った。しまいには一匹一匹指さすのも面倒になって指先を斜めに滑らせたり、十字や籠目を切ってみたりした。

 ふと気が付くと、僕の足元は地面が見えない程に折り重なって足掻く虫たちの姿で埋まっていた。
 思わず僕が手を止めると、虫たちは一斉に正気に還ったように舞い上がり…… 僕の視界は様々な虫によって閉ざされた。悲鳴を上げて駆け出した僕の頬に、腕に、膝にぶち当たる、そして何より足元で砕ける虫たちの感触は未だに夢に見てうなされる事がある。

 そうはいっても、この能力を僕は未だに重宝している。家にゴキブリが出た際、悲鳴を上げる妻の指令で迅速に、確実に片付けることが出来るからだ。
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おにはどこ?

2013-08-14 17:27:09 | 即興小説トレーニング
 吸血鬼の撃退方法の一つに、確か眼前に豆をばらまいてやるというのがあった。そうすると吸血鬼は豆を一粒残らず数えようとするので、その間に逃げ延びることが出来るとか何とか。
「数えた豆をどうするんだろうね、吸血鬼は」
 そんな素朴な問い掛けに、俺は実に投げやりな口調で答える。
「さあな、連中にとっては『数えること』に意義があるんだろう、多分」
「民俗学的にはどんなものなんだろうね、やっぱり一定の法則下で弱点という名の縛りによって物語の…… 」
「知らねえよ、そこまでは。第一吸血鬼に知り合いはいないから、今時の連中が本当に豆を数えるのかも知らねえ」
 ルーマニアに行ったこともないしなと締めくくると、またもや奴は口を開いた。
「え、でもルーマニアもトランシルヴァニアも本来は吸血鬼伝説に関係なかったんでしょ、アレはブラム・ストーカーが勝手にワラキアのヴラド公を吸血鬼のモデルにして…… 」
「んな事は知ってる!だが屍肉食いも含めた吸血鬼伝説が東欧に有るのは本当だ。まあ、あそこは狼男の産地でもあるわけだが」
「ある意味、吸血鬼って人間の生と死に対する根源的な畏れと憧れが入り混じった『影の英雄』だしね…… ところで、歳の数だけの豆を数え終わったよ。そっちが三百七十六個で、こっちが二百三十二個だね」
 でもまあ、人間の世界で暮らしているとは言え、一応は鬼である自分らが年中行事で部屋に豆撒いて、歳の数だけ豆を頂くってのも何かアレだね。そんな風に呟きながら自分の分の豆を囓りだした後輩に、俺は先輩として言ってやった。
「いいんだよ、この国は、ありとあらゆる宗教行事を楽しむ習慣があるんだから」

 それに、人間にだって俺たちより凶悪な『鬼』が混じって日々悪さをやらかしているじゃないか。
  
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