カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

仮面の告解

2013-08-12 19:42:40 | 即興小説トレーニング
 私はもう死にますと、病床の妻は言った。
 だから、許してくださいと。

 貴方とお金目当てで結婚したことも、
 ろくに家事をしなかったことも、
 実は大嫌いだった子供を作ることを頑なに拒んだことも、
 浮気とすら思わずに複数の男性と付き合いを続けたことも、
 優しかった貴方のお母さんを苛め抜いたことも、
 何もかも、許してくださいと。

 だから、僕は答えた。
 昔の話だと。
 だから、全て忘れようと。

 妻は言った。
 有難う、貴方が私の夫でいてくれて本当に良かったと。
 そして、間もなく言葉通りに亡くなった。
 死に顔は、穏やかだった。

 そして、僕は言葉通りに全て忘れることにした。
 妻と結婚した経緯も、過ごした日々も。
 家事をしない妻に代わって料理を作っていた僕が、
 日々、妻の食事にだけ毒を盛っていたことも。

 生命保険会社から支払われた保険金は、結構な額になった。
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ぼくのゆめ

2013-08-12 18:42:19 | 即興小説トレーニング
 変わった形だからと言われて、僕は買われました。
 それから随分と長い間、振り回されたり投げ捨てられたり叩き付けられてきました。
 でも、それが僕の役目でした。それだけは良く判っていました。

 洗われるどころか拭かれることもなく、僕の白い身体は見る見るうちに薄汚れ、ふわふわだった毛皮も埃と脂を吸い、ごわごわと纏い付く塊となっていきました。
 でも、それが僕の役目でした。それだけは間違いありませんでした。

 ある日、僕は他の色々なモノと共に段ボール箱の中に放り込まれて封印され、押し入れに仕舞い込まれました。そのままずいぶんと長い時間を過ごした気がしますが、幾度となく押し入れの扉が開けられても、僕と、僕を詰め込んだ段ボールに対する封印が解かれることはありませんでした。
 でも、それが僕の役目でした。それだけは運命なのだと納得することが出来ました。

 やがて、再び段ボールから出された僕は即座に色の付いたビニール袋に入れられ、そのまま不燃ゴミとして捨てられました。収集車に運ばれた先で焼却処理施設の釜に入れられ、自分の身体が炎に包まれて灰と化していくのを感じながら、最期の意識で僕は思いました。

 僕は幸せでした、僕は幸せでした。
 でも、僕が本物のアルパカに生まれていたとしたら、一体どんな生き方をしていたのだろうと。
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煉獄の祭典

2013-08-12 17:25:32 | 即興小説トレーニング
 とめどもなく流れる汗が乾きもせずに背中を濡らし続けているのが判ったので、僕はペットボトルをもう一本、自販機で購入した。最近流行りのソルティータイプにしておけば、己の肉体から失われたモノが少しは取り戻せるだろうか。

 言うまでもないことだが、今年の夏は記録的というよりは殺人的、それも必殺レベルの酷暑記録を日々更新し続けている。そして僕の向かうイベント会場はオフィス街のラッシュアワーより酷い密度の満員電車に詰め込まれ、吐き出された駅から向かった眼前にあるはずの会場に、信じられない程の時間と忍耐を酷使しながら何とか辿り着き、広々と横たわる碌に風の通らぬ空間に整然と並んだ折りたたみ長机とパイプ椅子で構成されたスペースに陣取って本日までの成果としての同人誌やグッズを展示しているサークル側と、その狭間をウロウロしながら目当てのブツを購入して回る、僕を含む買い手たちで溢れかえっているわけだ。

 ふと見上げると、無骨な骨組みを晒した倉庫の高い天井には白く霞んだ靄が浮かび、とうとう意識が薄れてきたかと不安になるのだが、全く奇跡的に(正に砂漠の砂粒から砂金の一粒を見付ける確率で)偶然電車で出会い、同行することになった友人も同じモノが見えていたらしいので安心する。

「あれはコミケ雲と言って、晴海のガメラ館あたりでは良く見られた雲だけど、今年も出たんだねー」

 キサマは何時の時代からこの地獄に入り浸っているんだという突っ込み必至の呟きが思わず口をついて出る。一説によるとアレは参加者全ての煩悩や欲望や、とにかくそう言ったモノが視覚化してたゆたっているのだと言うが、そうだとしても驚くには価しない。

 何より恐ろしいのは、イベントが終わった僕は友人たちと予約した店に繰り出し、打ち上げと称した宴会を行うことが既に決まっていることだ。だから僕は、全くの比喩ではなく何十年も、年に二度発生するこの修羅場から逃れることが出来ないでいるのだ。
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