「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

「敬老の日」を「老人の日」に変えたらどうか。入院生活の現実

2013-09-16 06:41:33 | Weblog
9月の第3月曜日は「敬老の日」だが15ある「国民の休日」のうち、これほど空疎の響きがあるものはない。昭和23年の「国民の祝日法」で「敬老の日」が制定された当時は”多年にわたり社会につくした老人を敬愛し長寿を祝う”気持が日本の社会にはあった。しかし、今はどうだろうか。老人の僻みかもしれないが、年寄りをやっかいもの扱いにする風潮があるようにみえてならない。それに引き替え、高齢者医療の現実はどうなのか。僕は6泊7日の入院生活でその一端を体験した。

僕が膀胱ガンで入院した東京の国立病院の病室は35㎡の広さで、カーテンで囲って4室あった、僕は膝が悪く若干歩行に難があるのでトイレにに近い部屋にいれてもらった。ところが、偶然だかどうか判らないが、同室の3人が認知症患者で、入院中僕はほとんど46時中、彼らのうめき声や、ため息に悩まれ通しだった。

僕の横の患者は看護婦との会話から救急で入院してきた64歳のタクシーの運転手で脳梗塞のようであった。入れ替わり立ちかえり医師が来て認知症のテストをしていた。入院にはなれていないようで、傍若無人に夜間でもナースコールのボタンを押し続けた。家族は山梨県にいて東京のタクシー会社の寮で一人生活しながら仕事をしていたらしい。入院2日後、家族が山梨からかけつけたが、奥さんは自分も仕事をしていて、見舞にこれなかった、と言い訳していた。

カーテンを挟んだ後ろの患者は胆嚢炎の患者のようだが、看護婦が検査で身体を触れるたびに”イタイ、イタッイ”と大声を上げ、ときには”○○っ子”と奥さんらしい名前を呼び続ける。ついには苦しさからか、ベッドの上で身体を動かし転落してしまった。これでは僕はゆっくり寝られない。看護婦が”おうちの方は”と聞いていたが、家族の見舞がない。多分特養老人施設からの入院患者のようである。

斜のベッドの患者も認知症患者のようで、回診の医師が”ここはどこか”とか”今日は何日か”と質問していたが、本人は病院の規則に反してケータイでどこかへ大声で通話している。相撲に”三ところ攻め”という手があるが、僕の入院生活はまさに”三ところ責め”であった。

「敬老の日」、80歳になるとカステラなどのお祝い品が行政側から届けられるが、なにか空々しい。「敬老の日」の名前を「老人の日」とかえて、わが国最大かつ緊急に解決を要する老人福祉の問題を真剣に考える日にしたらどうだろうか。