

B-29による米国の東京空襲が本格的に始まったのは、サイパン陥落後の昭和19年11月24日からで、翌20年8月15日までの9か月間に106回を数えている。しかし、10万の犠牲者を出した東京大空襲の被害があまりにも大きかったため、他の空襲は忘れられがちで、僕の記憶にも4月15日の京浜空襲、5月23,24日の山の手空襲があるだけで、他の「小空襲」については、いつ、どこでやられたのか知らない。
僕が今の地に強制疎開により引っ越してきたのは、3月10日の大空襲のあとであるから、この柿の木坂空襲はしらないわけだが、数年前、散歩の途中、たまたま末広稲荷に立ち寄り「由来」を読んで”3月の大空襲により焼失”とあるのに疑問を持ち、調べた結果、真相を知った。この空襲の焼跡の写真は、東京空襲の写真を広く撮影している石川光陽氏のアルバムにもある。昨日春の陽気に誘われて、久しぶりに末広稲荷に参拝したが、祥月の空襲記念日なのに参拝客は一人もいなかった。