ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

世界一の「御馳走カレー」、ご紹介します。

2012年10月01日 | 料理・グルメ


(これは「鮑(あわび)のカレー」です。もともと有名なのは「鮑のステーキ」ですが)

実は私は一度も志摩観光ホテル「ラ・メール クラシック」に行ったことがない。
世界的な高橋シェフの本を買って、その料理の美しさに、料理の本というより「美しい絵本」として大切にしていた。

安倍新総裁が3500円の「カツカレー」を東京の高級ホテルで食べたとマスコミが騒ぎひどいバッシングをされたが、それがもとで、全国のレストランで「カツカレー」を注文する人が増えたそうな。

だったら、最高のカレーを、と思うと、どうしても「伊勢志摩観光ホテル」の高橋シェフの料理を思う。
もともと高橋シェフはフランス料理を超えたフランス料理を日本の美味しい食材で作り、世界の有名シェフを驚かせ、現役なのに「伝説的シェフ」となった。

さっそく「イセエビのカレー」を食べてみよう、などと空想の中でエントリーしてみた。
ホテルに宿泊しなくても、大丈夫。 でも少なくても2日前には要予約。
ジャーナリストの森枝卓士氏が書いているので転載する。
森枝氏はカレーについては、有名なグルメだ。


「志摩観光ホテル」の伊勢海老カレー。


 大ぶりの伊勢海老が、豪快に美しく一人前に一尾入っている。見えているだけでも。

 もとより、それなりのお値段である。が、こんな時期だからこそ、たまには経済活性化に励まねばと自分を納得させ、志摩に向かう。

 そもそも。歴史を見ると、日本人にとってのカレーはご馳走ではなかったと思われる。明治時代に西洋料理として紹介されたが、その時点から庶民にも手の届く楽しみだった。だからこそ、学校の寮、あるいは軍隊のメニューとなり、一般家庭の味となる。

 特にインスタント化が進んだ戦後は、日常そのものとなる。学生食堂で財布が寂しいと食べるもの。母親が夕食のメニューを思いつかないときの苦し紛れ。アウトドアの定番。

 改めて考えてみると、そこそこの食材を、それなりに食べられるものにしてしまうところが、カレーという料理の凄さだと気づかされる。だからこそ、国民食にもなったのだろう。  しかし、その逆、極上の食材を活かした、最高の料理としてのカレーはあり得ないのか。どこのホテルのレストランでも、メニューの中では安い方だが、究極のご馳走としてのカレーも可能ではないか。食べてみたい。  ある時、そんなことを考えた。海の幸といえばここしかないというホテルに、雑誌の企画として、相談した。

 そこで「こんなものでは?」と作ってくれたのが、伊勢海老のカレーだった。圧倒された。私だけが唸っているのはもったいない、メニューにと進言した。以来、隠れ名物とでもいうべきものとなった。それを久しぶりに思い出し、また、食べたくなったのだ。

 志摩観光ホテルは『華麗なる一族』の舞台として有名で……などと今さら説明の必要もないだろう。戦後日本のリゾートホテルの草分けである。今では「クラシック」と呼ぶ元々のホテルに加え、「ベイスイート」と呼ぶ新棟も建っている。まさに今という時代のセンスのリゾートホテル。

新しいリゾートにも心惹かれつつ、やはり、昔のままの心地よさのクラシックへ。気後れしながら入っていった大人の世界が、今や懐かしくも、ほっとする空間のように感じられる。私がそれなりに年をとったからか、ここが戦後の日本が重ねてきた年月を象徴する場所だからか。


 改めて、伊勢海老のカレー。海老の圧倒的な存在感に、貧乏性は「もったいない、もっと素直に海老の旨さを味わった方が良かったか」と思ってしまいながら、口に運ぶ。

 しかし、これが旨い。唸るほどに旨い。伊勢海老という食材の素性の良さを際立たせているだけでなく、カレーとしても素晴らしく美味しい。姿をさらしている海老だけでなく、ソースにもたっぷり海老が隠れていて、さまざまな野菜、スパイスとハーモニーを奏でている心地よさ。特に伊勢海老のコライユ、つまりミソがミソで、味わいを重層的にしている。 「カレーにしてくれてありがとう」と海老が言っているようなカレー。幸せのうちにカレーの概念を変えてくれた一品だと改めて実感する。

 さらに驚くべきものが、あった。鮑〔あわび〕のカレー。私にとっては新しい味だったが、これが負けず劣らず凄い。伊勢海老のカレー同様、さまざまな要素がハーモニーを奏でている。弦楽四重奏ではなくて、オーケストラのハーモニー。こちらは特に鮑の肝が味わいに深みを与えている。

 何より大ぶりに切ってある鮑の凄さ。鮑が口の中にまとわりつき、遊んでいるような快感。豊かな弾力。エロティックなまでの旨み。コクと食感の快感のカレー。

 まったく、カレーのためだけにでも、ここまでやって来る価値はあると思う。カレーはそのようなご馳走になり得るのだ。

 まあ、そうはいっても、ここに来てしまったら、鮑のステーキをはじめとするあれこれも食べてしまうが。食べずに帰るのはあまりにももったいないもの。

 クラシックと呼ばれるホテルの料理は、かつて革命だった。日本のフレンチ。土地の食材で土地の味。今や常識だが、ここで食べていると、前衛がクラシックとなる時間に想いを馳せてしまう。

 両方のホテルの指揮を執る現在のグランシェフ、宮崎英男さんは「しんか」がキーワードだという。新しいホテルでは進化。クラシックの方では深化。まさに、御意。

 今、私に、あなたに必要なのはどちらだろう。美味と雄大な自然を堪能しつつ考える。

♪ 以上、森枝卓士氏のエッセイ
カレーはご馳走! 伊勢志摩、海の味 2011年06月30日  森枝卓士 (フォトジャーナリスト)
   

■志摩観光ホテル クラシック  レストラン ラ・メール クラシック
東海道新幹線名古屋駅または京都駅から近鉄特急で賢島駅下車、徒歩約5分
三重県志摩市阿児町神明731 ☎0599(43)1211
営業時間/11時30分〜14時(ランチ)、18時〜20時30分(ディナー・予約制)


☆ 高橋シェフは「鮑のステーキ」「イセエビのクリームスープ」で一世を風靡した。


☆ 私は本で見るだけだけれど、「美味しすぎてまた行きたい」と言う人と「味が濃厚で一度でいい」という二派に分かれるようだ。「イセエビのカレー」は14000円。

「鮑のステーキ」をおカネを積み立てて家族で行ってきた人が言うには「あんなの大阪の『イカ焼き』みたいなもの」って笑わせてくれた。私もそれを思い出して友人のパンダ夫人と爆笑。味覚は人それぞれ、ですね~。(笑)


10月1日のアクセス数 閲覧数:3,966PV

コメント (3)
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200 Japanese lived on SENKAKU- Photos . Tokyo slams Beijing "Stop lying" 谷山雄二朗

2012年10月01日 | お知らせ
200 Japanese lived on SENKAKU- Photos . Tokyo slams Beijing "Stop lying" 谷山雄二朗


いつもブログでコンサート、オペラ、美術、映画、旅行、グルメなど、芸術的な内容が多い、実は語学の権威である「ぐらっぱ亭さま」が、この動画をUPなさっていたのでお願いしてお借りしました。
(ぐらっぱ亭さまのブログのリンクは、左下の「ブックマーク」にあります。いつもは芸術や旅行・グルメで政治ブログではありませんので、どうぞ政治コメントはご配慮下さい)

これは海外に広めなければならないと思います。
実はもうひとつ、私が見つけていた動画があります。
「慰安婦問題」の捏造を明らかにされた谷山氏の動画です。
これもUPしようと思っていたので、貼り付けます。

GEISHA, TONY BLAIR & COMFORT WOMEN [Yujiro 谷山雄二朗 Taniyama]

韓国女性の立場から言えば自ら売春したというより無理やり連行さ­れたというほうが体裁がいいだろう。いざというときは、賠償金も­請求できるし。私たち日本人ができることは、韓国人の言いたい放­題にさせず、この事実を世界に広めて誤解を解くこと。英語ができ­なければ、この動画を広めること。日本人の謙遜なんか必要ありま­せん。ちなみに、上野や新宿なんかは韓国人の性風俗店がたくさん­あります。自ら日本に体を売りにきています。韓国は自分たちの恥­を日本のせいにする最低な国です。世界中に誤解されたままではく­やしいです。


素晴らしい行動だと思い敬意を表します。日本人は、沈黙は美のよ­うな感覚がありますが国際社会では通用しません。積極的にあらゆ­る言語(フランス語、スペイン語、ドイツ語、韓国語、中国語を含­む)で日本の立場を発信していくべきだと思います。政府が日本の­立場を宣伝する為の予算を計上するべきです。
河野洋平が何故あのような談話をしたかの経緯をもう少し触れるべ­きだと思いました。韓国のどちらかと言えば親日派の議員に「官憲­の関与について認めてくれ、そしたらこの問題はこれで終わり、賠­償請求など一切しない。日韓友好の為に。」と言われ、騙されたの­が真実のようです。ぜひ、南京事件の真実についても語ってもらい­たいと期待しております。
(この動画の下に書かれていたコメントです)

☆ 転載をお願いします。 
  できましたら、海外に届くようにツイッターやメール、FB、ブログなどでよろしくお願いします。















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asia-corridoioさまのエッセイから~村上春樹への反論

2012年10月01日 | asia-corriodoioさまのエッ

村上春樹氏「日本の政治家、ヒトラーの結末を見よ」

2012年09月29日10時00分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]       ★ 茶色の文はasia-corriodoioさまの反論です。
『ノルウェイの森』、『海辺のカフカ』 『1Q84』などで有名な日本の世界的作家、村上春樹氏(63)が28日、領有権をめぐるアジア国家間の葛藤を懸念するエッセーを朝日新聞に載せた。村上氏のエッセーはアジア全体に伝えるメッセージだ。しかしエッセーの内容は、最近の領土問題で急速に右傾化している日本国内に向けたものだ。

以下はエッセーの要約。

東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。私の経験に基づいて言えば、「ここに来るまでの道のりは長かった」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが、最近では環境は著しく改善された。いま「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々に楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。

たとえば韓国のテレビドラマがヒットし、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになった。韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。



「さて、村上春樹にとってその交流は意味のあるものだっただろうね。

あなたの小説を読んでくれるクライアントでもあるわけですから。交流は戦略的互恵関係が構築されなければ長続きはしませんからね。

目を日韓に転ずれば・・・どうだろう。互恵関係は構築されているだろうか?

答えは残念ながら「否」としか導き出せない。これでは友好的な国家の関係とはなり得ない。  せいぜいこのままだ。」


今回の尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題や、あるいは竹島(独島の日本名)問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。国境線というものが存在する以上、残念ながら領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは出口のない、危険な状況を出現させることになる。



「日韓の領土問題が実務課題から「国民感情」へ移行したのではない。何故ならここで言う竹島の領有問題は60年の長きに渡って我が国と朝鮮との間に解決もされないまま、いわば放置されていたもの。

それがなぜ今に・・・国民感情として浮上したか?長年に渡って謂われなき、従軍売春婦問題、そして決定的な今夏の天皇陛下への不敬発言ではなかったか?

なぜに、しれ~と領土問題を政府間の単なる外交問題に置き換えようとしてるのかね?売国エセ平和主義者か?」



それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。



「ははっ、それは言える。安酒を飲んでむやみに火病を起こすのは朝鮮人の風土病だからね。彼らの飲む酒はエチルアルコールか?それともトンスルか?」

1930年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。



「ヒトラーは国内の疲弊した経済の突破を侵略に求めた。また、出自の賤しさをユダヤ人狩りをはけ口としていたが・・・。

その劣等感から生み出された悲劇の終末を我々は知っている。

一時的な感情が政治を動かしてしまう、危うさに私たちは注意を払わなければならない。国連での発言の通り、韓国の政治は法による支配を拒んでいる・・・つまり、人間の感情によって政治をしている人治国家なのだ。・・・・我々の国家観とは全く相いれないものであることを知っておかねばなりません。」


★ 茶色の字はasia-corriodoioさまの文です。

2012/09/29 15:03

Commented by bella さん
asia-corridoioさまの論戦勝ち、村上はとんでもない「傍観者」ですね。
なぜここに「ヒトラー」なのか、とんでもない論理の飛躍だ。
日本を理解できていないからそんなことが言える。
しょうもない、マスコミがヨイショしたような村上文学など、いつまで持つのかね・・・思い上がりもいいかげんにせよ、村上は何を「傍観」している。自分はどこの国の人間か、そしていわれもない罪を問われている祖国をなぜ見ない!!どこの領土か・・・国際的にも、客観的に見えていない。
村上は「口先三寸」、載せるのもアサヒ、ああ、情けない。
これも転載させて下さい。



2012/09/29 15:34

Commented by アジア回廊:asia-corridoio さん
To bellaさん
こんにちは

何故にここにヒトラーが登場するか?
その疑問はおいて置くにしても、ヒトラーが単に領土的野心からヨーロッパへの戦線を開いたかのような記述はいかにも短絡で恣意的なものとしか思えません。

第1次大戦の補償の重圧によってもたらされた経済的疲弊からの脱却を求めた。

って感じですかね。それを全ドイツ国民は喝采の支持をした。


☆ asia-corridoioさまはいつも的確な判断をなさっています。
    asia-corridoioさまのこのエッセイは、数日前に出たのですが、お書きになったその日に転載は、申し訳なく思い、本日にしました。もっとお読みになりたい方、ニュースがはやいです。そしてイヤなニュースも「ユーモアたっぷり」に返していらっしゃいます。もちろん真面目な方ですよ。でもこの自然なユーモアがたまらない魅力ですね。悪には辛辣です。


コメント (2)
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