★「皇室・皇統を考える国民集会」(11月23日)満場の人々の中で大勢の弁士とは一味違った視点でお話をされた三宅博前衆議院議員。
5月の「南モンゴル自由民主運動基金講演会」は前宣伝が行き届かず空席が目立ったが、満員であろうと少人数の会場であろうと三宅先生の講演の質は決して変わらない。また豊富な知識・実践に基づく三宅氏のお話の質は他の政治家にはほとんど見られないものである。
私はここから三宅先生の・・・音楽の世界で言うと「円熟の極致」が始まったように思われた。
5月28日、東京に於いて開催された「南モンゴル自由民主運動基金講演会」でのお話が三宅先生のサイトに載せられているので転載。
http://blog.goo.ne.jp/yaonomiyake/e/5914d91997ada71ffa9869cb79549b7b
・・・三宅博先生のサイト
2016年5月28日 南モンゴル自由民主運動基金講演会「覇権の終焉とアジアの黎明」講師 三宅博氏
★ 上記の動画から要点を文字起こししたものです。
2016年5月28日 南モンゴル自由民主運動基金講演会
「覇権の終焉とアジアの黎明」
今世界中が大きな大転換期に直面している。
南モンゴルのダイチンさんたちの損得を超えた悲願が達成されることを願っている。
私も当然いろんな協力をさせて頂くのが当然のことと思っている。
過去の世界の歴史を大観すれば大きな覇権の侵略があった。
古代ギリシャ時代のアレキサンダー大王の大東征、これは約2300年前の紀元前の出来事であったが短期間に終わってしまった。
モンゴル帝国も約100年の栄華であった。
覇権は一時のことであっというまに消えていく。
700年前のモンゴル、その後はスペイン、オランダなどヨーロッパの覇権による植民地争奪戦があった。
今はそれが終焉し、我々の現代社会になる。
その間、数多いそれぞれの文化が喪失されてしまった。
今現在では暴力などで抑えられるものではなくなった。
子供も自我に目覚めると親の言うことを聴かず、自我に基づいて行動するようになるように。
ヨーロッパでテロ等が噴出している。
世界中を略奪競争していろんな悲劇を呼んで来たヨーロッパ、戦前のイギリスなど太陽が沈む時間がないというほどの強い覇権、
「暴力による支配」はいつまでも続くものでない。
極度に文明の発達した現在、過去の反動で植民地の国々がテロ等の手段でそれを覆そうとしている。
また西洋列強の暴力による覇権競争とその基盤である人種差別思想を正そうとすると共にそれらの大きな渦の中で独立を維持しようとしてきたのが戦前の日本であった。
また日本の戦国時代、日本侵略の目的を宗教の衣で隠した西洋列強のキリスト教布教など日本国内に於いて宗教の持つパワーと浸透力は強力であった。
秀吉の朝鮮征伐の真の目標は朝鮮と明の背後にいる西洋の列強諸国であった。
また信長も当初はキリスト教の国内進出を許していたが、その後ヨーロッパ列強の真の目的である世界中における植民地争奪の真意を見抜き、これを阻止しようとしたのであった。
また信長は比叡山延暦寺や石山本願寺の宗教教団による政治への容かいを断固排除する為に延暦寺の焼き討ちなどの攻撃をした。
信長の考えは信仰は私の世界でありそれが公の政治に対抗することは許されざる行為であったのだ。
当時の延暦寺の僧兵はヨーロッパの強大なキリスト教団体と共通していたのだ。
私の父がお寺の屋根の瓦の仕事をしており、私も一時期その手伝いをしていて後年浄土真宗西本願寺派の教学の最高責任者になられた稲城選恵住職から教学の説明や書籍の提供を受け、勉強をした時期があった。当時私自身も僧侶になろうと考えたこともあったが、自分の性格上、破綻をきたすかもしれないと考え断念をした。
当時は家庭の経済的な事情もあり行くべき時期に大学に行けなかったが、平成21年に平沼先生の知遇を得て、平沼グループから無所属で衆議院で立候補したが落選、(その前は地方議員をしていた)その時58歳で次回選挙までの約4年間をいかに過ごそうかと考えた。
ようやく子供たちも成人して子育ての責務からも解放され、国政に出るまでの猶予期間を勉強の時間と捉え、大学に行こうと決意し59歳で入学し18歳の若者たちと机を並べた。
選挙がいつあるかわからないからできるだけ単位をとろうと2年半でほとんどの単位を取った。
そして国政選挙に臨み議席を得た。
大学も仏教及び聖徳太子のことを勉強する為、家からも近い四天王大学に入り、授業では座席の真ん中の最前列で(教授の目の前)で講義を聴き、
講義内容に誤りや問題がある時は遠慮せず指摘してきた。
卒業した時は63歳で現役の衆議院議員であった。
宗教が政治に及び、命を捨ててテロ行為をするのは誤った宗教観を背景に命を捨ててテロ行為をするのは、日本の特攻精神とは全く違う。
純粋に国の為にテロをするのもあるかもしれないが、罪のない人々を巻き添えにしていくのは間違っている。
世界の覇権競争の中でスペインが南米のインディオを民族滅亡まで殺した、
今のスペインの目を覆いたくなるような衰退ぶりはこの時の因果応報ではないかと思ったりする。
暴力による支配で数百年の栄華を誇ったイギリスが大東亜戦争の初戦でほとんど抵抗できずに降参したほどの勇猛果敢さを発揮したのが日本だった。
日本は有色人種の一員として、長崎の出島でもオランダ人が奴隷を酷使していたのを見て「何ということをするのか、人道上許せない。」と思っていた。
実力によって西欧を打ち砕いた、
日本は人種平等、過酷な植民地支配体制の脱却を実力によって西洋の長年にわたる悪行を打ち砕いたのだ。
この行為は人類の歴史に見ない有色人種解放と被抑圧民族の解放の実現であり、尊い偉業であったのだ。
日本の「十七条憲法」の<和をもって貴しとなす>の考えで。
自国の国益で移民族を殲滅して絶滅させてしまうほど殺したアメリカ、イギリスから来た白人たちは当初インデアンに大変な世話になりながら恩人の酋長が亡くなったら家族を殺し、また奴隷として売り払った。日本人とインデアンとは遺伝子も含めて共通したものがある。
インデアンの母は子供に「戦いで友が襲われた時に逃げてはならない、友と枕を並べて討ち死にするのが人の道である。」ということを教えていた。
・・・シートンが詳しく書いている。
こうしたスピリットを持った民族が消されたことが残念でならない。
日本でも敗戦を第三国を通じて伝えている時にアメリカは2つの原爆を投下、数十万の人間を一瞬に殺し、焼夷弾で全国を焼き尽くし罪もない非戦闘員である老幼婦女子を百万人以上も焼き殺したことを「戦争をはやく終わらせるため等」と抗弁するとは何事か。
今すべてを知って成人した各民族が先人の恨みを果たす時という復讐の念に燃え、因果応報の世界の動きに突入したのだ。
今後アメリカやヨーロッパなど悲惨な結果が待ち受けているかもわからない。
現在のグローバル経済の中で大半の貧しい人が数パーセントの人に握られている。
アメリカにとってサンダース氏が一番国民の幸せを願っているのかもしれない。
因縁の世界、混沌とした状態の後、世界は大動乱に突入するであろう。その混乱の中で新たな世界の歩むべき道と普遍的な価値観を指し示すことができるのは、どの国であろう。
これらを解決する資格と能力を持つのは日本人だけではないだろうか。
いづれ日本は混沌とした状態の中で使命を果たすべき時が来る、その前に日本の真の独立が必要である。
拉致問題も「被害者が気の毒」という気持ちだけでやっているのではない。
この問題を解決できなくてその他の問題を解決できるはずはない。
犯人は北朝鮮、国家犯罪・テロ行為である。
被害者がいるところもわかっている。なのに解決されない。
小泉政権の細田官房長官が「相手も一国の国だから了承なしにはできない」
安倍総理も「拉致被害者を救うのは憲法上の問題もあって救うことはできないが、アメリカが救ってくれるならそれを護ることはできる」などという。
まともな政権の話ではない。
国民も厳しくこれを見なければならない。
日本人は従順で争いを好まない、なおかつ硬直した主義に陥っている。
安倍さんの現在の姿は彼の祖父の岸信介氏の踏襲をしている、アメリカの考えを忖度しているようだ。
モンゴルにも関係があるが、ここまで日本が国家の矜持を失った原因に硬直した官僚機構がある。
終戦の時、無傷の百万関東軍は愚かにも武装解除をした結果、多くの軍人がシベリアに連行され、酷使されて亡くなった。
また満州にいた200万人の日本人居留民が関東軍の保護を受けることができずに、数十万人の悲惨な犠牲を見たのだ。
共産主義思想のソ連軍・延安の八路軍は大変な略奪・凌辱・殺戮をしたのだ。
同時期、満州隣接の蒙彊軍司令官であり共産軍の本質を正しく理解していた根本中将は敗戦後の武装解除の命令に従わず、自分一人で全ての責任を背負いモンゴル周辺にいた4万人以上の日本人居留民を無事に帰国させた。
日本の保守も人それぞれで難しい。過去の世界は覇権によって抑え込まれてきたが、現在は終焉を迎え動乱の状況になっている。
この混乱を収束しうる大きなものは新たな価値観でやっていくしかないし、至難の業である。
こうしたものを包含し統一するのは「愛」、日本で言えば「徳」これが世界を包み込むようにならないと難しい。
「愛」「徳」は犠牲の心、見返りのない心である。
これを考えると深い憂慮に堪えない。
新たな価値観を啓示しうる国はあるだろうか。
中国に流れたおカネは50兆以上、アメリカに流れているおカネははるかに巨額である。
日本は出せるだけの資力を持っていたがこれからの夜明けはいつか、いつ収束するのか、
包み込むような「愛」「徳」が世界を覆うことにいつなるのか。
非常に苦しい状況をみんなで耐え忍んで行ってそしてどうなるのか、思い悩んでいる日々である。
「愛」は「憎」と表裏一体のもので本来は「慈悲」という言葉を遣わなければならないと思う。
お互いが疑心暗鬼に陥っているのが世界の状況ではないかと思う。
政治家が自らの生き方でもって国民の信頼を取りもどさなければならない。
政治は単に言葉だけでなくそれに伴う覚悟有る行動が必要だ。
口先だけだったら誰でもできる。
相手の弾丸が自分の身に届く距離で政治を語らなければならない。
敵対する勢力が凶弾や武器が届かない位置で綺麗ごとを言っても意味がない。
相手の弾丸と武器が届く距離であるということは我々の攻撃も相手に届き倒すことができる。
本当に政治を語るならすべてを投げ打って政治の信頼を取り戻す、多少なりとも私はそれに近づきたいと思っている。
そしてまた文化の存在は大切である。
大使館・領事館の館員の仕事は出入国のハンを押したりなどと思っている。
関東軍と同様に外国に滞在している国民の保護や日本の名誉を護ることは自分たちの仕事でないと考えている。
こうした硬直した官僚に牛耳られているのを変えていかなければならない。
これが日本の今の政策にも大きな影を落としている。
堕落腐敗した日本のジャーナリズムや狂気に支配された日教組教育によってありもしない嘘をを教え子供たちを、卑屈にさせていくのを止めることができない。
憲法前文をぜひ読んでください。日本人は悪い国民で『平和を愛する諸国民』に任せなさい、というように書かれている。
ロシア・チャイナ・アメリカなど・・・戦後国際秩序の崩壊、
世界民族の融和などできるのは日本人だが、未だに70年以上政治の主体性を取り戻せず日本存続も心もとない状態だ。
単にアジアのみならず世界全体が日本を待っている。
私は現在野に身を置いているが日本の政治状況は待ったなしであり、一刻も早く国政に復帰し日本の根本的な立て直しの事業に一身を投じたいと思う。(以上)
★ 私は情けないほどの方向音痴であり、よくわからない東京の会場をパソコンで検索した地図を見ながら通行する方々にも道を尋ね、やっとたどり着き、静かに最後列で聴いていたのですが、感動してずっと忘れることができませんでした。
(そしてこの後、11月に「クリルタイ結成大会」が開かれることを当日配布されたパンフレットで知りました。)
クリルタイ・・・私は「歴女のハシクレ」としてチンギス・ハーンの生涯のビデオを20巻も見ていたし、モンゴルの歴史や女真族とのつながりも知っていたし「クリルタイ」というだけでドキッとしてとび上がりそうな気持でした・・・。
そしてこのことは先日11月23日の「皇室・皇統を考える国民集会」でもライトモティーフのようにつながったのでした。
だから「皇室・皇統を考える国民集会」で三宅先生が講演なさった内容はすぐにピーンときて、さらに感動したのです。
今までの三宅先生の迫力ある講演がシンフォニーでいうと「第一楽章」アレグロであるとすれば、この講演は
「第二楽章」の静けさと「第三楽章」の高まりが切れ目なしに続き、やがてこれから展開される「第四楽章」への期待が感じられるような気がします。
それは新鮮で聴く者の心をうち、また南モンゴルの方々に「誇りと力の源」をよみがえらせることでしょう。
南モンゴルも世界も、そして日本も歴史の曲がり角に来ている。
(曲がり角、とうのは子供の時に夢中になった私の大好きな小説「赤毛のアン」の言葉ですが)
どうか「愛・徳」が世界を救う一因となりますように。「暴力」で抑え込むのはもう限界にきている、これは客観的にそう思います。
これは心の底からの願いと思いますし、日本は国内の諸問題を解決していかなければならないと思います。
「討論」のyoutube、今回は「新大東亜戦争は起こりうるか?]
2016/12/03 に公開
パネリスト:
川村純彦(川村研究所代表・岡崎研究所副理事長・元海将補)
篠原常一郎(元日本共産党国会議員秘書・軍事評論家)
中丸啓(前衆議院議員)
坂東忠信(元警視庁通訳捜査官・外国人犯罪防犯講師)
丸谷元人(ジャーナリスト・危機管理コンサルタント)
用田和仁(元陸上自衛隊西部方面総監 陸将)
矢野一樹(元海上自衛隊潜水艦隊司令官 海将)
司会:水島総
【討論】新大東亜戦争は起こりうるか?[桜H28/12/3]
・・・これ、まだ全部は聴いていないけれど、なんだかなあ・・・って独り言でした。
ブログのティータイム
本日はマリア・カラスのリサイタルに歌われたヴェルディ「ドン・カルロ」から
<世の虚しさを知る神>
Maria Callas-Elizaveta`s aria "Don Carlo". G. Verdi イタリア語歌唱
無敵艦隊を誇った世界最強のスペイン、同盟を組むフランス、ローマカトリックのもとに新教徒のフランドルは侵略され殺戮されていた。
天下無敵のはずのスペイン皇帝フィリッポ二世(フェリーぺ二世)はローマカトリックのコントロールのもとの傀儡であった。
スペイン国内ではポーザ卿ロドリーゴをはじめ、宗教での弾圧をやめさせようとする派が、ローマカトリックに狙われる。
フランスの王妃カトリーヌ・ド・メディシス(イタリアのメディチ家の出身)は、娘エリザベッタをスペイン王に政略結婚させ、カトリックの同盟を強めるのだったが・・・。
ヴェルディの最高傑作のひとつ、オペラ「ドン・カルロ」から悩めるスペイン王妃エリザベッタの有名なアリアでオペラの終幕に歌われます。
(ベッラ)