その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

加藤哲郎 『ゾルゲ事件 覆された神話』 平凡社新書

2015-12-09 21:00:00 | 


 ご存知の方も多いと思うが、ゾルゲ事件とは「リヒャルト・ゾルゲを頂点とするソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動および謀略活動を行っていたとして、1941年9月から1942年4月にかけてその構成員が逮捕された事件。」(Wikiより引用)この事件では、近衛内閣のブレーンとして活躍した元朝日新聞記者の尾崎秀実もメンバーとして逮捕され、死刑となっている。本書はそのゾルゲ事件を、これまでの松本清張氏らによって作られた通説を覆しながら、学術的に事件の背景を解き明かした一冊。

 筆者は、ゾルゲ事件が二重の意味での情報戦であったと位置付ける。一つは、第2次世界大戦時における国際的諜報戦の文脈でのソ連赤軍の諜報活動。もう一つが、ゾルゲ事件が、戦後の冷戦構造での情報・宣伝戦でもあったことである。

 私自身、事件については、以前テレビの歴史番組で見た程度なので詳しくはないのだが、本書が特にあらたにした歴史的事実は以下の3点のようだ。
・ゾルゲ事件が発覚したのは、通説にあるように、伊藤律が尾崎秀実(おざきほつみ)を特高に売ったのではない。
・通説の伊藤律発端説は、戦後、川合貞吉がGHQのエージェントとして、チャールズ・ウィロビーの謀略機関(G2および民間情報局(CIS))と組んだストーリーである。
・尾崎秀実をゾルゲに紹介したのは、アメリカ共産党員で当時上海にあった太平洋労働組合書記局(PPTUS)に派遣されていた鬼頭銀一である。

 こうした事実をさまざまな一次史料、二次資料を駆使して、明らかにしていくのは、自称「歴史探偵」を地で行っている。下手なミステリー小説を読むよりずっとおもしろい。そして、ロシア、ドイツ、中国、日本、アメリカと世界的スケールで展開される諜報活動のダイナミックさになにより驚かされる。


 ゾルゲ事件そのものよりも事件の周辺を明らかにした1冊であるが、事件についてよりり知りたくなった。惜しむらくは、本文中で出典は明示されているだが、参考文献を巻末にまとめておいてもらえれば、後学したい人のためにより便利だったと思う。新書ながら、読み応えのある一冊で大満足。


目次

はじめに―ゾルゲ事件とは何か
序章 膨張する情報戦、移動する舞台と配役
第1章 ゾルゲ事件はいかに語られてきたか
第2章 ゾルゲ事件イメージのルネッサンス
第3章 松本清張「革命を売る男・伊藤律」説の崩壊
第4章 川合貞吉はGHQウィロビーのスパイだった―「清里の父」ポール・ラッシュの諜報活動
第5章 検挙はなぜ北林トモ、宮城與徳からだったのか―米国共産党日本人部の二つの顔
第6章 ゾルゲ事件の二重の「始まり」―キーパースン鬼頭銀一
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