その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

山岸 俊男『日本の「安心」はなぜ、消えたのか  社会心理学から見た現代日本の問題点』 (集英社、2008)

2023-12-25 07:24:22 | 

前エントリーでメモった山岸俊男『安心社会と信頼社会』が、20年以上前の書籍なのに私にはとっても新鮮な視点であったので、同著者の本をもう1冊読んでみた。『安心社会と信頼社会』のフレームワークに拠りつつ、現代日本社会・日本人の具体的な課題について、エッセイ風に考察したものである。いじめ、企業の不祥事、「日本人」気質等がトピックとして取り上げられる。

より具体的に筆者の考え方を理解するのに助けになる1冊で、ここでも目から鱗が落ちる箇所が多数あった。

例えば、いじめ問題の解決には、クラス内の傍観者の数が「臨界質量」(実験・理論では40%)に達するかどうかが大切。いじめをする子供が、いじめを続けても直接するなどで制止されるなど、いじめを続けるメリットがなくなる状態にすることでいじめを続けなくなる。また、いじめを止めようとする子供もその数が臨界質量(クラスの40%)に達しないと、自分まで被害者になるから、制止することはやめる。なので、質量が高いいじめ初期の段階で制止するかがポイント。更に如何にそうした中で、「熱血先生」は臨界質量を下げる役割を果たすので、先生の役割も大切だ。というようなことが書いてある(第八章)。一般論ではよく聞くいじめ対策であるが、実験や理論的に説明をされると、納得感が違ってくる。

全体を通じて筆者の論旨は、「利己主義」は人間には免れないので、人間性に反したモラルの押し付けは却ってモラルの崩壊を招くというものだ。最終章では、人間性に反したモラルとして「武士道」が取り上げられる。

倫理的な行動や利他的な行動は、それを支える社会の仕組み(例えば、農村のような集団主義社会、ケイレツ、終身雇用、年功序列等)があって成り立つものであって、それがなくなる(例えば、グローバルスタンダードの普及)と維持することは困難。そして、「モラルに従った行動をすれば、結局は自分の利益になるのだよ」という利益の相互性を強調する商人道よりも、理性による倫理行動を追求するモラルの体系である武士道を強制することで社会を維持していくのは、大きな心理的、経済的なコストを必要とし無理がある。と主張する。(昔、受けたリーダーシップ研修には、新渡戸水戸部稲造の『武士道』を読んで、武士道精神を理解し、実践すべしなんてものもあったが・・・(^^;))

個人的には、「サピエンス全史」で書かれていたような、実体のない理想・理念を追いかけられたからこそ人類の発展はあったという歴史の見立てにも大いに首肯するところではあるが、人間は理想だけでは食っていけないし、日々のミクロの行動は相当利己的であるのも大いに納得だ。「利益の相互性」対「理性による倫理」、今後も意識していきたい思考の枠組みである。

 

目次

第一章 「心がけ」では何も変わらない!
第二章 「日本人らしさ」という幻想
第三章 日本人の正体は「個人主義者」だった!?
第四章 日本人は正直者か?
第五章 なぜ、日本の企業は嘘をつくのか
第六章 信じる者はトクをする?
第七章 なぜ若者たちは空気を読むのか
第八章 「臨界質量」が、いじめを解決する
第九章 信頼社会の作り方
第十章 武士道精神が日本のモラルを破壊する

コメント
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