「モルぺ、最近おまえの作品、マンネリ化して来たんじゃないか?」
会うと親父のヒュプノスはいつも苦言ばかりだ。
「それなりに頑張ってるつもりなんですけど」
「それなりとか、つもりじゃダメじゃないか。そんなこと言ってたら、弟のパンタやポベーに取って代わられるぞ」
俺の作品は正統派だ。
パンタソスのサイケ調やポベートールのホラーものとは違って、万人受けするから、取って代わられる心配などない。
親父もわかっているはずだ。
しかし親父の言うところのマンネリ化は俺もとっくに気づいていた。
昔みたいに、後世に残る名作など、そう簡単に作れるもんじゃない。
俺が親父から、この事業を任されて、もうかれこれ二百万年が経つ。
最初は超短編のモノクロでお茶を濁せばよかったのが、いつの頃からかストーリーやリアリティ、天然色とか3Dとかの要素が入った、感動巨編が求められるようになったんだよな。
一口に感動巨編なんて言っても、観客の嗜好は千差万別どころか万差億別だから、困っちゃうんだよな。
それに上映時間も限られてるし、途中で熟睡なんかする奴もいるしね。
最近じゃ、すぐにチャンネル変えて、何本も見る奴も増えたしね。
ストーリーなんか覚えられるはずないよね。
たまに疲れている時なんかに、パンタやポベーの作品を流したりするんだけど、インパクトはそこそこでも、結局、一発屋で終わっちゃうんだよね。
マニアやオタクはいるけど、所詮はマイノリティだからね。
でも、一番の問題は、観客の海馬倉庫の在庫が陳腐化してきていることなんだ。
俺たち、俺やパンタやポベーだけどさ、製作者は、観客本人の海馬倉庫の在庫を、加工したりくっつけたりして作品を作ってるから、その作品の良し悪しは、在庫の量や質、バリエーション次第なんだよね。
昔は観客のイマジネーションの範囲が広大だったんだけど、IT時代の現代はそれが狭くなっちゃったんだよね。
ちょっとやそっとのことでは、全然感動なんかしないんだよね。
そして見終わったらすぐに忘却の彼方さ。
昔は娯楽として十分通用してたんだけど、最近はテレビでも映画でも画質はいいし、エンタメ要素もあるし、何より録画ができて、何度でも見られるというのは、俺たちにとっては致命的だね。
ネットなんてその上を行っちゃってるもんね。
「モルぺ、そろそろ禅譲の時じゃないか? あんたの作品、観客に飽きられてるぜ」
パンタが言う。
血縁者に禅譲なんてありえないだろう。
要は平和的にと言いたいのだろう。
「おまえのサイケでわけのわからん作品なんか、毎晩見せられた日にゃ、観客がみんな偏執狂になっちゃうぜ」
「俺の作品も、観客の海馬倉庫の在庫からできてるんだぜ。ということは、偏執的要素は元からあるんじゃないか」
それはわかっているが、そんな在庫ばかり選ぶのもどうかしている。
「現実の世界が偏執的なのに、睡眠中まで偏執的なものを見せられたら、心休まる暇がないじゃないか」
俺は正論でかわす。
「逆だね。現実の偏執に慣れてる観客は、もっと刺激的な偏執を望むんだよ」
パンタも負けてはいない。
「それはまだ何十万年も先の話だろう? 俺の視聴率はまだ20を切ったことがないんだぜ」
数字は絶対だ。
パンタは反論の余地をなくす。
「俺のホラーは夏場だけだったら、瞬間風速であんたの視聴率を上回ることもあるぜ」
ポベーが言う。
「あんな子供騙しの作品が、王道になれるわけないじゃないか」
「あんたのお涙頂戴シリーズと大して変わらんと思うけどな」
ポベーは負け惜しみを言う。
「お涙頂戴は単なるジャンルの一つさ。ホラーだけしかないおまえとは、持ってる引き出しの数が格段に違うよ」
痛いところを突かれてポベーも黙る。
開演のベルが鳴り響く。
「さあ、今宵もモルぺウス劇場の幕開けだ。グッナイベイビー、いい夢見ろよ」
俺はパンタとポベーに聞こえるように言いながら、70億の夢のスイッチを入れる。
(了)
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