かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

一日机に向かってましたら、若かりし頃の学生の時分を思い出しました。

2014-09-14 21:49:06 | Weblog
 3連休中日の今日はじっと家にこもって仕事というか勉強というか、とにかく机に向かって一日を過ごしました。さすがに煮詰まってきて3時頃には1時間ばかり散歩がてら買い物に出たりもしましたが、ずっと頭を使って辞書やら何やら首っ引きと言うのはなかなかに疲れました。ン十年前の大学でのゼミを思い出しましたよ。あの頃は毎日ひたすらとある英語の専門書を辞書片手に和訳してはノートに鉛筆で書き付けてましたが、なにせ英語力は中学高校からずっとどうしようもない状態だったので、中学生が覚えているような単語でも辞書を引かざるを得なかったため、やたらと時間がかかったものでした。課題の文章も確かオーストラリア人の書いた英文でやたらと一文が長ったらしく、主語っぽいのや述語っぽいのがあちこちあって、thatやらwhichやらでつながりまくりのややこしいもので、とにかく苦戦の連続だったのを覚えています。
 こんな風に大学でのことを思い出したのは、今やっている仕事っぽいものも似たようなところがあるためですが、大変有難いことに、今やネット上には翻訳サイトのような便利極まりないものがありますから、実にらくちんです。しかも、ふた昔くらい前の翻訳ソフトと違ってかなり精度が高く、専門用語もそれなりに訳してくれたりするので、使い勝手が随分違います。大学生の頃にこれがあったならどれだけ日々の時間が節約できたか、と思いますが、やっと9801が世に出たかどうか、商用ネットなどまだ黎明期前、という時代にgoogle翻訳みたいなのを求めるのはいくらなんでも無理が過ぎます。そう考えると、今の学生さんは実に恵まれた環境にいますね。私はあまり過去に戻りたいと思ったことはありませんが、今、自分が10代後半~20代前半だったらと思うともう居ても立ってもいられない気分になります。まあ、ここまでのらりくらり時間を積み重ねた経験値の上で見ているからそう思うだけかもしれませんが、今の環境があの頃にあれば果たして何倍の仕事が可能か、などと夢想してしまうのです。
 でも、英語ができないのは結局全然変わってないのです。昔から単語など覚えた尻から忘れてしまうし、仕事柄ずっと何らかの形で触れてきているのに、結局道具が辞書からネットに変わっただけ、とも言える状況なのが、我ながらかなり残念です。

コメント
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