「そこで何をしているのかね?」
「え? あ、えーと、それはですねぇ・・・」
しどろもどろになりながら、白川蘭は至極当たり前な質問からきたものだ、と思った。だが、答えるのもまた難しい質問だ。相手は催眠も効かないし、だからと言って簡単に言いつくろってすむとは思えない。それでも出来ることならなんとかこの場は誤魔化して、一時しのぎでいいから時間を稼ぎたい。そう考えながら答えあぐねているうちに、やや後ろに隠れるようにしていた美奈が、決意も新たに蘭の右横に足を踏み出した。
「ちょっと美奈ちゃ・・・」
「高原さんお願いです! この子達を、アルファとベータを放してやって下さい!」
抑えようとした蘭が、あーやっちゃった、と手を額に当てて、天井を仰いだ。が、その後ろからハンスも高原に言った。
「実験動物トハヒドスギマス! 美奈サンノ言ウトオリ、自由ニシテアゲルベキデス!」
すると高原は、能面のような表情のまま、三人に言った。
「この二匹は、DGgeneの存在が種を越えて存在する可能性を示唆する貴重な検体だ。人間には倫理上出来ない様々な実験が、この二匹で可能になる。それは、我々全人類、いや、地球上の夢を見なければならない全ての生物の未来に、夢魔との決別という喩えようもない幸福をもたらす鍵となる。可哀想、とか、許せない、というような安直なセンチメンタリズムで語られては迷惑だ」
「でも、アルファもベータも帰りを待つ人がいます。断りも無しに勝手にそんなことをする権利は、高原さんにもないはずです!」
美奈はいつになく強く食い下がった。さすがに高原も感じるところはあったらしい。鉄面皮にわずかな亀裂が生じ、少し後ろめたさを覚えているかのようなゆがみが、唇の端に浮かんで、消えた。
「・・・私には時間が惜しい。確かに飼い主には申し訳ないと思うが、夢見る全ての生物の未来のため、譲歩願いたい。そのためなら、私の出来る範囲で可能な限りの償いをしよう・・・。だが、これだけは言わせて貰うが、私は貴重な検体をそう簡単に死なせる積もりはない。あの二匹を解剖するつもりはないし、これまでの大脳生理学者達みたいに、頭蓋骨をはずし、露出した脳に直接電極を取り付けたりもしない。いまやそう言う原始的な方法に頼らずとも、君たちも経験したような方法で苦痛なく実験ができるようになっている。その点は安心して欲しい」
「拘束くらい解いて上げたらどうなの?」
開き直った蘭の挑戦的な目を見つめながら、高原は言った。
「勝手に暴れて採血管を抜かれたりしたら困るんだ。いずれ解くが今は駄目だ」
「でも!」
なおも食い下がろうとする三人に、高原は右手を挙げた。
「さあ、議論は終わりだ。この区画は関係者以外立入禁止。君達にその資格はない。早々に立ち去り給え」
高原は右足を半歩後ろに引いて、道を開いた。三人はまだ踏ん切りがつかず、ガラスの向こう側をのぞいたり、高原を見返したりしていたが、改めて高原が促すと、重い足取りで戻り始めた。
「ああ、白川君はここに侵入した時使ったセキュリティーカードを渡して貰おうか。全く、よく手に入れたものだと感心するが、今後このようなことは二度としないでくれたまえ」
蘭はぶすっとした顔で、手にしたカードを高原に押し付けた。
その時である。高原はちょっと待て、と手で蘭を制止すると、胸ポケットから携帯電話を取りだした。
「どうしたんだ? 何? 警察が・・・。判った、すぐ行く。絶対玄関から中に入れるんじゃないぞ!」
高原は携帯をしまい込むと、蘭の差しだしたカードをひったくるように受け取って、白衣の裾を翻した。
「すぐに警備員を寄こすから、君達も早く戻るんだ。いいな!」
大股で歩き去る高原の背中を眺めながら、蘭はひょっとして賭けがいい方向に転がってきているのかも、とほくそ笑んだ。だが、まだ気を緩めてはいけない。ここから先は、本当に幸運の女神の味方が必要になるに違いないからだ。
蘭は、まだ未練たっぷりで後ろに残る二人に振り返って言った。
「さあ、この子達を助けるわよ!」
「でもカードキーが・・・?」
といいかけて、美奈は、蘭の右手に光るセキュリティーカードに目を丸くした。一体どうして? 蘭はまた得意そうに笑顔を閃かせて二人に言った。
「盗人のたしなみ、よ」
そしてそのまま躊躇いもなく、実験室の扉の横に付けられた読み取り装置にカードをスラッシュした。
「え? あ、えーと、それはですねぇ・・・」
しどろもどろになりながら、白川蘭は至極当たり前な質問からきたものだ、と思った。だが、答えるのもまた難しい質問だ。相手は催眠も効かないし、だからと言って簡単に言いつくろってすむとは思えない。それでも出来ることならなんとかこの場は誤魔化して、一時しのぎでいいから時間を稼ぎたい。そう考えながら答えあぐねているうちに、やや後ろに隠れるようにしていた美奈が、決意も新たに蘭の右横に足を踏み出した。
「ちょっと美奈ちゃ・・・」
「高原さんお願いです! この子達を、アルファとベータを放してやって下さい!」
抑えようとした蘭が、あーやっちゃった、と手を額に当てて、天井を仰いだ。が、その後ろからハンスも高原に言った。
「実験動物トハヒドスギマス! 美奈サンノ言ウトオリ、自由ニシテアゲルベキデス!」
すると高原は、能面のような表情のまま、三人に言った。
「この二匹は、DGgeneの存在が種を越えて存在する可能性を示唆する貴重な検体だ。人間には倫理上出来ない様々な実験が、この二匹で可能になる。それは、我々全人類、いや、地球上の夢を見なければならない全ての生物の未来に、夢魔との決別という喩えようもない幸福をもたらす鍵となる。可哀想、とか、許せない、というような安直なセンチメンタリズムで語られては迷惑だ」
「でも、アルファもベータも帰りを待つ人がいます。断りも無しに勝手にそんなことをする権利は、高原さんにもないはずです!」
美奈はいつになく強く食い下がった。さすがに高原も感じるところはあったらしい。鉄面皮にわずかな亀裂が生じ、少し後ろめたさを覚えているかのようなゆがみが、唇の端に浮かんで、消えた。
「・・・私には時間が惜しい。確かに飼い主には申し訳ないと思うが、夢見る全ての生物の未来のため、譲歩願いたい。そのためなら、私の出来る範囲で可能な限りの償いをしよう・・・。だが、これだけは言わせて貰うが、私は貴重な検体をそう簡単に死なせる積もりはない。あの二匹を解剖するつもりはないし、これまでの大脳生理学者達みたいに、頭蓋骨をはずし、露出した脳に直接電極を取り付けたりもしない。いまやそう言う原始的な方法に頼らずとも、君たちも経験したような方法で苦痛なく実験ができるようになっている。その点は安心して欲しい」
「拘束くらい解いて上げたらどうなの?」
開き直った蘭の挑戦的な目を見つめながら、高原は言った。
「勝手に暴れて採血管を抜かれたりしたら困るんだ。いずれ解くが今は駄目だ」
「でも!」
なおも食い下がろうとする三人に、高原は右手を挙げた。
「さあ、議論は終わりだ。この区画は関係者以外立入禁止。君達にその資格はない。早々に立ち去り給え」
高原は右足を半歩後ろに引いて、道を開いた。三人はまだ踏ん切りがつかず、ガラスの向こう側をのぞいたり、高原を見返したりしていたが、改めて高原が促すと、重い足取りで戻り始めた。
「ああ、白川君はここに侵入した時使ったセキュリティーカードを渡して貰おうか。全く、よく手に入れたものだと感心するが、今後このようなことは二度としないでくれたまえ」
蘭はぶすっとした顔で、手にしたカードを高原に押し付けた。
その時である。高原はちょっと待て、と手で蘭を制止すると、胸ポケットから携帯電話を取りだした。
「どうしたんだ? 何? 警察が・・・。判った、すぐ行く。絶対玄関から中に入れるんじゃないぞ!」
高原は携帯をしまい込むと、蘭の差しだしたカードをひったくるように受け取って、白衣の裾を翻した。
「すぐに警備員を寄こすから、君達も早く戻るんだ。いいな!」
大股で歩き去る高原の背中を眺めながら、蘭はひょっとして賭けがいい方向に転がってきているのかも、とほくそ笑んだ。だが、まだ気を緩めてはいけない。ここから先は、本当に幸運の女神の味方が必要になるに違いないからだ。
蘭は、まだ未練たっぷりで後ろに残る二人に振り返って言った。
「さあ、この子達を助けるわよ!」
「でもカードキーが・・・?」
といいかけて、美奈は、蘭の右手に光るセキュリティーカードに目を丸くした。一体どうして? 蘭はまた得意そうに笑顔を閃かせて二人に言った。
「盗人のたしなみ、よ」
そしてそのまま躊躇いもなく、実験室の扉の横に付けられた読み取り装置にカードをスラッシュした。