日本フィル山の会の「ふれあいコンサート」。今年はオーボエ首席奏者の杉原由希子さんの出演だった。
山の会は日本フィルを支援する人々のサークル組織だ。まだ争議中だったころに山好きな人たちが集まって結成された。わたしは会員ではないが、ずっと近いところにいた。今では会員同然に付き合ってもらっている。
「ふれあいコンサート」は山の会の10周年記念として催された。それ以降毎年開催されている。今回は第28回。こんなに長く続いているのは、会員の努力はもちろんだが、楽員が一貫して関わっているからだ。企画会議にも参加し、飲み会にも参加する。日本フィルの争議の経験がこういうところに生きている。
プログラムは出演者に一任されている。杉原さんが組んだプログラムは本格的なものだった。1曲目はサン=サーンスの「オーボエとピアノのためのソナタ」。オーボエ奏者のあいだでは有名な曲のようだ。第2楽章の清澄な音楽がとりわけ魅力的だった。
2曲目はピアノの大野真由子さんの独奏でリストの「リゴレット・パラフレーズ」。いかにもリストらしい華麗な曲だった。
3曲目はアンタル・ドラティの「デュオ・コンチェルタンテ」。あの往年の名指揮者ドラティが作曲をしていたとは知らなかった。バルトーク的な曲で面白かった。
4曲目はジャン・フランセの「オーボエ、ファゴットとピアノのための三重奏曲」。ファゴットは同じく日本フィルの田吉佑久子さん。いかにもフランセらしい軽妙洒脱な曲だ。3つの楽器のリズムの絡み合いに感心。さすがによく合うものだ。
5曲目はパヴェル・ハースの「オーボエとピアノのための組曲」。ハースはテレジン(ドイツ語名はテレージエンシュタット)の音楽家の一人だ。1941年に収容され、1944年にオシフィエンチム(ドイツ語名はアウシュヴィッツ)に移送されて絶命した。
ハースはヤナーチェクの高弟だった。ヤナーチェクの葬儀では弔辞を読んだ。未亡人ズデンカがヤナーチェクの生地フクワルディに赴いたときには同行した。ヤナーチェクの音楽を継ぐべき人だったのに――。今回の曲にもヤナーチェクの名残が感じられた。
杉原さんの演奏はすばらしかった。この曲に賭ける意気込みが伝わってきた。
曲のあいだのトークも楽しく、その人柄が満席(約120人)の聴衆に受け入れられていた。
(2012.10.30.ミューザ川崎・市民交流室)
山の会は日本フィルを支援する人々のサークル組織だ。まだ争議中だったころに山好きな人たちが集まって結成された。わたしは会員ではないが、ずっと近いところにいた。今では会員同然に付き合ってもらっている。
「ふれあいコンサート」は山の会の10周年記念として催された。それ以降毎年開催されている。今回は第28回。こんなに長く続いているのは、会員の努力はもちろんだが、楽員が一貫して関わっているからだ。企画会議にも参加し、飲み会にも参加する。日本フィルの争議の経験がこういうところに生きている。
プログラムは出演者に一任されている。杉原さんが組んだプログラムは本格的なものだった。1曲目はサン=サーンスの「オーボエとピアノのためのソナタ」。オーボエ奏者のあいだでは有名な曲のようだ。第2楽章の清澄な音楽がとりわけ魅力的だった。
2曲目はピアノの大野真由子さんの独奏でリストの「リゴレット・パラフレーズ」。いかにもリストらしい華麗な曲だった。
3曲目はアンタル・ドラティの「デュオ・コンチェルタンテ」。あの往年の名指揮者ドラティが作曲をしていたとは知らなかった。バルトーク的な曲で面白かった。
4曲目はジャン・フランセの「オーボエ、ファゴットとピアノのための三重奏曲」。ファゴットは同じく日本フィルの田吉佑久子さん。いかにもフランセらしい軽妙洒脱な曲だ。3つの楽器のリズムの絡み合いに感心。さすがによく合うものだ。
5曲目はパヴェル・ハースの「オーボエとピアノのための組曲」。ハースはテレジン(ドイツ語名はテレージエンシュタット)の音楽家の一人だ。1941年に収容され、1944年にオシフィエンチム(ドイツ語名はアウシュヴィッツ)に移送されて絶命した。
ハースはヤナーチェクの高弟だった。ヤナーチェクの葬儀では弔辞を読んだ。未亡人ズデンカがヤナーチェクの生地フクワルディに赴いたときには同行した。ヤナーチェクの音楽を継ぐべき人だったのに――。今回の曲にもヤナーチェクの名残が感じられた。
杉原さんの演奏はすばらしかった。この曲に賭ける意気込みが伝わってきた。
曲のあいだのトークも楽しく、その人柄が満席(約120人)の聴衆に受け入れられていた。
(2012.10.30.ミューザ川崎・市民交流室)