Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

Die Passagierin(旅行者)

2015年03月16日 | 音楽
 最終日はフランクフルトに移動した。ヴァインベルクWeinberg(1919‐1996)の「旅行者」(ドイツ語ではDie Passagierin。英語ではThe Passenger)を観るためだ。

 ヴァインベルクはワルシャワに生まれたユダヤ人。1939年にナチスの侵攻を避けてソ連(当時)に逃れた。1943年にショスタコーヴィチの知遇を得た。以後、ショスタコーヴィチが亡くなるまで親交が続いた。ショスタコーヴィチの評伝を読むと、必ず名前が出てくる人だ。

 このオペラは1968年の作品。時は1960年代の初め、所は客船の中。西ドイツ(当時)の外交官ヴァルターは妻リーザとともにブラジルに赴任する船上にある。希望にあふれる二人。そのときリーザは船客の中の一人の女性を見てハッとする。あれはマルタだ。でも、マルタは死んだはずだ――と。

 不安におびえるリーザ。ヴァルターはリーザに問いただす。リーザは語り始める。リーザは、戦争中、ナチスのSS(親衛隊員)だった。アウシュヴィッツで監督官をしていた。マルタはそこに収監されていた。

 リーザの回想場面になると、舞台にはアウシュヴィッツが再現する。本作はアウシュヴィッツ・オペラだ。アウシュヴィッツにはどんな人がいて、どんな状況だったのか。そこで何が起きたのか。それが目の前で展開する。

 原作者はZofia Posmysz(1923‐)。今も健在なポーランド女性だ。アウシュヴィッツに収監されていたが生還した。本作には自らの経験が反映されているだろう。

 作曲以降、上演の機会がなかったが、2006年にモスクワで初演され(演奏会形式)、2010年のブレゲンツ音楽祭で初めて舞台上演された(演出デイヴィッド・パウントニー。ブルーレイが出ている)。長い忘却の末に蘇った。今回はドイツ初演(3月1日プレミエ)。ドイツ人の反応に興味があったが、皆さん神妙に観ていた。

 指揮はレオ・フセイン。驚くほど多彩なパレットを持ったこの曲を(バッハやシューベルトの引用から、ショスタコーヴィチばりの狂騒、張りつめた弦の弱音、さらにはロシア民謡や軽音楽の挿入までシュニトケを先取りするような多様式だ)、的確に描き分けていた。演出はアンセルム・ヴェーバー。船上のダンス・パーティがアウシュヴィッツでのコンサートに変わる場面では、背筋が凍る思いだった。
(2015.3.8.フランクフルト歌劇場)
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