Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

カンブルラン/読響「グレの歌」

2019年03月15日 | 音楽
 カンブルランの読響常任指揮者としての最後の定期。曲はシェーンベルクの「グレの歌」。舞台上のオーケストラを見て、その巨大さにあらためて驚いた。たとえばフルートは8本もある(!)。煩瑣になるので、他の木管、金管の数は省くが、推して知るべしといったところ。弦は18型だったと思うが、目を引くのはチェロがヴィオラと同数の14本だったこと。チェロが朗々と歌う箇所では、たしかに威力を発揮した。

 これだけの大編成になると、エキストラも多かったのではないだろうか。いつものカンブルラン/読響の明るい音色と緻密さは十分には現れていなかった。それは覚悟の上でのことだったろう。

 序奏のフルートとピッコロの細かな分節は、カンブルラン/読響らしく正確に、スコアが見えるように演奏された。ヴァルデマル王とトーヴェの歌が交互に歌われ、やがて沈潜して愛に浸る場面では、カンブルランの読響常任指揮者就任後の初めての定期(2010年4月の定期)で演奏されたシェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」を彷彿とさせた。

 続く森鳩の声では、クラウディア・マーンケの歌唱が光った。だれが歌っても名唱が出やすい箇所だが(それだけこの箇所の音楽が優れているのだろう)、マーンケの彫りの深さとドラマ性は、今後もわたしの記憶に残るものと思われた。

 以上が第一部で、第二部はヴァルデマル王が神を呪う短い場面、そして第三部へと入っていくわけだが、当日は第二部の後に休憩が入った。わたしの経験では第一部の後に休憩が入るケースが多かったような気がするが、実際に聴いてみると、第一部の最後の音型(森鳩の声の最後の音型)と第二部の冒頭の音型が対応し、またドラマとしても第二部は第一部を引きずっているので、これで正解だと思った。

 第三部では道化師クラウスを歌ったユルゲン・ザッヒャーが優れていた。一方、農夫と語りを歌った(語った)ディートリヒ・ヘンシェルは、発音が柔らかいので、語りの箇所では物足りなかった。

 言い遅れたが、ヴァルデマル王を歌ったロバート・ディーン・スミスは、ペース配分のゆえだろうか(それは当然だが)、第一部では声をセーブしていたので、オーケストラに埋もれがちだった。トーヴェを歌ったレイチェル・ニコルズは過不足なかった。

 合唱は新国立劇場合唱団(合唱指揮は三澤洋史)。最後の夜明けの箇所で加わる女声の輝きは(それはシェーンベルクの手腕だが)、いつ聴いても感動的だ。
(2019.3.14.サントリーホール)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 黒井千次「流砂」&古井由吉... | トップ | リープライヒ/日本フィル »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

音楽」カテゴリの最新記事