Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ピンチャー/EIC:ピンチャー「初めに(ベレシート)」他

2021年08月25日 | 音楽
 アンサンブル・アンテルコンタンポラン(以下「EIC」)の演奏会の三日目は、音楽監督のマティアス・ピンチャーの指揮で5曲が演奏された。まさにEICの本領発揮の演奏会だった。

 1曲目はヘルムート・ラッヘンマン(1935‐)の「動き(硬直の前の)」(1983/84)。沼野雄司氏のプログラム・ノーツによると、「死に瀕し、背中を下にしてひっくり返っているカブトムシ。その脚はもがくように宙を引っ搔くが、虚しくも力尽き、やがて静寂が訪れる……」という曲。その説明だと、あるいは眉をひそめる向きもあるかもしれないが、けっして不吉な曲ではなく、むしろユーモラスで、生きがよく、粒子が飛び交うような曲だ。ラッヘンマンらしい噪音が精妙に構築される。EICの見事な演奏あってこそのおもしろさだ。

 2曲目はピエール・ブーレーズ(1925‐2016)の「メモリアル(…爆発的・固定的…オリジネル)」(1985)。一転して、ブーレーズのこの曲の、なんという上品さだろう。まさにフランス音楽の肌触りだ。ドビュッシーから連綿と続く伝統につながる曲。EICの真綿で包むような音色に魅了された。

 3曲目はマーク・アンドレ(1964‐)の「裂け目(リス)Ⅰ」(2015~17/19)。静謐な音の流れが延々と続く。そこに「あっ、これは何の音だろう」と思うような音が混じる。夜の山野で耳を澄ます曲のように聴こえた。もっとも、バルトークやシャリーノの夜の音楽とはちがい、規則性を持たない音の現れ方だ。まさに実演で聴くべき曲。

 4曲目はジェルジュ・リゲティ(1923‐2006)の「ピアノ協奏曲」(1985~88)。ピアノ独奏はEICのメンバーの永野英樹。全5楽章中、第4楽章はリゲティお得意の(人を食ったような)ナンセンス音楽だ。第5楽章は「3つの拍子、そして自然倍音と平均律が層を成し、圧倒的な渦が聴き手を包み込む」音楽(プログラム・ノーツ)。わたしの耳には無数の波濤が湧きたつ海のように聴こえた。

 5曲目はピンチャー(1971‐)の自作自演「初めに(ベレシート)」(2013)。プログラム・ノーツによれば、演奏時間は約35分。ベートーヴェンの「運命」とほぼ同じ長さだ。ベートーヴェンの「運命」は山あり谷ありのドラマだが、この曲は「ほぼ停滞した時間の中で、特殊奏法を駆使した抑制的なサウンドが続く」(プログラム・ノーツ)。だから聴くほうは大変な集中力が要求される。それは演奏する側も同じだろう。引き伸ばされた極小の音の安定感が求められる。同時に極大な音の瞬発力も必要だ。EICのような腕のいいアンサンブルでないと、この曲はサマにならないだろう。
(2021.8.24.サントリーホール)

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