Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

EIC:グリゼイ「時の渦(ヴォルテクス・テンポルム)」他

2021年08月24日 | 音楽
 アンサンブル・アンテルコンタンポラン(以下「EIC」)の演奏会の二日目は、EICのメンバーによる室内楽。全6曲のプログラムだが、なんといっても注目は、ジェラール・グリゼイ(1946‐98)の「時の渦(ヴォルテクス・テンポルム)」(1994‐96)だ。この曲はわたしにとって、一度は聴いてみたい念願の曲だった。演奏順とは異なるが(この曲は最後に演奏された)、まずこの曲から書きたい。

 この曲はピアノと5つの楽器(フルート、クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロ)のための曲だ。3つの部分からなり、大雑把にいうと、急―緩―急の構成。CDで聴くと、ピアノが主導のように思っていたが、実演で聴くと、かならずしもそうではなかった。ただピアノの激烈なソロがあり、その激烈さはCDを超えていた。

 冒頭、渦を巻くような音型で始まる。その音型が(その「渦」が)グリゼイの代表作「音響空間」(1974‐85)のように垂直方向に積みあがるのではなく、水平方向に転がっていく。それが特徴だ。あらかじめ定められた到達目標はなく、音の運動にまかせて、どこに行くかわからないようなスリルがある。

 驚くほど解像度の高い演奏だった。視覚的なイメージとかなんとか、そんなフワッとしたものはなく、すべての音が明るみに出され、隅々まで照射された演奏だ。個々の奏者の名前は省くが、ピアノのセバスチャン・ヴィシャールの名前だけは書いておきたい。凄演という言葉があったかどうか、ともかくそんな言葉がふさわしい演奏だった。

 以下、アットランダムに記録すると、フルート、ヴィオラとハープのための曲が2曲演奏された。武満徹(1930‐96)の「そして、それが風であることを知った」(1992)とマティアス・ピンチャー(1971‐)の「ビヨンドⅡ(「明日に架ける橋」)」(2020)。同じ編成でありながら、音楽は真逆だ。武満徹のほうは、調和した世界を提示して、それが壊されるのを恐れているかのようだ。対してピンチャーのほうは、世界を切り裂き、すべてを粉々にした後、そこに残った破片を見つめるかのようだ。

 それにしても、いうまでもなく、フルート、ヴィオラとハープという編成はドビュッシーのソナタに由来するが、その編成を考案したドビュッシーの天才的な直観には、敬服するというか、舌を巻く。だから今でも多くの作曲家を挑発しているのだろう。

 他にクレール=メラニー・シニュベール(1973‐)の「ハナツリフネソウ」(2020)、バスチアン・ダヴィッド(1990‐)の「ピアノのためのソロ」(2020)、坂田直樹(1981‐)の「月の影を掬う」(2018)が演奏された。それぞれ楽しめた。
(2021.8.23.サントリーホール小ホール)

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