Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

沼野雄司「現代音楽史」

2021年02月04日 | 読書
 桐朋学園大学教授の沼野雄司の新著「現代音楽史」(中公新書)が出た。20世紀初頭から今現在までの音楽を通観した著作だ。2度にわたる世界大戦の勃発や東西冷戦の緊張と崩壊など、激動の世紀とそこで生起したさまざまな音楽を、新書というコンパクトな形にまとめている。

 本書の特徴をいくつかあげると、まずヨーロッパはもちろん、アメリカの動向にも目が行き届いている点がある。たとえば第1章「現代音楽の誕生」で取り上げられる「三つの騒動」は、1908年のウィーンでのシェーンベルクの「弦楽四重奏曲第2番」の初演、1913年のパリでのストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演、そして1923年のニューヨークでのヴァレーズの「ハイパープリズム」の初演だ。前2者はともかく、ヴァレーズのそれは知る人ぞ知る出来事だろう。

 もう一つの特徴は、音楽のさまざまな動向が、前記のような社会の激動のなかに位置付けられている点だ。その端的な例は第6章「1968年という切断」だろう。1968年にはプラハの春が起き、パリの五月革命が起きた。国内では東大闘争が起き、ベトナム反戦運動が盛り上がった。その1968年は音楽でも「進歩そのものが疑われ、直線的な歴史観が歪むなかで、創作も明確な行先を見失い、さまざまな方向に拡散・乱反射する。この時代の切断は、おそらく二つの大戦にもまして大きなもののように見える。」(「はじめに」)。その「拡散・乱反射」の音楽が取り上げられる。

 全体を通して音楽作品が、作品名だけではなく、簡潔だが的確なコメントをそえて取り上げられる点も特徴の一つだ。無味乾燥な作品名の羅列になっていない。聴いたことのない作品でも、そのイメージをつかみながら読むことができる。その点に感心した。「あとがき」には次のように書いてある。「(略)本文中で名前を挙げる楽曲については、一部のオペラ等を除けばできる限り――「春の祭典」のような名曲であっても――あらためて最初から最後まで通して聴くというルールを自分に課した。」と。そのためだろう、コメントの生きがいい。

 本書は現代音楽史の時系列にそった縦軸の見取り図はもちろんのこと、前記の1968年が典型的な例だが、ある時点を切断して、そこでなにが起きたかをみる横軸の見取り図も提示する。その縦軸と横軸のバランスが絶妙だ。

 第8章「二十一世紀の音楽状況」では今現在起きている「過去の作品の編曲、改作、補筆、注釈」、「現代オペラの隆盛」、「現代音楽のポップ化」などが取り上げられる。現在進行形の事象は書き手にとってはリスクがあるだろうが、手探りで進んでいる素人のわたしには、現在地をたしかめるヒントになった。
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2 コメント

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Unknown (Eno)
2021-02-18 12:43:39
猫マタギなリスナー様
ご感想、ありがとうございます。猫またぎなリスナー様に読んでいただけて嬉しいです。
ご指摘の批評に関するくだりですが、私も同感しました。大きく分けて「創作者が試みている仕掛けを分析し、それを批判的に検討する作業」と、「音楽という現象を、他のさまざまな芸術との関連や、歴史、思想、社会理論といった多面的な角度から探り、作品をより大きな脈絡の中に位置づける作業」との2点の重要性を説いていますが、私は後者については、吉田秀和亡き後、その書き手が絶えているように思いました。
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Unknown (猫またぎなリスナー)
2021-02-18 11:11:09
ご投稿を読んでこの本を知りました。ありがとうございます。新書サイズとしては驚異的な情報量ですね。個人的には政治との関わりはもっと深堀できるのではないかと思いました(例えばソ連におけるジダーノフ批判とか、中国の文化大革命が音楽界に与えた影響、尹伊桑の件等々)が、新書というフォーマットでは限界があるのでしょう。私が最も共感を覚えたのは本文一番最後の「音楽批評」に対する批判でした。いわゆるプロの評論家が書いたものでも殆ど読むに値しないものが多いと感じていましたので、斯界の先生方には著者の提言を重く受け止めてほしいと思った次第です。
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