平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

結婚できない男 最終回

2006年09月20日 | 恋愛ドラマ
「考えてみたら私たちの会話は、キャッチボールじゃなくてドッジボールばかりだった気がします。私は、あなたとキャッチボールがしてみたい。ボールは投げましたよ」

 この夏美(夏川結衣)に対し、キャッチボールをしに来た信介(阿部寛)。
 夏美の住む家の設計ができない理由。
 自分や自分の愛する人が住む家を設計できない理由を話す信介。
 夏美の望む家は「明るくて開放的でたくさんの人が集まる家」。
 信介の望む家とは180度違う。
 でも、自分は夏美のいるこの家に住みたい。
 自己矛盾。
 こういう家を設計するのは難しい。
 夏美の家、自分の家ということで、気負い、思い入れもあり必要以上に考えてしまうからかもしれない。

 さて、信介のプロポーズはこの様に「家」を通してのものだった。
 やはり信介は「家」を通して他人とコミュニケーションをしていた。
 キャッチボールしていた。
 でも、それでは言葉が足りないと思ったのか、次のようなせりふ。
「要するに、ぼくは……あなたが……好きなんじゃないかな。だめですか、ぼくじゃ?」
 とても無器用。中学生の告白のよう。(「ダンドリ!」のカルロスの方がもっとうまく告白できてたぞ)
 しかし、望む家の設計ができないため、「結果的には、結婚できないんですけどね」。
 家が出来ないと結婚できない。
 これが信介のこだわりポイント。
「ちょっと話が見えなくなってきましたが」
「だから、住んでいる家がイメージできないんです。だから……」
「家なんて、どうでもいいじゃないですか!賃貸でも何でも」
「そうはいきません、僕は建築家なんで」
 常人には理解できないこだわり、これが信介の信介たるゆえん。

 しかし、これが結婚というものだろう。
 価値観の違う他人がいっしょに住む。
 こだわりも食べ物も洋服の趣味も。信介の場合はその価値観が極端だが。

 そして圧力鍋。
 ロールキャベツの調理に最適な圧力鍋。
 「家でいっしょに食事をしようということ」を物を通してしか表現できない。
 この点、信介はおたくだ。(そう言えば、みちる(国仲涼子)やケンちゃんに対する気持ちの表し方も物だった)
 しかし
「アナタがどうしてもと言うなら」という夏美の問いかけに「来てください、どうしても」と素直に返事。
 おたくの信介はがんばった。
 自分が一番苦手なこと(自分をさらけ出して気持ちを伝えること)をしても夏美は信介にとって手に入れたい存在だったのだろう。

 そしてラストシーン。
 信介と夏美の家の模型。
 やはり気持ちを伝える手段としては「家」と「物」だったが、この模型を目にした時の夏美の表情が目に浮かぶ。
 夏美はいつもの微笑で大喜び。
 それに対して、信介は得意のウンチクをたれるだろう。

 いい関係だ。みちるや摩耶(高島礼子)が認めるように。
 ドッジボールの会話はふたりに合っている。
 信介の強いボールをかわしたり、受けたりできるのは夏美しかいない。
 夏美はそれを楽しむことができる。
 そして信介を理解しようとしている。
 テレビで打ちきりになった信介のコメントを夏美は知りたいと言った。信介に対する理解度は摩耶に一日の長がある様だが(摩耶はコメントがカットされたことを見抜いた)、いずれは追いつくだろう。(ビデオにも録画していたし)

 一方信介。
 信介は夏美を頼っている。
 テレビ出演のシャツのことを相談し、意見を求める。
 ある意味、母親に甘えるような感じだが、それを受けとめる愛情が夏美にはある。信介のシャツ選びに何だかんだ言いながらつき合っている。
 母と子のような関係だが、男女のあり方は様々。
 一番しっくり行く関係。
 これが夫婦。結婚だ。
 そこに類型やマニュアルはない。

 こんな結婚観を描いたところに、このドラマの新しさがある。
 結婚に至る障害も状況や事件ではなく、主人公たちの性格・気質にあるというのもいい。(この点は「花嫁は厄年」は比べてみると面白い。「7月期のドラマの感想」でいずれ詳述したいと思う)
 いささか信介の夏美に対する気持ちの動きが言葉足らずな感じもしたが、それを補っても余りある面白いドラマだった。


★追記
 信介の気持ちの動きが言葉足らずなのは、表現がさりげないから。
 2匹いる水槽の金魚とかコンビニとレンタルビデオ店の定員さんの結婚指輪に目が行くなど。
 でもそれが逆におしゃれ、マニアックでいい。(DVD-BOX向け)

 テレビ出演を通じて金田とも人間関係を結べた様子。
 金田と人間関係ができることを信介は嫌がるかと思ったが、満更でもない様子。
 これが信介の成長か?
 おまけに独り焼き肉をしているのを見て更に共感した様だ。
コメント (6)
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一年半待て 松本清張

2006年09月19日 | 短編小説
 短編推理小説の構成について。

 松本清張の「一年半待て」は、事件のあらましを前半で描き、後半で事件の真相を描いている。
 これは「天城越え」でも同じ構成。
 推理小説は「犯人がそう見せかけようとした事件」を探偵が嘘だと見抜き、「事件の真相」を暴くものだから、この構成は有効だ。
 読者は最初描かれたとおりの事件の概要を信じ込み、後で種明かしをされるからあっと驚く。
 江戸川乱歩や横溝正史の作品、あるいは密室を扱った作品などは事件自体があっと驚かされるもので、その種明かしをされるとさらに驚かされる奇術の様なものだが、清張の作品は違う。
 事件自体は夫に愛人が出来たというような週刊誌の片隅に乗るような事件、あのある意味平凡な事件に人間の深い情念がある様なものが多い。

 さて「1年半待て」(以下、ネタバレ)
「まず、事件のことを書く」という書き出しで書かれる前半は、須村さと子という女性が夫を殺した顛末が描かれる。
 働かない夫。さと子は保険の外交で夫を養っている。
 酔って暴力をふるう夫。
 愛人ができた夫。相手はさと子の学生時代の友人で小さな飲み屋をしている女。
 そんな夫の暴力に耐えられず、ついにさと子が夫を殺害してしまったこと。
 さと子のことは週刊誌などにも取り上げられ、弁護士で女性評論家の後押しもあって、執行猶予がついたこと。
 清張は事件の顛末をただ書くだけではメリハリがないと考えたのか、「それからの出来事は供述書を見た方が早い」という一文で、供述書で描写している。この方法は文章表現のテクニックとして覚えておきたい。

 そして後半。
 さと子を弁護した評論家・高森たき子の所にひとりの男がやって来る。
 男は岡島久男。
 ダムで働いていて、さと子の保険の勧誘を受けていた男。
 そしてさと子が好意を寄せていた男。
 さと子の好意に対して岡島も満更でなかった様だったが、岡島はさと子の夫殺しに至る行動で不審な点をたき子に話していていく。

 それは次のようなもの。
 さと子は夫を拒み、性交渉をさせなかったこと。(結果、他に女を作った)
 夫に愛人ができたのなら、ましてそれが知り合いであるのなら、普通愛人の所に乗り込むのではないか?ということ。
 あるいは、さと子が「一年半待ってくれ」と岡島に言ったこと。
 それは岡島の想像で組み立てたことであったが、さと子の不審な行動自体がさと子の偽装、嘘を物語っている。

 そしてラストを切れ味よく締めるのは、短編小説の醍醐味。
 岡島は次のようなせりふと文章でラストを締める。
「さと子さんの計算は、そこまで行き届いていたようです。ただ。ただ、たったひとつの違算は、一年半待たせた相手が逃げたということです」と、いい終わると、頭を下げて(彼は)部屋を出て行った。

★追記
 文章は、前半のさと子の事件のあらましは客観描写で(供述書もあり)、
 後半は岡島の来訪を受けた高森たき子の主観で描かれている。
 前半はさと子の主観ではなく、客観描写で描かれているため、さと子の実際の犯罪が読者には見えてこないという仕掛けだ。
 松本清張には、こうした主観を変えることで推理小説を形作ってしまう手法が多い。
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24 シーズンⅣ 第3話・4話

2006年09月18日 | テレビドラマ(海外)
 第3話(9:00)
 ジャックはテロリストだけでなく、CTUまでも敵にまわすことになる。
 捜査方針の違い。
 アンドリューを拉致したテロリストの対応をめぐって、ドリスコルと対立するのだ。ドリスコルはテロリストを捕まえて尋問するという。一方、ジャックはそのまま泳がせておいて、ヘラー長官が監禁されている場所まで尾行することを主張する。
 結果、ジャックは独断で捜査を行うことを余儀なくされる。
 しかし、CTUの衛星画像などのインフラ(武器)は使用したい。
 ジャックはかつての部下で上級分析官のクロエに内密で衛星画像を使えるよう頼み込む。
 味方自身も障害になる。
 「24」らしい展開だ。
 さて、ジャックに協力するように頼まれたクロエだが、彼女は拉致されているアンドリューの友人。ドリスコルへの不信感もありジャックに協力する。
 しかし、これが思わぬドラマを生じさせた。
 アジトに戻らず、アンドリューを暴力で尋問し始めたテロリスト。仲間も2人駆けつける。
 交通局の監視テレビ(衛星映像ではない)でそれを目撃したクロエはジャックに助けてくれる様、頼み込む。
 しかし、ジャックはそれでは敵を泳がすことにならないので躊躇する。
 この葛藤。
 結局、アンドリューが何も知らないことを確認したテロリストは駆けつけた仲間のふたりに後始末を命じて、自分はアジトに戻る。
 ジャックはテロリストがいなくなると、銃でふたりの仲間を狙撃するが、アンドリューは重症。クロエは怒り出す。ジャックは自分を信じろとなだめるが。
 ある障害が発展して別の障害になる。
 何重もの枷。
 実にうまいシナリオだ。

第4話(10:00)
 ジャックの追跡は続く。
 クロエの衛星映像の手配に時間がかかるため(ドリスコルはクロエがアンドリューの負傷を知っていることでジャックに協力していることを見破る)、テロリストを足止めしようとする。
 ガソリンスタンドで買い物を始めたテロリスト。
 ジャックは強盗を装い、テロリストを監禁する。店主、その他の客と共に。
 携帯を取り上げ、銃を取り上げ、停電を装い来店した客を追い払うジャック。
 その行き届いた手際の良さにただ者ではないと考えるテロリスト。
 ジャックはさらに時間稼ぎをする。
 店の売上金が少ないからと理由をつけて、売上金を回収に来る輸送車が来るまで、店にいるという。
 しかし、不審に思った警官を監禁したことから、強盗事件がばれてしまう。
 囲まれるガソリンスタンド。
 だが、やっとクロエから衛星画像が手配できたと連絡。
 ジャックは人質だと言って、テロリストに銃を突きつけて店の外に出る。
 そしてテロリストの車に乗って、いっしょに逃走。
 免許証なども手に入れてテロリストの身元も割り出す。
 困難を打開して、逆に事件の本質に迫る。
 この捜査術、展開が小気味いい。

 そして同時進行の事件。
 アラス家にベルースのガールフレンド・デビーがやって来た。
 デビーはテロリストのアジトを目撃してしまった少女。(本人はアラス家がテロリストだとは夢にも思っておらず、ベルースが行ったのは父親の会社の倉庫だと思っているが)
 ここはベルース、彼の母親とデビーが別の論理で動いている所が面白い。
 ベルースと母親はデビーが何か気がついていないか、アジトのことを誰かに話していないかを聞き出そうとしている。
 デビーはベルースの母親が自分を彼のガールフレンドとして認めてくれたことを喜んでいる。ベルースが子供の時の写真を見たりして。
 この2つの論理、思いが交錯する。
 そしてベルースと母親の思いも。
 ベルースはデビーが何も気づいていないことで家から出そうとする。
 一方、母親は危険の芽を摘むためにデビー殺害を考えている。
 そして母親はベルースを試すため、銃を渡しデビーを撃つように命令する。
 果たしてベルースは撃つことが出来ないが、母親は巧妙だった。
 デビーの飲み物に毒。デビーは死ぬ。
 デビーの件は一件落着。
 だが、そうではない。ベルースは母親の(ひいてはテロリストの)非情を実感したよう。
 ベルースは将来のテロリスト側の綻びとなる。この伏線の張り方の見事さ。
 それも単に置いているのではない。
 ある事件が起きた結果の伏線。巧妙だ。
 「24」には学ぶべきテクニックが凝縮されている。

★追記
 その他にはヘラーが心臓発作を装って脱出を図るエピソード。
 ドリステルの娘のエピソード。
 CTUのカーティスの愛人がCTUに配属されてくるエピソードが描かれた。
 ヘラーのエピソードは時間の穴埋めエピソードだろうが、ドリステルとカーティスのエピソードはその後の伏線になりそうだ。
 
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マイ★ボス マイ★ヒーロー 最終回

2006年09月17日 | 学園・青春ドラマ
 最終回。マッキーはみんなの中にしっかり生きていた。
 やくざであることがわかっても「マッキーはマッキー」(by桜なんとか)。
 「彼があなたたちを変えたこと、あなたたちが彼を変えたことは変わらない」(by鉄仮面)。
 そう、3年A組の中ではクラスメイトで学級委員の榊真喜男はずっと生きていて、これからも生き続けるのだ。友情は変わらないのだ。
 そして真喜男も。
 高校生活が与えてくれたことは彼の心の中に生きている。
 3年A組の卒業証書。
 真喜男はまだ物足りなくて、宙船学園に行くようだけど。

 この作品の面白さは何だろう?
 ひとつは何といっても真喜男のふたつの顔。
 若頭と高校生。
 真喜男の家を訪れた桜小路(手越祐也)とひかり(新垣結衣)。
 ひかりたちの前ではマッキーだが、和弥(田中聖)や鋭牙会の組員が何かを言うと若頭になる。それに怯える桜小路とひかり。
 くるくる変わる長瀬智也の演技が面白い。
 また真喜男のふたつの顔は描かれる人間関係を倍にした。
 学校では、友達(桜小路)、女友達(萩原さん)、敵対する友達(星野くん、キモロン毛くん)、恋人(ひかり)、教師(南先生)、心の師(水島先生)、敵対する先生(芥川教頭)。
 若頭では、父親、敵対する弟、絶対服従の舎弟、敵対する北極会。
 これだけバリエーションに富んだ人間関係を作り出せた。
 それがこの作品を豊かな作品にした。 

 ふたつめの面白さは妄想モード。
 今回は「前向き」。
 ・榊君がやくざなんてこと「ないっ、ないっ」
 ・入れ墨は蒙古斑。「あいつ、いつまでもケツが青い」
 ・28歳。「年上の人ってかっこいい」
 いずれも真喜男の前向きな妄想。
 妄想が終わって、「んなこと、あるわけないだろーーっ!!」と自分で突っ込みを入れることになるが。 
 
 3つめは「青春」「学園ドラマ」。
 この作品が描いていることは正統派学園ドラマ。
 しかし、これをストレートにやってしまってもつまらない。どこか嘘がつきまとう。
 「作り物、きれいごと」「こんなこと現実にはありえねえ~」
 この作品はそれを最初から「嘘」にしてしまったことでクリアにした。
 ヤクザの若頭が高校に入ってくるなんて現実にはあり得ない。
 最初からこの物語は「嘘」なんだと視聴者に呼びかけているから、中で描かれていることも「まあ、あり得るかもしれないな」とすんなり入っていける。
 そして、「マイボス」で描かれている青春は実は誰もが心の奥底で理想として思い描いていること。
 『学園祭でのクラス揃っての演奏、誕生日のケーキ、号泣』
 現実にはあり得ない。でも、心では求めている。
 「嘘」から入って、描かれていることを「嘘」でなくしてしまう。
 うまい仕掛けだ。

 青春物はストレートな若者の感情を描くものだが、ストレートにそれを描くのは難しい時代になっている様だ。
「マイ★ボス マイ★ヒーロー」は昔懐かしい「青春学園ドラマ」を見事に描いてくれた。

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出口のない海 横山秀夫

2006年09月16日 | 小説
 物語は太平洋戦争末期。
 並木浩二はある志願をする。
 人間魚雷「回天」。
 「鉄の棺桶」、脱出装置のない海の特攻兵器に乗っての敵艦突入だ。
 しかし、浩二には夢がある。
 野球選手としてマウンドに立つこと。
 かつては甲子園の優勝投手であった浩二。
 しかし、ひじを痛めてプロ入りを断念。
 だが彼の信念は強かった。
 浩二は痛めたひじを補う「魔球」を編み出すことで、再びマウンドに立とうとする。軍事訓練の合間にボールを投げて「魔球」の開発に取り組む。
 だが、歴史の運命は彼を翻弄し、開戦、そして特攻……。

 この小説は太平洋戦争当時の状況、戦争の実際をリアルに描いている。
 まずは当時の戦争観。
「これは聖戦だ! アジアを欧米列強の植民地支配から解放する正義の戦いである!いまこそ我が日本はアジアの盟主となって、五族協和を実現し、大東亜共栄圏建設を成し遂げねばならない!」
 アメリカとの国力の差を言う人間には
「分析が足らん! 同盟国ドイツのヒトラーは電撃作戦を成功させ、いまやヨーロッパ西部戦線を制圧している。アメリカはヨーロッパにも軍事力を割かねばならんのだ。この千載一遇の好機を逃してどうするか!」
 また精神主義。
「挙国一致、一億一心で乗り切るのみ!ルーズベルトには、この大東亜戦争を戦い抜く決意も魂も指導力もない」
 徴兵を免れている大学生の苦悩もある。
「学生はインテリだ。将来、国の舵取りをする選りすぐりだ。なにも慌てて死なしちまうこともない。俺はな、俺より年下の連中が死んでいくってのが、どうにも耐えられないんだよ」
 あるいは洗脳。
「良いも悪いもなく、上官の命令には絶対服従を強いられる。号令一つで器械のごとく動く人間に改造されていく。話し方や歩き方、物事の考え方まで、何もかも海軍流に変えられ、型にはめ込まれていく」
 例えば、こんな精神講話。
「死のうか死ぬまいか迷った時は死んだがよし!」

 テーマは夢を実現するために必死で生きようとする若者が死を選ばなくてはならない現実。
 浩二は特攻を前にしてこう思う。
「なぜ、俺はこんなところにいるんだろう。たった1年間にはグラウンドにいた。……人生は長いものだと思っていた。その途中には様々な寄り道や回り道があるのだろうと考えていた。しかし今日、ひとつの道が示された。道草も立ち止まることも許されないひとつの道。まっすぐな道、死への道」
 死の現実を迷い葛藤しながら受け入れていく若者の姿がせつない。
 そして、その死も。
 浩二が回天に乗り込むことを志願したのは、友人で野球部のマネージャーの小畑に「釣られた」ためだった。
 非力な小畑が志願の所に○をつけるのをチラリと見てしまった浩二。
 小畑もそうなら、と思って浩二も○をつける。
 だが、小畑はその後、○を消しゴムで消して提出。
 この運命の分かれ道。
 そして出撃。
 だが、彼の乗る回天は出撃のたびに故障して特攻することができない。
「こいつは、この回天って奴は人の生死を弄んでいるのか」
 死の覚悟をして乗り込んで、これだ。
 上官からは理不尽な叱責をされて浩二は自棄になる。
 叱責とはこの様なものだ。
「スクリューが回らなかったら、手で回してでも突っ込んでみろ」
 そして浩二の死は意外な形で訪れる。
 それは……。
 
 こんな戦争の現実を前にして、この小説のこんな文章が蘇ってくる。
「戦争なんて勇ましくも男らしくもない。ただ、悲しいだけだ」


★追記
 こんな女の子の心情も。
 浩二に思いを寄せる美奈子はこんなことを言う。
「古典的なことを言っていいですか? 私、ハダカ見られちゃったんですから、ちゃんとお嫁さんにして下さいね」
 そしてこう思って顔を赤らめる。
「お嫁さんにしてくださいね。あの人はどう思ったろう。不快だったろうか。いや、きっと眼差しは優しかった。微笑んでもいた。私に好意を持ってくれた。そうならいいのに」
 揺れ動く心情を見事に表現している。
 祖母にはこう釘を刺されるが。
「あんまり好いちゃだめだよ。若い男子は大切なお国の宝だから」
 兵隊に取られて、戦地に赴くことを言っているのだ。
 
 こんな美奈子の思いに対して浩二は応えられない。
 「生きて帰る」
 そんな嘘を言えなくて、美奈子からの手紙にも返事を出さない。

★追記
 こんな野球の描写も魅力的だ。
 速球と決別し。魔球(変化球)を投げようと思う浩二の心情だ。
「ボールは打者を打ち取るための道具でしかなかった。野球というスポーツの主役であるべきボールの存在を真剣に考えてみたことがなかった。初めてボールと向き合った。格闘した。改めてこういうものだったかと感じ入った。ボールの大きさ、丸み、重さ、手触り。そして、表情までも。いとおしくなった。大切な相棒なのだと気づいた」

★追記
 人は、ある年齢になると何かをするのにも理由が必要になってくる。
 ロンドンの五輪に参加できなくなった北は陸上を諦めて軍隊に志願する。
 昔は好きだから走ることができた。しかし、今は五輪という目標がなくなって。
 人は好きだから走るという理由だけで走れなくなる。

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24 シーズンⅣ 第1話・2話

2006年09月15日 | テレビドラマ(海外)
 「24」シーズンⅣ 第1話(7:00)。

 CTUはエリン・ドリスコルの管理下にあり、ジャックは現場を離れ国防長官ヘラーのもとで働いている。
 そんなジャックが予算交渉で古巣にやって来る。
 ジャックが顔見知りなのは、クロエなど一部の人間。
 ここではジャック凄さが描かれる。
 現在のCTUは、ドリスコルがそうであるように官僚化している。
 縄張り争い、規則重視、自分の与えられた領域しかしない仕事、無事息災、熟練していないオペレーター。
 ドリスコルの判断が間違えば大変な事態に陥るのだが、当の彼女は人の意見を聞かずに危機意識も欠けている。
 実際、トマス・シェリクというテロリストも逮捕、尋問にもドリスコルよりジャックが機能した。
 送られてくるシェリクの潜伏先(クリーニング屋)の画像。ジャックはその画像を見てシェリクの居所を看破する。
 8時にテロ予告がされているにもかかわらず、手ぬるい尋問にジャックはシェリクの足を銃で撃って吐かせる。
 荒っぽいが、テロリストにはジャックの様なやり方が有効なのだということがわかる。
 第1話はぬるま湯のCTUを描いて、ジャックをキャラとして立たせた。
 同時にオードリーという愛する対象を見つけてぬるま湯状態のジャックも目覚めさせるというドラマも。
 実にうまいシナリオだ。

 第2話(8:00)。
 ここでもジャックを際立たせた。
 ジャックの後釜を勤めた現場の捜査官ロニーとの対比だ。
 ロニーは国務長官を誘拐され臨時にCTUで捜査することになったジャックに自分の領域を侵されるのではないかと思う。
 一方、ジャックにも枷。ジャックはロニーの命令下にあり独自で動けない。
 こんなふたりがテロリストのハッキングのことを知ったアンドリューというハッカーの保護に向かう。
 そしてロニーも一瞬の判断ミスから撃たれて死んでしまう。
 こうした対比でジャックを描いた。

 また、今回はテロリスト側のほころびも。
 テロリストのアラス家。
 その息子のベルースがテロのキイとなるカバンをアジトに運ぶのだが、彼のガールフレンドが浮気をしていると疑ってベルースを追い、テロリストのアジトを知ってしまうのだ。当然、テロリスト側もベルースのミスを察知。ベルースは父親に殴られ、ガールフレンドを呼び出すように言う。
 これが伏線としてどの様に繋がるのか?
 
 この様に「24」はアクションドラマだが、人物それぞれがドラマを抱えている。
 それは主に人間の弱さ。
 組織の中の保身、ガールフレンドのこと、家族のこと。
 これらが綻びとなって、事件を動かしていくから面白い。
 ジャックを動かしているのは、アメリカを思いテロリストを憎む心、テロリストを動かしているのは、アメリカという国家への憎しみだが。

 そして第2話のラスト。
 誘拐された国防長官ヘラーが、覆面をしたテロリストに銃を突きつけられる映像がインターネットで流される。そしてアメリカ批判。
 これはイラク戦争でテロリストたちが行ったのと同じ。
 こうした映像を作品に取り入れてしまう貪欲さはさすがアメリカのエンタテインメントだ。
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LIMIT OF LOVE 海猿

2006年09月14日 | 邦画
「LIMIT OF LOVE 海猿」

 物語はこう。(公式HPより)
「潜水士となって早2年。海上保安官である仙崎大輔(伊藤英明)は、鹿児島・第十管区に異動となり、機動救難隊員として海難救助の最前線で働いていた。恋人・伊沢環菜(加藤あい)とは将来を意識しながら、遠距離恋愛を続行中。
 さまざまな経験を経て、ひと回り大きくなった大輔だったが、成長したことで知る重みや苦しみもある。それが原因で環菜との仲もギクシャクし、心は複雑に揺れていた。そんななか、鹿児島沖3キロで大型フェリー・くろーばー号の座礁事故が発生。バディの吉岡哲也(佐藤隆太)たちと現場に駆けつけた大輔は、そこで驚愕の光景を目撃する。
 凄まじい早さで浸水を始め、傾いていく船体。9階建ビルに匹敵する船内には195台もの車両が積載されていて、引火すれば大爆発の危険が。しかも非常用システムはすべて破損している。そして、パニックを起こして逃げ惑う620名もの乗客。そこには、偶然にも船に乗り合わせていた環菜の姿が!
 4時間後、船は沈没する。最後の最後まであきらめずに立ち向かう大輔だったが、かつてない極限状態の前に限界があった。大輔の勇気と力と愛、皆の信じる思いも飲み込んで沈みゆく船。そして、大輔の声、彼の名を呼ぶ環菜や仲間の声は、爆発音にかき消される…」

 アクション映画である。
 アクション映画のポイントはいかに主人公に困難を与えるかにある。
1.大輔が助けるのは足を怪我をした男(吹越満)とお腹に子供のいる女性(大塚寧々)。
2.大輔たちが逃げ延びた場所は、下とまわりが浸水し、上が火事で炎上している場所。すなわち逃げ道なし。
 その場所を下川(時任三郎)は配管の番号で調べる。
3.大輔たちは浸水した1階を潜水して別の場所に行こうとする。しかし、一般人には30メートル、1分半の潜水は難しい。
 また、潜水してたどり着いた場所もスプリンクラーが効いていなければ火事である。
4.やっと潜水でたどり着くが、ホッとしたのも束の間。爆発が起きて階下へ。
5.船が傾き、保安官の退去命令。取り残される大輔たち。
6.脱出口を探していた大輔は仲間の残していった酸素ボンベを発見。そして煙突まで導いていくが、哲也(佐藤隆太)が鉄網の下敷きになって。
7.携帯で対策本部に連絡。男を背負って煙突の階段を昇るが、船は沈み大輔らは水の中へ。
8。大輔救出。大輔は下敷きになった哲也を救い出すため、再び水の中へ。

 またアクション映画のポイントは仲間の見せ方にある。
 船が沈没。大輔は死んだ。だが、仲間たちは信じない。
「潜水許可をお願いします」「潜水許可をお願いします」
 下川のもとに命令を求める仲間たち。アクアラングをつける仲間たち。
 下川も諦め、事故処理モードの上層部の思惑に反して、許可を出す。
 実にかっこいい。見せ場だ。

 またアクション映画にはヒロインがいる。
 結婚するかどうか曖昧な大輔に自分が作ったウエディングドレスを着てみせる環菜。大輔が迷っているのには、航空機事故で人を助けられなかった想いがあるのだが、環菜はそれを知らない。
 ウエディングドレスを着ても「きれいだ」と言えない大輔と喧嘩。
 そして今回の事故発生。
 苦難の中で大輔の生還を信じている。
 大輔は大輔で、戻ったら結婚しようとプロポーズ。無線でふたりの会話を仲間たちが聞いているのも知らずに。
 パターンと言えばパターンだが、この定石は不滅。
 救難ボートには大きな荷物を詰めないため、ウェディングドレスを残していかなくてはならない環菜の葛藤もいい。

 これらの点で「海猿」はアクション映画の王道。
 対策本部が設置され機材が運び込まれる様子やカメラがパンして、上官の下川に至るカメラワークなどもワクワクさせられる。
 制作はROBOT。
 「踊る大捜査線」シリーズの作りを踏襲している。

★追記
 ある出来事に対するリアクションがキャラクターを作る。
 事故に巻き込まれてわめき立てる男。(税金払っているだから何とかしろよ)
 巻き込まれて「男なんだからしっかりしなさいよ」という女性。
 冷静沈着で対処する大輔。
 
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結婚できない男 第11回

2006年09月13日 | 恋愛ドラマ
「桑野さんのこと、好きになっちゃったも……」と語るみちる(国仲涼子)。

 信介(阿部寛)は実は魅力的な人間の様だ。
 偏屈・毒舌。
 マニアック、ウンチク野郎。
 自己中。あまのじゃく。
 それらは他人を自分の領域に立ち入らせないためのガード。
 でもそれらの欠点も慣れてくると味になる。
 ないと寂しくなる。
 また自分の仕事には信念を持っている。
 それゆえトラブルもあり苦労させられるが、放っておけない。

 信介の様な人間への関わり方には3通りある。

 ひとつは動物園で檻の中の動物を見るような関わり方。
 最初の頃のみちるや夏美(夏川結衣)の関わり方だ。
 ひとり焼き肉、ひとり帽子。遠くから見ている分には十分に楽しい。

 二番目は近づきすぎてもう勘弁という関わり方。
 信介には近づき過ぎると毒舌・皮肉で噛みつかれる。
 中盤の夏美らがそう。
 いっしょにいてメチャクチャムカつく。振り回される。

 三番目は信介を理解する関わり方。
 動物を手なづけると言ってもいい。
 信介の行動パターンや思考を理解して操縦していく。
 この場合は摩耶(高島礼子)がそう。
 最近は夏美も出来るようになってきた。
 ボディガードをすることの返事をみちるは否定と取るが、夏美は了解と取った。
 
 そして三番目の関わり方、レベル3まで行くと信介から離れられなくなる。
 噛めば噛むほど味のある人間。
 もっと相手のことを知りたくなる。
 マニアックに信介と関わりたくなる。
 それは金田と対照的だ。
 つき合う女の子の趣味に合わせてボウリングをしたり、人気スポットに行ったりする金田には自分がない。
 雑誌に載っているマニュアルどおりに行動している人間と言ってもいい。
 ある意味、薄っぺらだ。それゆえつき合う女の子も毎回違っている。
 一方、信介は毎回夏美。ときどき、みちると摩耶。
 よく分からない人間・信介。(それゆえ信介は変人なのだが)
 そんな信介にはマニアックに関わりたくなる。
 今回のストーカー事件で見せた信介の熱い心。
 信介はまた新しい顔を見せた。(夏美はケンちゃんの時に見ているか。動物に対してだったけど)
 それは夏美、そしてストーカー当事者のみちるには新鮮だったろう。

 男女の関係にマニュアルはない。
 よく優しい人、尊敬できる人がいいと言われるが、それだけでは物足りない。
 強い気持ちがあれば成立するものではない。
 理屈では説明できない何かがある。
 それをいわゆる恋愛ドラマのマニュアルどおりではなく、描いた所にこのドラマの凄さがある。

 さて、次回は夏美。(恐らくみちるの想いは、一時的な思いこみとして描かれるだろう)
 レベル3になった夏美がさらにどんな信介を見出すか?
 予告では「キャッチボールがしたい」と夏美は信介に言っている様だったが。


★あらすじ(公式HPより)
 ある日、鍵を部屋の中に置き忘れたままゴミ出しをした信介(阿部寛)。オートロックを解除できず、柵を乗り越えようとしている姿を警官が目撃。不審者扱いされているところを愛犬・ケンの散歩を終えたみちる(国仲涼子)に助けられる。信介の事務所では、摩耶(高島礼子)が壁紙を花柄にしたいというクライアントの要望を伝えに来た。「花柄は俺がこの世で嫌いなものトップ5に入るんだ」という信介の予想通りの反応に、顔を見合わせる摩耶と英治(塚本高史)。
 一方、まんが喫茶では、みちるが夏美(夏川結衣)に、最近届く不気味なメールを相談。みちるをマンションまで送って来た夏美は、「桑野さんと一緒に帰ってもらえばいいじゃない」と言い出す。「桑野さんでもいた方がマシでしょ」という夏美に納得させられるみちる。「ボクに何かメリットあるんですか?」と言い、部屋に入ってしまった信介に拒否されたと思いきや、信介は「で、何時にどこで待ち合わせるんだ?」と聞くのだった。
 摩耶に説得された信介は、花柄の取り入れ方を研究するために街を散策し、みちると合流して一緒に帰ることになる。メールが届くだけのストーカーに「大げさだなあ」と取り合わない信介に、みちるは女性にとってストーカーがどれほど恐怖なのかを話す。
 その夜、ケンの散歩にも付き合う信介だが、放置自転車に乗っているところを警官に見られ、交番で事情を聞かれる羽目に。ストーカーの件を警官に話す信介だが、「何かあったら連絡下さい」という反応に、「何かあってからでは遅い。権力ばっかり振りかざしてないで、税金払った分、何かして下さい」と言い放つ。部屋に戻ったみちるは、夏美にその出来事を報告するが、ストーカーから信介と2人でいたことを知っているという内容のメールが届き、さらに不安が込み上げるのだった。
 信介は渋々ながらも壁紙に花柄を取り入れた設計図を完成させると、摩耶と英治に「俺がそういう仕事したってことは秘密だぞ!」と釘を刺し、胃痛で中川病院を訪れた。夕べの出来事を褒める夏美に信介は「お節介だな」とつぶやく。
 一方、みちるは、お化け屋敷で携帯電話を落とし、ミイラ男の扮装をした若者に拾ってもらったことを思い出す。信介は、夏美と一緒にお化け屋敷に行くと、ミイラ男に扮装した田島と話をするが、犯人であることを否定。
 「やっぱり人違いかな」と話し合う信介、夏美、みちる。夏美は茶化すような信介の言動に腹を立てるが、逆に「僕は一貫してしょうがなくあなたに付き合ったいるんです」と言われてしまう。ショックを受けながらも、信介の言い分を認めた夏美は、「今夜からみちるちゃんは私が家まで送ります」とその場から出て行くのだった。
 その頃、インターネットには信介が嫌々完成させた設計が流出していた。その後、英治が怪我をしたという連絡で中川病院に駆けつけた信介。英治がインターネットに流出させた犯人が内装業者の社員と気づき、殴りに行ったものの、逆にやられたと知らされる。ポリシーを曲げて仕事をした信介の気持ちが分かっていたのに・・・と後悔する英治。信介は「俺、桑野さんの味方です」と言う英治の言葉に、屋上で1人、涙を流すのだった。
 一方、みちるがいる喫茶店に田島が出現。駆けつけた夏美とみちるが困惑していると、信介が入って来た。「結局、あなたですか?」という信介にシラを切る田島だが、信介の執念のような迫力に、田島はおずおずと退散するのだった。
 その帰り道、みちるは夏美に「桑野さんのこと、好きになっちゃったも……」と告白する。
コメント (3)
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トリック 劇場版2

2006年09月12日 | 邦画
「トリック 劇場版2」大まかなあらすじは下記のとおり。

「自称・売れっ子奇術師の山田奈緒子は、物理学教授の上田次郎と筐神島に乗り込んだ。例のごとく、ひとりでは恐かった上田が奈緒子を巻き込んだのだ。事の発端は、上田の研究室に、“どんと来い、超常現象”を持った青年が現れたこと。10年前、彼の幼なじみを連れ去ったという筐神佐和子に会うべく、島へと入ったふたりは、佐和子による数々のスペクタクルな奇蹟を目にする。佐和子の霊能力は本物なのか?最強の霊能力者を前にした奈緒子と上田の運命やいかに」(goo映画より)

 起こる超常現象は下記のとおり。

1.せり上がる大岩
2.箱の中に入れると消える指輪
3.何もない箱から現れる霊能力者
4.燃えた棺桶から生還する霊能力者
5.消える村

 いずれの現象にも手品を使ったトリックがある。
 それを見破っていく奈緒子と上田の図式も変わらない。
 トリックを見破っていく過程に考え抜いた推理もサスペンスもない。
 この作品の魅力って何だろう?

 一見驚く超常現象を説明してしまうトリック。
 奈緒子と上田のかけ合い。
 それらがふんだんに盛り込まれた独特の世界。
 その世界に浸ること。
 それ以外の感動とか共感を求めてはいけない。
 かろうじて犯人になる霊能力者の心の中がドラマになるのだが、説明されるだけで「そうだったのか」「それだったらそんな行動をするのもしょうがないよね」といった感想しかもてない。
 今回の霊能力者・佐和子の心のドラマもそう。
 たくさんの人間に裏切られてきたという佐和子。
 その結果、家族も崩壊し娘も捨てた。
 その復讐のために彼女は詐欺まがいの行為をしている。
 過去、汚いことに手を染めてきたこともあり、実の娘に母親だと名乗ることもできない。
 過去、松本清張などの推理作家が追及しまくってきた犯行動機などは、あまり興味がないようだ。
 あるのはひたすら「華麗なトリック」と「ギャグ」。
 実にドライだ。ウエットな部分がない。

 それだけで良しとするかどうかが、この作品を評価する分かれ目。
 私は少し飽きてきた。マンネリ。
 奈緒子も上田も相変わらずで、変わったりすることがない。

★最後に提幸彦演出、薪田光治脚本について
 通常の作品であれば、普通に描くところにプラスアルファをつけ加えるのが蒔田脚本。
 例えば、30数を数える少年はいつも27、17、7を省略する。それをいっしょにいる人間が突っ込む。
 「彼女は私の108人目の弟子なんですよ」と上田が言って、「私は除夜の鐘か」と奈緒子が言う。
 ともかくプラスアルファを加えていく。
 それは堤演出も同じ。
 ともかく普通の画面を作らない。壁に張ってある習字の文字など、全部遊んでいる。画面の密度がマニアックに濃いのだ。
 また、箱の中にある奇怪なモジャモジャの生き物、美沙子(堀北真希)の目から出る星なども面白い。やりすぎると鼻につくが。

 これらに加えて、先程書いたドライなドラマづくり。
 明らかにドラマツルギーが違う。

★今回の超常現象について
 (以下、ネタバレです)


・せり上がる大岩……滑車
・消える指輪
 指輪を結んだ糸の先にゴムがついていて、上着の袖口から引き上げる。同時にダミーの糸を垂らす。
・箱から現れる霊能力者……箱を組み立てる前の壁の後ろにへばりついている。
・棺桶から生還する霊能力者……大きな布を掛けられた時に脱出している。
・消える村……鏡の利用、もしくは村に至る道の偽装。
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恋 小池真理子

2006年09月11日 | 小説
 新潮文庫の100冊を読む。
 その第3弾は「恋」(小池真理子著)。
 紹介文はこう。

「微妙な関係の三角関係。だからこそ成立する恋愛だってあるのです」
「1972年冬。全国を震撼させた浅間山荘事件の陰で、ひとりの女が引き起こした発砲事件。当時学生だった布美子は、大学教授・片瀬と妻の雛子との奔放な結びつきに惹かれ、倒錯した関係に陥っていく。が、一人の青年の出現によって生じた軋みが三人の微妙な均衡に悲劇をもたらした……。全編に漂う官能と虚無感。その奥底に漂う静謐な熱情を綴り、小池文学の頂点を極めた直木賞受賞作」

 人と世界が完全に調和するということがあり得るのか?
 主人公・矢野布美子は、片瀬信太郎・雛子夫妻と過ごした時間がそうであったと考えている。
 「ローズサロン」という文学作品の翻訳に取り組む信太郎。
 英文科の大学生・布美子は、その下訳の手伝いをするために信太郎のもとでアルバイトする。
 当時は学生運動が真っ盛りの時期。布美子は、学生運動の闘士と同棲していたこともあり、優雅な信太郎と雛子の暮らしを「プチブル」だと思うが、次第にその暮らしに憧れを抱き、その一部になろうとする。
 布美子が信太郎夫妻の作る世界に調和していく瞬間だ。
 その後、布美子は片瀬夫婦の奔放な性に違和感を覚えつつも次第に取り込まれていき、こう思うようになる。
「私は雛子の性欲の強さを頼もしく羨ましく思った。それは純粋な誓約、まじりけのない肉欲だった。感情をまじえずに快楽を手に入れたいと望むことの、いったいどこが汚らわしいのだろう。雛子はその一点によって誰よりも清らかなのだ、と私は思った」
 夫以外の男と寝る雛子。そんな雛子の行動を信太郎は認めている。
 そこには嫉妬とか裏切りという感情はない。
 そんな世俗的なものは超越している。
 そんな片瀬夫妻の中に美を見出す布美子。
 彼女はこう思う。
「片瀬夫妻は、神がこの世にもたらした、またとなく美しい一匹の両性具有の獣であった」
 布美子は信太郎と雛子両方を愛している。
 そして歓喜の時。
 片瀬夫妻の軽井沢の別荘で、夏を過ごすことになった布美子は信太郎と体を交える。雛子はこの夫と布美子の行為に意を介さず、むしろ喜ぶ。信太郎と雛子の間にはさまれてベッドの上で眠る布美子。
 この瞬間、布美子は美しい両性具有の獣の一部となる。
 今までの灰色の生活と違い、すべてが輝いて見えてくる。
「その二週間は、私にとって二年であり二十年であり、さらに言えば永遠であった。毎日毎日、信じられないほどの美しい陽光があたりを包んでいた」

 こうした形而上学的とも言える3人の関係は世俗にまみれた私などの理解の及ぶところではないが、彼らの関係がすべてを共有しあった調和であることはわかる。
 しかし、この調和が崩れる。
 大久保勝也という青年が雛子の前に現れ、雛子が心奪われるのだ。
 布美子は、自分たち3人の調和を壊す大久保を憎み、懊悩の果て、ついに猟銃で殺してしまう。
 それは惨劇だった。
 布美子はとどめをさすため2発目を大久保に向けて撃とうとするが、誤って信太郎を撃ってしまう。
 大久保を守るため銃の前に立ちはだかる布美子。
 同じく雛子を守るため飛び込んできた信太郎。
 その信太郎の腰を布美子は撃ってしまうのだ。
 雛子は白目をむいて気絶し、信太郎は以後車椅子生活を余儀なくされる。

 人と世界が完全に調和するということがあり得るのか?
 この作品はこのテーマを布美子を通して描いている。
 大久保は調和する世界を壊す闖入者。
 布美子はそんな闖入者を撃つことで、調和が失われるのを防ごうとした。
 しかし、布美子が愛した「調和の世界」などはあり得るのだろうかと作者は問いかける。
 それは布美子の思いこみ、幻想であったかもしれない。
 人は青春のある時期、美しいものを信じたくなる。
 ある人を理想化し美化することで「美しい両性具有の獣」と見てしまうような思い。
 本当はその人は少し性に開放的なプチブルでしかなかったかもしれないのに。

 布美子はその後、刑に服し、釈放後、癌に犯され息を引き取る。
 片瀬夫妻との関係はもしかしたら自分の勝手な思いこみ、幻想だったのではないかと思いながら。
 というのは、事件後、布美子と片瀬夫妻の間には何の連絡もなく、出版された「ローズサロン」のあとがきには協力者として布美子の名がなかったからだ。
 この事件を報じたマスコミも布美子の形而上学的な思いなど理解せず、三角関係、四角関係がもつれた世俗的な事件として布美子の思いを引きずり下ろした。
 この作品を読む者は、ここに来て、布美子の思いが勝手な幻想だったのではないかと思えてくる。
 ちょうど、布美子の事件と時を同じくして起きた浅間山荘事件がひとつの幻想を葬った様に。
「彼ら(浅間山荘事件の当事者)は法を犯し、幾つもの命を犠牲にしながらひとつの時代を葬ったが、彼らとそれほど年齢の変わらなかった私もまた、同じように人を殺し、自分自身を葬った。ある種の幻想に浸っていられた時代……そんな時代を共に生き、共に私も終わった」

 そしてラスト。
「人と世界が完全に調和するということがあり得るのか?」という問いに対する答えが暗示的に描かれる。
 布美子が見たものは幻想だったのか、真実だったのか?
 そのラストは実に静かで感動的だ。
コメント
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