格差階級社会をなくそう

平和な人権が尊重される社会を目指し、マスゴミに替わって不正、腐敗した社会を追求したい。

世界の金融王の経歴

2008-07-19 16:52:18 | オルタナティブ通信

世界の金融王の経歴

 長い間、世界経済・金融の帝王として、米国中央銀行FRBの議長であった、アラン・グリーンスパン。

グリーンスパンは学生時代、スパイ養成大学として名高いコロンビア大学で博士号を取った。第二次世界大戦中、対日の暗号解読部隊の中心地であった大学である。

学生時代のグリーンスパンの経済学の指導教授はジェーコブ・ウォルフォウィッツ。後に父ブッシュ政権で、国防副長官としてイラクとの戦争を強く主張するイスラエル直系の軍事産業の代理人ポール・ウォルフォウィッツの父である。

学生時代からグリーンスパンは、この「組織」に「リクルート」されていた。

 1977年、ロスチャイルドの銀行J・P・モルガンの、「社員」としてグリーンスパンは頭角を現わす。このモルガン時代のグリーンスパンの同僚に、サウジアラビアの富豪スレイマン・オラヤンが居た。オラヤンはモルガンの国際諮問委員会のメンバー、グリーンスパンは社外取締役であった。

当初は、アラムコ=アラビアン・アメリカ・オイルのトラックの運転手から出発したオラヤンは、後に、サウジの石油マネーをグリーンスパンと協力し、米国銀行に投資する「仲」となる。

 グリーンスパンをFRB議長に指名した、前任者のFRB議長ポール・ヴォルカーは、財務省の次官であったロバート・ローザの指導下で教育を受け、その右腕として出世の階段を登って行った人物であった。

グリーンスパンのボスはヴォルカーであり、ヴォルカーのボスは、ローザであった。

ローザは、ロックフェラー=ブッシュのハリマン銀行の取締役であり、ローザのボスはロックフェラーであった。
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マフィアの部下であった米国中央銀行FRB議長

2008-07-19 07:23:13 | オルタナティブ通信

マフィアの部下であった米国中央銀行FRB議長

 ロシアン・マフィアの対外進出の出発点となった、米国のジャクソン・ヴァニク修正法。

この法律は、ソ連=ロシアが、自国内のユダヤ人達のイスラエルへの脱出を認める事と引き換えに、米国が敵国ソ連に対し関税の優遇措置等の最恵国待遇を与える、という内容であった。しかも、ユダヤ人であるかどうかの審査は皆無であり、「自分でユダヤ人である」と申告すれば、誰でも国外脱出できる法案であった。

ソ連国内の富豪達=資産・金塊等を持った「赤いビジネスマン」達は、この法律で続々とイスラエルへ脱出して行った。

ソ連と言う国家を支える「富」は、この法律で消失し「栄養不足」となったソ連が、やがて病魔に倒れ死に至る事は、この時既に決定付けられた。

 米国が敵国・ソ連に最高レベルの好待遇を与えると言う、この奇妙な法案を作成したのが、現在のイラク戦争の計画を作り上げたブッシュの元・国防政策会議議長リチャード・パールである。パールは、イスラエルの軍事産業の兵器=特に核ミサイルの売人であり、通称「ミサイル男」と呼ばれていた。

パールと共に、この法案作りに奔走したのが、「金で殺人を請負う」カナディアン・マフィア=ブロンフマン一族である。ビヴェンディ等、ペットボトル入りの水を販売し、世界の水を支配下に置こうと動くブロンフマンである。

そして、この法案の「成文化」を担当したのが、「金で殺人を請負う」イスラエル・マフィア「殺人株式会社」の顧問弁護士マックス・フィッシャーであった。

 この法案には、世界のマフィアの最頂点が、ロシアン・マフィアの海外脱出=活動ルートを作ってきた経緯が、浮き彫りになっている。

 そして、このフィッシャー等の主催する、世界の銀行家の中でも「選ばれた者達だけの」研究会=晩餐会に、若き日のアラン・グリーンスパンが居た。後に米国中央銀行FRBの議長として、長らく世界の金融・経済を指揮する事になるグリーンスパンである。
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