9回の攻撃のうち、先頭打者が出塁したのが、6回もありながら得点したのは2回の2点のみ。
今日も、いつもの負ける時のように、序盤から重苦しく感じるのはなぜなのでしょう?
試合内容は勝っているのですが、勝負は負けているのです。
今日は、写真のみの掲載とします。
同じような愚痴を言うのに疲れました。
深刻な表情の新井 勝ち星から遠ざかっている下柳
9回の攻撃のうち、先頭打者が出塁したのが、6回もありながら得点したのは2回の2点のみ。
今日も、いつもの負ける時のように、序盤から重苦しく感じるのはなぜなのでしょう?
試合内容は勝っているのですが、勝負は負けているのです。
今日は、写真のみの掲載とします。
同じような愚痴を言うのに疲れました。
深刻な表情の新井 勝ち星から遠ざかっている下柳
梅田の街の変貌は、留まるところを知らないようです。
その過去には、多くの問題が山積していたのですが、一つ一つ解決してゆき、現在そして未来にそこに住む人や訪れる人を豊かにしてゆくことが、この変貌の柱でなくてはならないのです。
左の写真は、2006年3月に撮影されたものです。
大阪駅、中央に阪急梅田ビルが見えます。
右の写真は、2009年3月に撮影されたもので、中央に建設中の新北ビル
、その奥には、やはり建設中の阪急百貨店が見えます。
これらの写真は、ブログ「ゴリモンな日々」から転載させて頂きました。
「ゴリモンな日々」は、当ブックマークを参照、または下記からアクセスして下さい
http://gorimon.com/blog/sb.cgi?month=200907
大阪の玄関にふさわしい姿にするための計画として進まれてきたはずの「大阪駅前の再開発計画」だったのですが、一部には、この計画は失敗とされています。
大阪駅前ビルには、今にもシャッターを閉め、場所によっては、大阪のど真ん中のはずなのに、人の気配が感じられないところすらあるというのは、なぜなのでしょうか?
様々な要因が考えられるのですが、大きな原因としてあげられるのが、JR片町線(今の東西線)の延長が遅れ未開通となり、ダイヤモンド地下街も未完成のまま、箱ものだけが先に出来てしまい、人の流れが止まってしまったのではないかとされています。
今でこそ、鉄道は平成7年に開通し、地下街も平成8年に完成しているものの、その時はすでに、大阪駅前ビルがゴーストタウン化した後であったため、通勤客や買い物客の流れを呼び込むには、既に時遅しとなってしまったのです。
現在は、以前に比べ徐々に客足も増えているやに聞いていますが、店の営業状態は決して良いとは言えないそうです。
大阪市は、計画性の不十分さゆえにゴーストタウン化を繰り返してきたようです。
そもそも、都市開発とは、何なんでしょう?
そして、都市開発に必要な景観と、その開発計画の付加価値を高めることの重要性について、次回に考えてみたいと思います。