金比羅さんのお参りは、昨年にも訪れたのですが、ポツポツ降っていた雨が琴平駅につくなり本降りとなり、ここから引き返したという経緯もあり、機会があればと思っていました。
今回、高松に所要があり、その前日を利用して、お参りすることとしました。
西国三十三ヵ所も途中までしかお参りしていない不信心な僕ですが、お伊勢さんと同様、一度は訪れたいと思っていたところです。
JR琴平駅を降りると、金比羅さんへの途中に、ことでん 琴平駅があります。
荷物は、ここのコインロッカーに預け、帰路は、琴電で戻りました。
金刀比羅宮(ことひらぐう)は、一般的に「金比羅(こんぴら)さん」と呼ばれています。
”こんぴらさん”で検索すると、神社のHPは、金刀比羅宮となっていますが、その他の記事は、金比羅とあり、”刀”がありません。
金刀比羅宮、”こんぴらさん”と呼ばれ、金比羅宮とも琴平宮とも云われています。
金比羅さんは、象頭山(標高521m)の中腹に鎮座し、昔から海の安全、五穀豊穣、大漁祈願、商売繁盛など様々な御利益のある神様なのです。
石段に登る手前の参道には、昔ながらの造り酒屋があります。
階段は、狭くなったり広くなったり、土産物屋が多くあり、キョロキョロしながらの階段を
登ります。
ここで、この神様が世に知られるもっとも大きな話題は、階段なのです。
御本宮まで、785段、奥社までとなると1368段の階段があることです。
御本宮までの階段数は、本当は786段あります。
しかし、これは786を語呂合わせでは、”な”や”む”となることから、1段、階段が下がっているところを造り、785段としたようです。
残念ながら、その1段降りるところを確認出来ませんでしたが・・・・・
294段目 五人百姓の標識があります。 この五人百姓とは、参道を挟むように左右に並ぶ
5件の飴屋がありました。 境内での営業を唯一許された由緒ある店だそうですが・・・・・・・
金比羅さんには、長い歴史があり、由緒も二通りあるようです。
一つは、大物主命が象頭山に祀った琴平神社で、金比羅大権現と称したもの。
もう一つは、もともと象頭山にあった真言宗の松尾寺に金比羅が鎮守神として祀られていたもの。
つまり、神仏習合の寺社でした。
明治元年(1868年)の神仏分離令で、金刀比羅宮と名称し、神道の神社になり、主祭神の名は、大物主神と定められ、相殿に崇徳天皇を祀りました。
崇徳天皇は、長寛元年(1163年)に松尾寺に参籠したことから、永万元年(1165年)に讃岐国に流されたまま崩御したことから、合祀されていました。
旭社 御本宮
海上交通の守り神とされるのは、古代には、象頭山のふもとまで入江が入り込んでいたという説。
また、大物主命が「海の彼方から波間を照らして表れた神」と言われる説があります。
ちなみに、金比羅山は、香川県にある琴平山の別名ですが、この金比羅山というのは、全国、あちこちにあります。
長野県、東京都、京都府、福岡県、そして長崎市にもあります。
御本宮 絵馬堂 海にちなんだものが多くあります。
御本堂から 讃岐平野を望む。 讃岐富士、瀬戸大橋も・・・ 琴平の町が・・・・