小雪舞う雄琴の湯殿 満月と薺のきみに比叡颪止む
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この間、28年ぶりに仲人の住む湖西に新年と定年退職の挨拶に妻
と出かけた。朝方の小雪降るなかと打って変わって比叡颪(おろし)が
吹く晴天。小一時程度で退席をと思っていたが懐かしさとこの急変す
る時世を話し合っていると一時を遙かに越えて話が弾んだ。そして、
礼を述べ退席し、妻の心労を癒すために雄琴温泉の宿へと足をのば
した。
宿の11階には琵琶湖を一望出来る露天風呂があり、時折の小雪混
じりの比叡颪の寒風にさらされながらも満月照下の温泉に今日の思い
出とともにひとときの癒しを満喫した。
‘ 疾風知勁草 ’ 後漢書/王覇伝
「宋書」によれば「疾風に頸草を知る」に続いて「巌霜貞木」とあり、「厳
しい霜が下りると、その寒さに耐えられる木だけが枯れずに残るように、
忠節を守れる臣下かかどうかは、困難な時が来ないと分からない」と続
き、「隋書」には、煬帝の言葉として「世乱れて誠臣あり」とし、唐の太宗
は「風霜もって草木の性を分け、気乱にして貞良の臣を見る」とあるが、
日々の暮らしの厳しさに耐えている薺のごとき伴侶の癒しの方が大事
ということもまた然りだ。
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ぼうぼうと三味線草は生ふるまま休み田にして蝶のさまよひ 藤川和子
つまりは、勁草即ちぺんぺん草(三味線草)は状況を選ばす黙々と寒
風積雪に晒されながら生きるものは、‘弱肉強食’を超えた‘強さ’ の
象徴である。この薺(なずな)を合わせ芹、御形(母子草)、繁縷、仏の
座(小鬼田平子)、菘(蕪)、蘿蔔(大根)の春の七草は、人日(じんじつ)
の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った羮を食べる風習のこと。
本来は七草と書いた場合は秋の七草を指し、小正月1月15日のものも
七種と書いて「ななくさ」と読むが、一般には 7日正月のものが七草と書
かれる。現代では本来的意味がわからなくなり、風習だけが形式として
残ったことから、人日の風習と小正月の風習が混ざり、1月7日に”七草
粥”が食べられるようになったとある。また、とは、五節句の一つ。1月
7日。七種粥を食べることから七草の節句ともいい、古来中国では、正
月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、
5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さない
ようにしていた。そして、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑
罰は行わないことにしていたという。また、この日は新年になって初めて
爪を切る日ともされ、七種を浸した水に爪をつけて、柔かくしてから切る
とその年は風邪をひかないと言われている。
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もの思ひすべなき時はうち出でて古野に生ふる薺をぞ摘む 良寛
薺(学名:Capsella bursa-pastoris)とは、アブラナ科ナズナ属の越年草。
ムギ栽培の伝来と共に日本に渡来した史前帰化植物と考えられている
が、中国の古書「本草綱目」に”五臓を利し、目を明らかにし、胃を益す”
とあり、民間薬では目の充血に乾燥全草10gを水200ccで煎じて濾し、
人肌まで冷まして洗眼する。他に利尿、解熱、止血、高血圧等は10~
15gを500ccの水で半量まで煎じて服用。また、下痢、腹痛には葉や
根を黒焼にして用いるとある。ぺんぺん草の名は、ナズナの果実が三
角形の形、三味線のバチに似ていることからついたとされる。薬理効果
の研究は、今世紀の初め若干行われたにすぎず、黒田啓子(千葉大)
らの研究から、その抽出物が子宮収縮作用、抗胃潰瘍、抗炎症作用等
いくつかの有用な薬理作用を持つことがわかった。次いで抽出物がマウ
スにおけるエーリッヒ固型癌の成長を抑制することも見出され、抗癌作
用や抗胃潰瘍作用の有効成分としてフマール酸を単離、同定し、有効
な抗癌性物質マイトマイシンCは副作用も強いがフマール酸と併用投与
することにより、副作用のみが選択的に軽減される。フマール酸(また
化学物質)の発癌、例えば、ニトロフランによる胃癌や肺癌の誘発、ア
ゾ色素やチオアセタミドによる肝癌の誘発を抑制する。これらフマール
酸の活性は組織DNA合成を促進してこれら毒物による組織損傷を修
復することを助けることに基づくものとされている。
Fumaric acid
CAS NO.: 110-17-8
RTECS NO.: LS9625000
MF: C4-H4-O4 MW: 116.08
みちのくの大地広かれ冬満月 小林勇一
北限の大地で冬の満月ではなく比良山系から安曇川に降りるような
雲と風の流れの上にみせる満月である。これを絶景と呼べぬかもし
れないがデジカメを持ち込む訳もいかず心に了うほかない。さてもこ
の宇宙とは不思議なもので、この月が存在しなければこのような景
色に現をぬかすこともないと・・・
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昨年、物理学の南部、益川、小林そして化学の下村の四名の日本人が
ノーベル賞を同時受賞したが、そもそも、「連続的な対称性が、自発的
に破れている場合、その破れた対称性に1対1で対応した、質量の無い
粒子が現れる」という『南部ゴールドストーン・ボソン』の定理の研究には
じまるという。‘対象の破れ’とは、位置エネルギのように低位に流れる
‘汚れ’状態をさし、「場の量子論」において、ある高い対称性を持ちうる
理論が、より低い対称性を持つ状態になっていることだが。
この世界にある物質がどんな材料から出来ているのか?
その材料の間にはどのような力が働くのか?
また、なぜ物質に質量が生まれるのか?
を解くための学問を意味し、そしてこの世界は、①人間に一番馴染み
がある、素粒子の間の一番弱い重力、②重力以外に目に見える力の
ほぼ全てを説明できる原子核と電子を引き寄せ合って原子を作っる
電磁気力、③陽子や中性子をまとめ原子核を構成する強い力、④小
林・益川理論に登場するベータ崩壊などのプロセスで、素粒子を他の
素粒子に変える事が出来るのが弱い力の4種類の力に分類される(
参考@‘クローバーと数字の神秘’)。これらの理論によると、電子と
陽子が引き寄せあったり、磁石が働いたりする理由は、引き合ったり
反発しあっている2つの粒子の間で、エネルギーや運動量を持った光
子(光の粒子)が交換されているからということになり、中間子の存在
を予測し、強い力も、似たように粒子の交換で起きるが、弱い力は、
極小空間(約1アットメートルという小数点のあとに0が17個-強い力
の場合、中間子の交換が起こる範囲は、1フェムトメートル、小数点の
あとに0が14個で力の働く範囲が1000分の1だと、交換される粒子は
1000倍重い)で、電磁気力を伝える光子は質量が無いが、粒子(ウィ
ークボソン)は電磁気力の理論のゲージ対称性(=電荷がなければ生
まれないという電荷の保存)が「ヒッグス場」が空間を満たすと自発的
に破れ、光子と「ヒッグス場」との間で力が働く場合、ヒッグス場はプー
ルの水のようになって光子の動きを妨げて重さ(=抵抗)があるように
見える。電磁気力と弱い力が元々同じ力だったとすれば、ゲージ対称
性が破れる前は、光子もウィークボソンも重さの無い粒子で、ヒッグス
場がゲージ対称性を破ってしまうと、ヒッグス場に妨害されている粒子
は重くなり(=ウィークボソン)、妨害されない粒子重さが無くなる(=光
子)。残る問題はヒッグス場というプールが本当にあるのなら、プール
に波があるようにヒッグス粒子が存在するはずで、その粒子を発見す
るのがジュネーブの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の一番最初の
研究テーマだという。
どこまでが空かと思い結局は地上スレスレまで空である 奥村晃作
ホーキング博士は、実験で既知の素粒子の「超対称パートナー」と
なる超対称粒子が発見される可能性も指摘している。超対称粒子は
銀河同士を保持する謎の暗黒物質(ダークマター)を生成している
可能性があり、この発見はひも理論を裏付けるものでもある。「LH
Cで何が発見されても、あるいは発見されなかった場合でも、宇宙
の構造について多くの手掛かりを与えてくれるだろう」と失敗する
方に百ドルかけている。そもそも、宇宙とはなにかという馬鹿でか
いことになるが、生い先短いものにはどうでもいいことだが、宇宙
は収縮しているのか膨張しいるのか、静止しているのか、時間の起
源及び終末の有無、空間は有限か無限か、その根拠は何かなどのこ
とは知っておきたいと思うのは自然だろう。
さて、温泉から満月に、満月から素粒子論を経て宇宙論に行き着い
たものの現をぬかすわけに行かず正月の花に戻ったという按配とな
った。生い先短い人生を「貴方に全てを捧げます」の薺の花言葉を
添え誓う自分がここにいる。