力 命 りょくめい
ことば-----------------------------------------------------------------------
「われかつて子なし。子なかりし時憂えず。今子死せり、すなわち嚮(さき)に子なか
りしと同じ。臣なんぞ憂えんや」
「北宮子は徳に厚くして、命に薄し。なんじは命に厚くして、徳に薄し。なんじの達は、
知の得にあらざるなり。北宮子の窮は愚の失にあらざるなり、みな天なり、人にあらざ
るなり」
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出世と人徳
北宮子が西門子にいった。
「君とぽくは同じ年かっこうなのに、君だけが出世する。家柄だって同じなのに、君だ
けが尊敬される。似たりよったりの顔つきなのに、君だけが好かれるようだ。同じこと
をいっても、君のいうことならすぐ通る。同じことをやっていても、君だけがまじめだ
といわれる。おなじく官職についていても、世間は君だけを重んじる。おなじ農業をし
ていても、君だけが金持になる。おなじ商売をしていても、君だけがもうかる。
ぽくの着物はぽろぽろ。食べ物は麦めしと菜っぱ汁。家はわらぶきのあばらや。外出も
徒歩。ところが君の着物はあや錦。食べ物は白米と肉。家は棟をつらね、外出は四頭だ
ての馬車。家にいる時は愉快そうでぽくなど相手にしない。朝廷では思いのままにふる
まってぽくを見さげている・おたがいの行ききもとだえ、もうここ数年いっしょに遊び
にいくこともない。いったい君自身は、ぽくより徳があると思っているのか」
西門子は答えた。
「よくはわからないが、君が何かやるとゆきづまり、ぽくがやればすらすらできる。や
っぱり人徳のちがいだろう。そう気やすく同輩ぶってもらいたくないね」
北宮子はかえすことばもなく、ぼう然として帰る途中、東郭先生にであった。
「どこへ行ってきたのだ。しょんぼりしているね。誰かに何かいわれたのか」
北宮子はありのままを話した。
「よし、お前の恥をそそいでやろう。わしといっしょに、もういちど西門子のところに
行こうではないか」
東郭先生は、西門子の家にでむいてたずねた。
「なんだって北宮子に恥をかかせたのか」
西門子はいった。
「いえ、北宮子が思いあがったことをいうのです。『家柄、年配、顔つきから、言うこ
となすことまでそっくり同じなのに、身分や財産がこんなにちがう』って。それでわた
しは言ってやったのです。
「よくはわからないが、君が何かやるとゆきづまり、ぽくがやればすらすらできるのは、
やっぱり人徳のちがいだろう。気やすく同輩ぶってもらいたくないね』と」
「ちょっと待て。人徳人徳とお前はいうが、それは才覚のちがいだけだ。わしがいう人
徳はそれとはちがう。どだい北宮子は人徳はあるが運がないのだ。お前は運がいいだけ
で人徳がない。お前が金持なのは頭がいいからではないし、北宮子が貧乏なのはばかだ
からではない。みな天命だ。人の力ではない。お前は運がいいだけなのにそれを鼻に
かけ、北宮子は人徳がすぐれているのに恥じている。二人とも天命の何たるかがわかっ
ていないのだ」
「先生、もうやめてください。二度とあんなことはいいません」と西門子はいった。
それからのち、北宮子はぼろを着ていても、てんや狐の毛皮を着たように温く、大豆を
たべても白米のようにうまかった。わらぷきの家に雨露をしのいでいても、宮殿に住む
ような心持であり、まきを積むガタガタ車でも、玉で飾った車にのるような気がした。
死ぬまで悠然として、栄誉、恥辱などさっぱり気にかけなくなった。
北宮子の変わりようをきいて、東郭先生はいった。「あれも長いことねむっていたが、
わしのひとことでよく目がさめた。わかりのいいやつだ」
【エネルギー通貨制時代 47】
”Anytime, anywhere ¥1/kWh Era”
Mar. 3, 2017
Jan. 31, 2019
【原子力発電篇:核廃棄物蓄積量】
●備蓄量が25万トンの核廃棄物貯蔵量は世界的危機
1月30日、グリーンピースは、何千年もの間猛毒であり続ける使用済み燃料の処分に
各国が苦労しているにもかかわらず、核廃棄物が世界中に堆積している、とグリーンピ
ース氏は報告書に詳述した。7カ国の原子力発電所の廃棄物貯蔵施設を分析、いくつか
は飽和状態に近いことが明らかにされた公表。これらすべての国々はまた、まだ完全に
は封じ込められていない他の問題───火災の危険、放射性ガスの放出、環境汚染、容
器の故障、テロ攻撃および高騰するコスト───にも直面していた。Greenpeace Germany
の原子力専門家であり、報告書の調整役を務めるShaun Burnieは、「原子力の民間使用
開始後65年以上経っても、最も危険な放射性廃棄物管理の解決策できる国は1つもな
い。特に、原子力発電所からの廃棄物の深地下長期貯蔵技術は信頼できいと言う。
現在、世界14カ国に約25万トンの高放射性使用済み燃料が貯蔵されている。この燃
料の大部分は、二次封じ込めが不足し、冷却の喪失に対し脆弱に放置された原子炉施設
の冷却プールに残っている(なかにはバックアップ電源がない施設もある)。
2011年の福島原子力発電所の部分的崩壊により、使用済み燃料プールの高熱の危険性は
仮想的なものではないことが明らかにされている。専門家パネルで編集された百0ページ
のこの報告書は、米国(約100)に次いで2番目に大きい原子炉艦隊(58)を持つフ
ランスでの大量廃棄物管理の欠陥を分析、フランスでは、核廃棄物を長期的に安全に処
分の確実な解決策はないとこの報告は警告している。フランスの監督機関は、ノルマン
ディーのラ・ハーグ地区の巨大冷却プールの容量についてすでに懸念表明している。そ
れに応じ、サイトを管理するエネルギー大手オラナ社は、声明ので「2030年までラ・ハ
ーグのプールが飽和する危険はないと述べている。また、米国では、数十億ドルと数十
年に及ぶ地層処分場の確保に失敗しているとこの報告書で指摘する。
ユッカマウンテン地下施設(何十年にわたって建設)はオバマ政権により2010年にキャ
ンセルされている。米国での使用済み燃料の約70%が脆弱な冷却プールに残っており
その密度は計画よりも数倍大きいものであり、ウラン鉱山の核廃棄物もまた、大きな環
境問題となっている。2011年時点で、ウラン工場の尾鉱──地域の環境に浸透する可能
性がある砂質廃棄物──の世界の在庫は、推定20億トン以上と推定されていると報告
している。尚、報告対象の他国には、ベルギー、日本、スウェーデン、フィンランド、
イギリスが含まれる。
【蓄電池篇:世界初、リチウムイオン電池インクジェット印刷で製造】
1月29日、株式会社リコーは世界で初めて、インクジェット技術を用いてリチウムイ
オン二次電池を自由な形状で製造技術を開発したことを公表。それによると、あらゆる
モノがインターネットにつながるIoT時代やウェアラブル時代の実現には、それぞれの
デバイスの使われ方や形に応じた二次電池が不可欠です。従来の二次電池は規格品のた
め、電池の大きさや形状、性能にデバイスのデザインや性能が制限されていた。この技
術は、狙った場所に狙った形で電池材料を印刷することを可能にし、二次電池のデジタ
ル印刷製造を大きく前進。将来的は、デバイス上に二次電池を直接印刷する実装技術の
実現を目指す。今年から電池メーカーに向けて本技術を用いて製造した電池部材の提供
や、デジタル製造の提案を開始する。
【関連特許:特開2014-154223 二次電池モジュールおよび太陽電池-二次電池一体型給電素子 】
【黒色革命篇:大面積グラフェンの欠陥構造を高速・高精度に可視化】
●ロックイン赤外線発熱解析法による二次元層状物質の新しい評価技術
2月2日、産業総合技術研究所は、大面積グラフェンのさまざまな欠陥構造を高
速・高精度に可視化する技術を開発したことを公表。今回開発したシステムでは、
周期電圧をグラフェンにかけ、グラフェンから発生する熱輻射を赤外線カメラで
撮影して発熱の分布を空間的にイメージングしている。従来のサーモグラフィー
手法とは大きく異なり、このシステムではかけた電圧の周波数と同期して連続撮
影し、一定間隔で画像を取り込んで、ロックイン検出(計測信号と参照信号との
同期検波に基づく検出手法で、微弱な信号も高効率に検出できる)に基づく演算
処理を行っている(図1(b))。この処理によってグラフェンを支持する基板上
での蓄熱成分(直流)が除かれ、電圧によってグラフェンから生成されるジュー
ル熱成分(交流)だけを高効率・高速に発熱画像としてイメージングできる。
今回の発明により、グラフェン膜のさまざまな局所欠陥を大面積・高分解能で可
視化するでき、ロックイン方式(計測信号と参照信号との同期検波に基づく検出
手法)の発熱解析法により、電気特性の劣化要因であるナノスケールの欠陥を識
別可能とし、高速・高精度な評価ツールとしてグラフェンなどの2次元材料の研
究開発への貢献する。
● 読書日誌:カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』 No.27
第二部 第6章
「薪小屋はいい位置にあります」と戦士は説明した。「少年とわたしとで、薪を割りな
がら人の出入りをよく観察できました。さらにいいのは、割った薪をあちこちに届けな
がら、気ままに歩き回って、周囲を見られたことです.。まあ、開かないドアもいくつ
かありましたが」アクセルとウィスタンは、周囲の森を見下ろす高い修道院の壁の上で
話し合っていた。そのころにはもう修道僧の会議が始まっていて、敷地全体が静まり返
っていた。部屋でうとうとしているベアトリスを残し、少し前、アクセルは夕方近い目
の光の中へ散歩に出た。すり減った石段を上っていくと、そこにウィスタンがいて、密
に生い茂る森の緑をながめていた。
「ですが、なぜそこまでするのです、ウィスタン殿」とアクセルが尋ねた。
「ここの良き僧らを疑っているのですかI
戦士は手をあげ、額にかざしながら言った。
「あの小道を上ってくるときは、早く部屋の隅に丸まって眠りこけたいとしか思いませ
んでしたが、いざ肴いてみると、どうもこの場所は危険だという気がしてなりません」
「疲れのせいではありませんか、いろいろと気になるのは。ウィスタン殿はいったい何
か怪しいと?」
「はっきりこれだと言えるようなことは、まだ何も。ですが、こういうことがありまし
た。さっき厩(うまや)に馬の様子を見にいきました,そのとき、馬房の背後で物音が
することに気づいたんです。どうやら仕切りの壁の向こうに別の馬房があって、そこか
ら馬の物音が聞こえてくるらしいんです。でも、到着後そうそうに馬を引いていったと
きは、そんな物立日はしませんでした。そこで反対側に回ってみると、馬房らしきもの
があって、ドアに大きな錠がぶら下がり、固く鍵がかかっていました」
「説明はいくらでもつくのではありませんか、ウィスタン殿,牧草地に出されていた馬
が戻ってきた、とか?」
「ええ、そのことを僧に尋ねてみました。その僧が.言うには、修道僧の生活が楽にな
りすぎないように、ここでは馬を使わないのだそうです。ですから、わたしたちの到着
後、別の訪問者があったのでしょう。その訪問者は来たことを知られたくないようです」
「それでしたら、ブライアン神父が言っていたあれかもしれません。重要な訪問者が院
長に会いにきているそうです。その人が来たために会議が遅れている、と言っていまし
た。この修道院で何か行われているかわかりませんが、たぶん、わたしたちには関係の
ないことではないでしょうか」
ウィスタンは何やら考え込んだ様子でうなずいた。
「アクセル殿のおっしやるとおりかもしれません。少し眠れば、疑いも消えるでしょう
か。それでも、少年にこの場所を少し探ってもらうことにしました。大人より子供のほ
うが好奇心旺盛を言い訳にできますからね,ついさっき戻ってきて、あのあたりでうめ
き声を聞いたそうです」
ウィスタンは体をねじって指で差した。
「痛みに苫しむ男の声のようだったとか。音の出どころを探って忍び込むと、閉じた部
屋があって、その外に血痕があったそうです。古いのも新しいのもあった、と」
「確かに妙ですね。でも、憎が思わぬ事故にあうというのはありうることでしょう。そ
この石段でけつまずくとか。妙でもなんでもないのかもしれません」
「確かに、アクセル殿。別に疑う欧たる理由があるわけではないんです。ただ戦士の本
能が、もう農夫の真似事はいやだ、ベルトに剣を下げていた
い、とだだをこねているだけかもしれません。それか、この壁が過去の出来事を語りか
けてくることから生じる恐怖か……」
「どういうことです、ウィスタン殿」
「たとえば、この場所はもとからの修道院ではなくて、さほど遠からぬ昔は丘の砦だっ
たはずなんです。敵を撃退するための砦で、よく考えて造られています。今日上ってき
た険しい山道を思い出してください。くねくねと曲がって、体力を奪っていったでしょ
う? あそこをご覧ください、アクセル殿。その山道の上に胸壁がめぐらしてあります
ね? 下を通る敵の頭上に、あそこから矢を射たり、岩を落としたり、熱湯を注いだり
したんです.門にたどりつく上のもたいへんだったはずですよ」
「確かに。楽な道程でなかったのはわかります」
「それに、これはかつてサクソン人の砦だったはずです。アクセル殿にはわからないで
しょうが、わが同族の印があちこちに見てとれます。たとえば、あそこ」と、四方を壁
で囲まれた場所を指差した。玉石が敷き詰められている。「あそこに二つ目の門が立っ
ていたはずです。最初の門よりずっと頑丈ですが、山道を上ってくる侵入者には見えま
せん。侵入者は最初の門だけを見て、全力でこれを攻めます。しかし、その門はサクソ
ン人の言う『水門』です。川の流れを制御する堰に仕組みが似ているところから、そう
呼ばれていました。敵はこの水門を抜けて侵入してきますが、それは守る側が意図的に
許していることで、一定数の敵が入り込んだところで水門が閉ざされ、後続が締め出さ
れます。二つの門に挟まれて孤立した敵、あそこに閉じ込められた敵はたいへんです。
人数で圧倒されたうえ、再度上から攻撃されて、たちまち皆殺しです。そのあと、また
水門が開かれて、同じことが繰り返されます。仕組みはおわかりでしょう? ここは今
日でこそ平和と祈りの場所ですが、さほどくまなく探さなくても血と恐怖の痕跡が見つ
かります」
「なるほど、ウィスタン殿。いまの説明に身が震えます」
「ここにはサクソン人の家族がいたでしょう。賭けてもいい。保護を求めて、遠くから
逃れてきた家族だったはずです。女子供、怪我人、年寄り、病人。さっき修道憎が集ま
っていた中庭を見てください。戦いのときは、重病人以外の全員があそこまで出てきた
でしょう。なんのために? 敵が二つの門に鼠のように捕えられ、叫びながら殺されて
いくのをよく見るためです」
「それは信じられません、ウィスタン殿。きっと建物の中に隠れて、身の安全を祈って
いたのでは……?」
「そういう臆病者もいたかもしれませんが、ほとんどはあの中庭で見物していたはずで
す。下に地獄絵図を見られるならと、矢や槍が飛んでくるこの場所まで上ってきた者も
いるかもしれません」
アクセルは首を咲に振った。
「たとえ敵の血であっても、その人々が流血を楽しんだとは信じられません」
「いえいえ、アクセル殿。わたしが話しているのは、残虐に彩られた道の終点にたどり
着いた人々です。子供や親族を切り刻まれ、犯された人々です。苦難の長い道を歩み、
死に追いかけられながら、ようやく最後の砦であるここにたどり着きました。そこへま
た敵が攻めてきます。勢力は圧倒的です。この砦は何日もつでしょうか。数日? もし
かしたら一、二週間くらい? ですが、最後には全員虐殺されることがわかっています。
いまこの腕に抱いている赤ん坊も、やがて血まみれのおもちゃになって、玉石の上を蹴
られ、転がされるでしょう。もうわかっています。そういう光景から逃げてきた人々で
すから。家を焼き、人を切り殺す敵。息も絶え絶えで横たわる娘を順番で犯していく敵。
そういう敵を見てきました。そういう結末が来ることを知っています。だからこそ、包
囲されて過ごす最後の数日くらいはらいは───のちの残虐行為の代償を先払いさせう
る最初の何日かくらいは───十分に生きなければなりません。要するに、アクセル殿、
これは事前の復讐です。正しい順序では行えない人々による復讐の喜びの先取りです。
だからこそ、わがサクソンの同胞はここに立ち、歓声をあげ、拍手をしたはずなのです。
死に方が残酷であればあるほど、その人々は陽気に楽しんだことでしょう」
Jan. 30, 2019
「わたしには信じられない。まだなされていない行為をそれほど激しく憎むことなどで
きるものでしょうか。ここに逃げ込んだ善良な人々は、最後まで希望を持ちつづけたの
ではないのですか。友であれ敵であれ、すべての苦しむ人々を恐怖と哀れみの目で見て
いたのでは……?」
「年齢はあなたのほうがずっと上です、アクセル殿。ですが、流された血の問題では、
わたしこそが年長で、あなたが若者かもしれません。わたしは老女や幼子の顔に海より
深い底なしの憎しみを見てきました。自分でもそういう憎しみを感じたことがあります」
「受け入れたくありません。それに、いま語り合っているのは、もう永遠に去ったはず
の過去の野蛮で、これからどうなるという話ではないでしょう」
戦士は不思議そうにアクセルを見、何か言おうとして、急に気が変わったようだ。背後
に並ぶ石造りの建物を振り返りながらこう言った。
「さっき、腕いっぱいに重い薪を抱えてうろついているとき、角を一つ曲がるごとに興
味深い過去の痕跡を見つけました。どうやら、二番目の門が破られても、この砦にはま
だまだたくさんの罠が仕掛けられていたようです。恐ろしいほど巧妙な罠もありました。
ここの修道僧はそれを毎日目にしながら、何であるかを知らずにいます。しかし、もう
やめましょう。そうだ、二人だけのこの静かな時間を利用して謝っておきたいことがあ
ります。さっきは、あなたのことでガウェイン卿に妙な質問をして、不愉快な思いをさ
せてしまいました。お許しください、アクセル殿」
「いえ、ウィスタン殿。多少驚いただけで、たいしたことではありません。妻も同じで
しょう。わたしを誰かとお間違えになった。よくあることです」
「お許しいただき、感謝します。その方を最後に見たのは、わたしがまだほんの子供の
ころでしたが、わたしには絶対忘れられない方です」
「それは西国で?」
「ええ。わたしが連れていかれる前のことです。その方は戦士ではありませんでしたが
剣を下げ、すばらしい馬に乗っていました。わたしの村にもよく来ていて、百姓や船頭
しか知らないわたしたち子供には光り輝いているように見えました」
「ああ、わかります」
「村中どこまでも、少し離れた後ろからついていったのを覚えていますよ。村の長老と
話したり、村人を広場に呼び集めたりなど、切迫した感じで動きまわることもありまし
たし、出会う村人に誰彼の区別なく声をかけながら、のんびりと歩くこともありました。
わたしたちの言葉はあまり知らないようでしたが、川沿いにあって舟の行き来も多い村
でしたから、その方の言葉を話す村人が多くて、話し相手には困らなかったでしょう。
ときどきわたしたち子供に笑顔を向けてくれて、幼かったわたしたちは、わっと散って
隠れました」
「では、ウィスタン殿はその村でわたしたちの言葉を覚えられたのですか」
「いえ、それはもっとあと、連れていかれたあとです」
「連れていかれたとは、ウィスタン殿?」
「兵士らに村から連れていかれたんです。行った先で小さいころから訓練されて、ご覧
のような戦士になりました。ブリトン人の兵士でしたから、すぐにその言葉を学び、戦
い方も学びました。ずいぶん昔のことで、それだけ時間が経つと思いの形も変わります。
今日、あの村で初めてアクセル殿を見たとき、朝の光の加減もあったのか、まるであの
ころの子供に戻ったような気がしました。マントをなびかせ、豚と牛がひしめく村の中
をライオンのように閥歩する人と、それを物陰から盗み昆る小さな子供ですね。笑った
ときの口の瑞とか、出会った人に挨拶するとき頭をちょっと下げるしぐさとか、何かが
そう思わせたんでしょう。でも、いまは間違いだったとわかります。あなたがあの方だ
ったはずはない。この話はもう終わりにしましょう。奥様はいかがです。あまりお疲れ
でないといいですが……」
「ご心配、ありがとうございます。息はもう整いましたが、もう少し休んでいるように
言ってあります。どのみち、僧らが会議から戻るまで待たざるをえませんしね。賢人ジ
ョナス医師に面会できるよう、院長の許可が出るのを願うだけです」
「しっかりした方ですね、奥様は。文句一つ言わず、ここまで歩いてこられた。おっと、
少年がまた.戻ってきました」
「あの子は傷によく堪えていますね。ウィスタン殿、あの子もジョナス神父のもとへ…
…」
だが、ウィスタンは聞いていなかった。壁を離れ、エドウィンに向かって小さな石段を
下りていった。二人はしばらく顔を近づけ、小声で何やら話し合っていた。少年が身振
り手振りを交えて話し、戦士が眉をひそめ、ときどきうなずきながら聞いていた。アク
セルが石段をドりて同じ高さまできたとき、戦士が静かに言った。
カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』
砦をめぐりアクセルと兵士の会話に入り、突如、リアリティが覚醒。イギリス人の骨格
変移史が、英国と日本が、ノーベル賞授与が、クロスオーバーさせ深い霧が晴れる……。
この項つづく
● 今夜の寸評:超高齢少子化に挑む
2000年前後に美食の都イタリアのパルマの出生率が0.86? だったか日本の少子
化が急速に進んでるというので厚労省のデータをもとに2100年の人口を外延し日本
人がゼロでなくマイナス状態に入ることに驚く。あれから20年、突然、自治会の役員
に選出され、環境工学研究所の調査とコンサルの仕事とエネルギー革命でてんてこ舞い
状態にあるのに、パニック状態に陥るが、考え直し、この難解な社会問題の解決にここ
は一丁噛んでみようと頭を切り換える。さて、どうなることか?!
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