Stefan Goldmann & .es / At A Moment’s Notice
シュテファン・ゴルドマン&ドットエス / 一瞬の知らせ
CD/DL:The Wormhole – WHO#20
Stefan Goldmann: electronics (tracks 1 and 3), electric guitar (track 2).
Takayuki Hashimoto: alto saxophone, shakuhachi, harmonica, guitar (track 3).
Sara: piano, percussion (track 3).
1. 29-09-2019
2. Echoes Of An Era
3. 12-07-2012 (featuring .es)
Produced by Stefan Goldmann. Mastered by Phil Julian, August 2020.
Track 1 recorded live at Cafe OTO, London, by Adam Matschulat. Written and mixed by Stefan Goldmann. Track 2 written, recorded and mixed by Stefan Goldmann. Track 3 recorded live at Nomart Gallery, Osaka. Written by Takayuki Hashimoto, Sara Dotes and Stefan Goldmann.
Bandcamp
彼世から此世へ一瞬で伝わるリアルミュージックの置き土産
シュテファン・ゴルドマン Stefan Goldmannは1978年ドイツ・ベルリン出身。電子音楽の作曲家、演奏家、DJ。テクノからダンス公演の音楽、映画のサウンドトラックまで幅広い音楽を手がける。2007年にレコードレーベル「Macro」を共同創設しヨーロッパのテクノ/ハウス/エクスペリメンタル系のアーティストをリリース、また、電子音楽の美学についての論文や本を出版している。2012年にドイツのゲーテ・インスティテュート主催の「アーティスト・イン・レジデンス」というプログラムで京都に3か月間滞在し、ライヴ・制作活動を通して日本のアーティストと交流した。その後も何度か来日している。
このアルバムは即興ユニット・ドットエス.esとのコラボレーションを含む最新作で、イギリスのカセット専門レーベルThe TapewormのサブレーベルThe Wormholeからのリリース。ゴルドマンは2010年にThe Tapewormからアルバム『Haven't I Seen You Before』をリリースして以来、レーベルのコンピや主催ライヴでコラボしている。自分のレーベルMacroではテクノ/エレクトロニカ的なプログラムされた反復ビートを持つサウンドが中心だが、本作はスポンテニアスな瞬時の反応(即興と言ってもいいかもしれない)により創造されたパフォーマンスを収録している。
Track1「29-09-2019」は2019年9月29日ロンドンCafe OtoでのThe Tapeworm10周年記念コンサートでのライヴ録音。事前に用意された音源を用いた演奏だが、自由な時間軸の中で自発的に組み合わされるエレクトロニクス音響は、ミュージック・コンクレート/エレクトロアコースティックの手法に近い予測不能なサウンドレイヤーを生成する。
Track2「Echoes Of An Era(時代の残響)」は、2010年の『Haven't I Seen You Before』のレコーディング・セッションの未発表テイクで、ギターによるインプロヴィゼーションを編集したドローン/アンビエント作品。重層的にオーヴァーラップするギターノイズが、空間を拡張させるリヴァーブとミニマルなループにより、聴き手を浮遊する電子音響の真っただ中へ誘い込む。ささくれた雑音の摩擦熱が、酩酊と覚醒が満ち引きするエクスタシーへ導く。
Track3「12-07-2012」は2012年7月12日大阪ギャラリーノマルに於けるゴルドマンとドットエス .es=橋本孝之+saraとの共演ライヴ音源。同年7月14日から9月5日までギャラリーノマルで開催された「PEKE展」(7回7組によるトークセッションと展覧会)のプレ・イベントとして開催されたライヴイベントで、.esとゴルドマンそれぞれの単独ライヴの後に、3人の共演が行われた。レーベルのプレスリリースには“事前の予告無しに観客の面前で共演が告げられ、数秒後にスタートした。この急場にゴルドマンは『Haven't I Seen You Before』の音楽サンプルをロードアップして、ディレイで時間とピッチをずらしながら音を放射し、三者の会話を生み出した”と書かれている。果たして本当にゴルドマンが共演のことを事前に知らされていなかったのかどうかは分からないが、ここで聴ける三人のコラボレーションには迷いや躊躇は全くない。金属的なエレクトロニクスがギャラリーのナチュラルエコーで輪郭が曖昧になり霧と化して会場を包み込む中、鋭角的な橋本のサックスが霧笛のように切り裂き、saraのピアノが雨粒となって弾ける。ゴルドマンのパーカッシヴな重低音とピアノの打音が共鳴し合い、狭い画廊に無限のサウンドスケープを現出させる。靄で霞んだ残響のど真ん中に虫食い穴を穿つ橋本のフラメンコギター。反復する電子音とパーカッションが近づく足音となって急接近。ハーモニカの警告にもかかわらず、三者入り乱れてホワイトアウト、恵みの雨が降り注ぐ。波のように引いていく三つの音の去った後に肥沃な大地が残された。
▼ギャラリーノマルでの共演の2日後、2012年7月15日大阪府立江之子島文化芸術創造センターでのStefan Goldmann / .es / 佐々木龍馬(ゲスト)のコラボ
当時の音源を使ったアルバムをリリースしたい、というオファーがシュテファン・ゴルドマンから橋本孝之に届いたのが2020年8月。その際にトリオセッションの音源を聴いて、今聴いても面白いということで快諾した。それから1年経ち、2021年8月にリリースのニュースが届いたが、すでに橋本は他界しており、それを知らなかったゴルドマンは大変驚き残念がっていたという。まるでタイムカプセル、もしく遅れて届いた孤独のメッセージ(Message In A Bottle)だろうか?
「ワームホール (wormhole)」とは、時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である。あの世の橋本からこの世の我々の元へ届けられたこのアルバムがその名もThe Wormholeというレーベルからリリースされた事実に、いつまでも「運命への挑戦(A Challenge to Fate)」を続けなければならない我が宿命を再確認するのみである。
なお2012年9月1日「PEKE展」の最終回“Sound or Visual -耳の勝ちか目の勝ちか”に於いて、ドットエス .esと美川俊治の初共演ライヴが開催されたことも付け加えておきたい。
忘れては
いけない音が
ここにある
▼橋本君からのもう一つの置き土産
フランスの音楽誌「REVUE & CORRIGEE」2021年6月号に筆者による「橋本孝之(.es)インタビュー:確かな「心」の芽生えと「自己」の消失の先にあるもの」のフランス語訳が掲載された。
これも橋本が生前にミシェル・アンリッチに依頼されて英訳したものが元になっている。