ハードオフのジャンクコーナーで見つけたタンゴの10インチやソノシートを聴いていると自分の幼い頃から20代までの忘れかけた記憶が少しずつ蘇ってくる。タンゴの単調の物悲しいメロディとバンドネオンやヴァイオリンの寂しげな音色は、たいていの聴き手にノスタルジックな感慨を抱かせるに違いないが、筆者の場合はそれだけでなく、タンゴにまつわる個人的な体験に基づく脳内シナプスの活性化により、ノスタルジア(過去)がプレゼンス(現在)にさざ波を起こすのである。そんな刺激の元ネタ(タンゴ・レコード)を書き記しておくことにしよう。
●皆川おさむ/黒ネコのタンゴ(1969)
最初に出会ったタンゴは小学校に入学したころ流行ったこの曲。もちろん当時はタンゴとは音楽のジャンルではなく、猫の名前だと思っていたが、寝る前に母親が歌う子守唄の寂しいメロディを聴いて悲しくなり、あふれる涙に気付かれないように反対側を向いて眠りに就く多感な少年だった筆者の琴線にタンゴの哀愁のメロディがビンビン刺さったことは間違いない。
黒ネコのタンゴ - 皆川おさむ (歌詞CC付)
●アルフレッド・ハウゼ楽団/ラ・クンパルシータ
小学校高学年になって歌謡曲以外の音楽に興味を持ち始めた。父のレコード・コレクションはクラシック中心だったが、映画音楽や軽音楽もあった。特に好きだったのはグレン・ミラーの10インチとラテン音楽のLPだった。闘牛士の写真のジャケットのラテン集に入っていたタンゴの名曲「ラ・クンパルシータ」はいかにも異国風のハイカラなイメージがあって特に好きな曲だった。
ラ・クンパルシータ アルフレッド・ハウゼ楽団 UPG‐0146
●愛欲人民十時劇場(1980)
1982年に大学へ入学して吉祥寺のライブハウス「ぎゃてい」でアルバイトを始めた。前年に閉店した吉祥寺マイナーから流れてきた地下音楽家が多数出演していた。店のカウンターに飾ってあったピナコテカのオムニバス『愛欲人民十時劇場』を始めて聴いたとき、自分が求めていた音楽を見つけた!と嬉しかった。ぎゃていによく出演していた工藤冬里のユニット、マシンガンタンゴの、名前通り射撃のような高速のパンクタンゴが好きだった。
マシンガンタンゴ from 愛欲人民十時劇場
●パンゴ/1980-1981(1982)
同じくピナコテカレコードからリリースされたパンゴのことを知ったのは、『Player』誌でのイラストレイター八木康夫(現ヤギヤスオ)の連載「PIPCO'S」でだった。マシンガンタンゴで冬里と共演していた菅波ゆり子と、元生活向上委員会の篠田昌巳を中心にしたユニットで、パンク、タンゴ、ジャズ、インプロ、御囃子、都都逸のごった煮 の音楽性もさることながら、二人から50人まで毎回編成が異なる不定形なスタイルが面白い。筆者が地下音楽に目覚めた82年にはパンゴとしての活動はしていなかったが、関わったミュージシャンの多くは現在も地下音楽シーンで活躍している。
テーマ / パンゴ(1995年)
●暗黒大陸じゃがたら/南蛮渡来(1982)
じゃがたらのことを知ったのは1980年頃だっただろうか。頭にナイフやフォークを刺し、流血しながら歌う過激なバンドと言われていた。新宿のシスコというレコード屋に貼ってあった流血した江戸アケミのポスターを見て嫌悪感に駆られて聴く気になれなかった。今思えばプロレスのようなものだが、当時はリッチー・ブラックモアのギター破壊に恐怖を覚えるほど純真だったので、暴力的なバンドに興味を持てなかった。アケミの死後、90年代になって初めて聴いたじゃがたらは、普通のファンクロックに聴こえて肩透かしだった。2013年に初音階段のカバーを聴いてやっと彼らの代表曲「タンゴ」の凄さに気付いた。
タンゴ(Tango) - JAGATARA
●トム・ウェイツ/レイン・ドッグス(1985)
ただのシンガーソングライターだと思っていたトム・ウェイツを初めて聴いたのは多分83年の『ソードフィッシュトロンボーン』だと思う。キャプテン・ビーフハートばりのダミ声と、ホーンやマリンバ入りのアヴァンギャルドなサウンドに痺れた。その次のアルバム『レイン・ドッグス』の安酒場で流しのシンガーが歌うタンゴも忘れられない。灰汁が強いウェイツの声にはタンゴがよく似合う。最近聴いていないので聴き直してみよう。
Tom Waits - Tango Till They're Sore (HQ)
●アストル・ピアソラ/タンゴ・ゼロ・アワー(1986)
バンドネオンの名手アストル・ピアソラが真のアヴァンギャルド・ミュージシャンであることを知ったのがこのアルバム。初めて聴いたとき、それまで聴いてきたフリージャズやアヴァンロックを遥かに凌駕する革新性を感じて大きなショックを受けた。同じころ聴いた友川カズキの『無残の美』と並んで筆者の前衛音楽観を一新した記念碑的作品と言える。とはいえピアソラのアルバムは500枚近く出ているので追う気になれない。私にとってはこのアルバムだけで十分だ。
Astor Piazzolla-Tango Zero Hour 1
タンゴには
音楽を超えた
何かがある
●ひろむじけ/ごんたのこねろく(1981)
1981年浪人生活に自宅録音した曲の中のひとつ。いろんな楽器やガラクタを使って音の実験をやっていた。レコードプレイヤーを楽器として使ったのは、何かに影響されたわけではなく、幼少の頃からレコードを指で回すと面白い音になることを知っていたからに過ぎない。タイトルを含め下手な冗談音楽に違いないが、ローファイ実験音楽として聴けば少しは面白のではないだろうか。読者の皆様の感想を聞かせてください。
Euqisumorih / ごんたのこねろく Sep.23,1981