今年は、春から「津島遺跡の文化財講座」を受講しています。
文化財講座というものの、稲の歴史が勉強できると言うことで参加したのです。
確か学校で教えてもらった米作りは、弥生時代からと教わったと覚えていますが、縄文時代の中期(約4,500年前)姫笹原遺跡(真庭市)土器中にプラントオパール(土中に見られる植物に由来する珪酸(けい体をいう。珪酸はイネ科植物の葉中に特に多く含まれるため、プラントオパールの有無や多少が、過去の植生を推定する手がかりになる。)が発見されているといわれ、びっくり。
5月に田植えをして、今日は稲刈りです。
先月の講座では、磨製石包丁を製作。
その石包丁を使っての収穫となりました。
現在のお米の収量は、約500kg(8~9俵)位取れますが、当時の収量は、30~90kg程度だったそうです。
田植えの間隔は、10cmくらいで密植され、収穫量は非常に少なかったようです。
多くの穂から、熟した穂を見ながら、穂に下のところから石包丁で刈っていた様です。
文化財講座というものの、稲の歴史が勉強できると言うことで参加したのです。
確か学校で教えてもらった米作りは、弥生時代からと教わったと覚えていますが、縄文時代の中期(約4,500年前)姫笹原遺跡(真庭市)土器中にプラントオパール(土中に見られる植物に由来する珪酸(けい体をいう。珪酸はイネ科植物の葉中に特に多く含まれるため、プラントオパールの有無や多少が、過去の植生を推定する手がかりになる。)が発見されているといわれ、びっくり。
5月に田植えをして、今日は稲刈りです。
先月の講座では、磨製石包丁を製作。
その石包丁を使っての収穫となりました。
現在のお米の収量は、約500kg(8~9俵)位取れますが、当時の収量は、30~90kg程度だったそうです。
田植えの間隔は、10cmくらいで密植され、収穫量は非常に少なかったようです。
多くの穂から、熟した穂を見ながら、穂に下のところから石包丁で刈っていた様です。