昨日マルマンへ行ったら、店頭に食パンが2袋置いてあったので一つ買った。昼食を食べようと思い、二階の館山に上がろうと思ったが、一階の入口には、ケーキセットのメニューしかないので、止めて、帰り、それから昼食の用意をしたから、食べ終わったのが3時近くになった。私が帰って来たので、パンを作ってくれたのかもしれない。夕方、植木屋が、松の若木を貰ったから、空いてるところに植えると言ってお彼岸ようの花を持って来た。要するに営業だ。貰ったから植えるというから、ただのように聞こえるが、そうではないであろう。植え賃だけで済むのかといえば、そうでもないのではないか。外にも何か仕事をするつもりなのかも分からない。この植木屋は、姉が頼んでいる植木屋で、姉がいつも払っているから、見当がつかない。姉に任せるしかないであろう。姉は、お金をぽんぽん払うし、そこいらにある物を何でも人に上げてしまう。私の自転車も2台とも人に上げてしまった。やむを得ず、新しいのを買ったが、マウンテンパイクというやつで、荷台がないから米を姉たちに送る時など使えない。私の性格から、車の運転は止めたほうが良さそうだから、車は買わないで、アッシーくんたちに頼むことで、用を済ませている。先日も、たまたま家の前で立ち話をした佐藤元大工さんに丁度、姉に米を送るところだったので郵便局までアッシーを頼んだ。
東京から持参したパンが今朝でなくなった。一人で、食事の時は基本的に朝は、簡単にパンか、前夜のあまりご飯でおじやだ。
マルマンは食パンを何年も作っていなかったが、わたしが登米に来てからは作ってもらい、それに批評をして、東京の中並みに作れるようなった。しかし、先月なくなって買いに行ったら、「ありません。今度はいつ作るかまだ決まっていません」と言う。パンを買う顧客は私くらいしかまだいないようだが、うまければ、顧客は増えるのだ。以前にマルマンのパンが切れて、当分焼かないというときには、東京の美味しいドイツパンの店にファックスして送ってもらった。しかし、いくつか作って、ピザトーストとして出しているから売れたいるのだろう。それで切らされのでは、毎日食べる朝食にマルマンは当てに出来ないことになり、今回のように東京からもっとうまい食パンを持参することになる。作ったパンはどうせ、冷凍にしているのだから、切らさないでほしいが、そう言う細かい神経がないのだ。先日昼食を食べに行ったときパンが一つ冷凍してありますと言っていたが、それを今日買いに行ってあるかどうか。今日から、上京の予定だったから、食品は食べきるようにしていたが、伊達さんの出版記念パーティーの用がまた金曜日にあるため、食品を買わなければならなくなった。バターは、氏家より、農協の方が安いのは、農協と北海道などの酪農農家の繋がりで、安く仕入れられるからであろうか。本来、農協は、日本の農林水産業を振興させなければならない組織であるから、日本産の物を積極的に売るべきであるが、実際には、チリ産や、アメリカ産や、中国産の魚、果物、餃子など何でも扱っている。これで、日本の農業を守るのだなどと言っても全然信頼できない。ただの金儲け団体だ。組織というのは、最初は高邁な理想を持って作られても、そのうちに本来の目的を失って、農協のように、ただの組織維持のための組織に成り下がってしまうのだ。登米市といいう組織に至っては最初からそうだ。税金を当然のように集めてそれを湯水のように使っている。本来、税金は預かり物だから、払った人達に納得できるように使わなければならないのだ。それを使途を不鮮明な決め方で決定して、汚水の水道水を垂れ流すように税金を垂れ流している。流れのしたには、その水を口を開けて待っている犬が一杯いるのだ。国家政治もそうだが、その縮図がこの市に如実に現れている。国家でも最近昇格した防衛省は、国家故に莫大な税金をつかえるので、それに政治家たちが群がった。本来、税金を国防省が使うのを監視する仕組みを作らないと、国防省官僚と政治家たちが、米国流に、防衛産業からの賄賂を当てにして税を使うようになる。その仕組みを作らないから、先般のイージス艦のような不透明な決着が許されてしまう。
農協もそうだが、組織は直ぐに癌細胞化する。今、日本は、癌細胞が、末端まで行き渡っているのだ。それを末端で治療するのは難しいかもしれないが、良い治療法を見付ければ、癌の大元もその方法で治癒できるかもしれない。
マルマンは食パンを何年も作っていなかったが、わたしが登米に来てからは作ってもらい、それに批評をして、東京の中並みに作れるようなった。しかし、先月なくなって買いに行ったら、「ありません。今度はいつ作るかまだ決まっていません」と言う。パンを買う顧客は私くらいしかまだいないようだが、うまければ、顧客は増えるのだ。以前にマルマンのパンが切れて、当分焼かないというときには、東京の美味しいドイツパンの店にファックスして送ってもらった。しかし、いくつか作って、ピザトーストとして出しているから売れたいるのだろう。それで切らされのでは、毎日食べる朝食にマルマンは当てに出来ないことになり、今回のように東京からもっとうまい食パンを持参することになる。作ったパンはどうせ、冷凍にしているのだから、切らさないでほしいが、そう言う細かい神経がないのだ。先日昼食を食べに行ったときパンが一つ冷凍してありますと言っていたが、それを今日買いに行ってあるかどうか。今日から、上京の予定だったから、食品は食べきるようにしていたが、伊達さんの出版記念パーティーの用がまた金曜日にあるため、食品を買わなければならなくなった。バターは、氏家より、農協の方が安いのは、農協と北海道などの酪農農家の繋がりで、安く仕入れられるからであろうか。本来、農協は、日本の農林水産業を振興させなければならない組織であるから、日本産の物を積極的に売るべきであるが、実際には、チリ産や、アメリカ産や、中国産の魚、果物、餃子など何でも扱っている。これで、日本の農業を守るのだなどと言っても全然信頼できない。ただの金儲け団体だ。組織というのは、最初は高邁な理想を持って作られても、そのうちに本来の目的を失って、農協のように、ただの組織維持のための組織に成り下がってしまうのだ。登米市といいう組織に至っては最初からそうだ。税金を当然のように集めてそれを湯水のように使っている。本来、税金は預かり物だから、払った人達に納得できるように使わなければならないのだ。それを使途を不鮮明な決め方で決定して、汚水の水道水を垂れ流すように税金を垂れ流している。流れのしたには、その水を口を開けて待っている犬が一杯いるのだ。国家政治もそうだが、その縮図がこの市に如実に現れている。国家でも最近昇格した防衛省は、国家故に莫大な税金をつかえるので、それに政治家たちが群がった。本来、税金を国防省が使うのを監視する仕組みを作らないと、国防省官僚と政治家たちが、米国流に、防衛産業からの賄賂を当てにして税を使うようになる。その仕組みを作らないから、先般のイージス艦のような不透明な決着が許されてしまう。
農協もそうだが、組織は直ぐに癌細胞化する。今、日本は、癌細胞が、末端まで行き渡っているのだ。それを末端で治療するのは難しいかもしれないが、良い治療法を見付ければ、癌の大元もその方法で治癒できるかもしれない。
今日は、お彼岸の入りなので、龍源寺に墓参り。芳賀家の墓掃除をしてから、葛西の供養塔と、芳賀家に養子に来た武之助の実家の兄弟たちとその子たちの三島家の墓にも線香を上げた。墓掃除で、袖が汚れたので、洗濯。緊急電話の点検にNTTから来たので、良くある、消防署の方から来たと言って、消化器を売りつける手合いかと思ったが、そうではなかった。人の言うことをちゃんと聞かない職員で、カーナビで大丈夫と言って、迷ったため、予定より大分遅れて来た。そのため、15時ころまでかかり、銀行に行きそびれる。明日から上京して資料を集めようと思っていたのに、出版記念パーティーの集まりは今夜でもう終わりかと思ったら、二十一日にまた我が家でするという。ちょっと上京する用があったのだが、これでは行けない。登米の図書館で済ますのでは、あまり良い本を書けない。困ったことだ。どうするか迷ってしまう。今月下旬には、登米でいろいろの予定が入っているから、身動き取れない。4月に入れば入るで、芳賀邸の行事があるから、当分、上京できないか。東京の図書館に行けば、それなりに時間が取られるし、今日、紀伊国屋書店新宿本店から電話で、キャンペーンに協力できないと言って来たから、それを思い直させるためにも、紀伊国屋書店新宿本店にも行かねば。なんだかんだと、田舎暮らしには、こまごまと用が出来るから困りものだ。
同級生と先晩呑んだときに話題になったのが、館山の同級生である。秀夫ちゃんは、子供の頃、館山の町営住宅に住んでいて、今もそうだが、鳩や、ウサギ、鶏を飼っていて、飼育や、餌にする植物に詳しかった。秀夫ちゃんが藁を一束くれとその同級生に言ったら、10円取られたという。当時、私は冬になると、納豆売りをしていたが、一つ10円で売っていた。最近その同級生が、管理している、江戸時代の古屋の茅葺き屋根が抜けていたから、直すように勧めたら、持ち主が壊れるままにするからと、壊れるにまかせるのだというから、それなら、その中の使えるものを貰いたいと言ったら、それは自分が自由にできるというので、雨漏りして濡れかかっている畳などをくれと言ったらやはり、金を請求された。これが、55年前と変わらない同級生だから、とてもこういうのとの寄り合いで呑む気はしないとなった。これは、まだ55年前の話だが、先日、横寛という私の姉と同級生の人にアッシーをするからといわれ佐沼のホテルの下見に彼の車で行った。隣りの藤原家の息子が車をバックして門に入れようとしていたら、それに向かって横寛が注意を喚起して、ププーとクラクションを鳴らした。急かせたのかと思ったら、そうではなく、
「あれのひい婆ちゃんは、おらいの子守りをしていたんだ。今もそれで、付き合いがあんのだ」と挨拶を促したのだ。この息子の嫁は、ゴミ袋を倹約して、私の姉の建てた家の直ぐそばで燃やすため、ビニールの燃える臭いが酷くするので、先日、私が、その姑に、ゴミを燃やすなら、隣家のない、高校の校庭に面した反対側でするように注意したところ、その息子とその数日後目が合ったときに、挨拶もなしに睨みつけられた。可愛くない隣家の息子だが、三代前まで遡って見下されるような言い方をされ続けるのでは、気の毒な気がしないでもない。この横寛は、元中学校長をしたらしいが、私の同級生でも、女小学校長だったのが、「元町長を呼んだから、一緒に飲みにございん」と誘うことがある。私のほうは、元町長とは時々呑んでいるし、元女校長とも呑む必要などないのだが、しょうがないから行って付き合う。この町の人は、ステータスを重んじるようだ。『登米物語』の歴史の項で、私の祖母が、嫁に来たときに、道で行き会った知らない老婆から、「家老のお姫様に挨拶もしない」といわれた話を書いたが、学校の先生からして、ステータスに拘るのは、いまだに変わらないらしい。インドのカーストと似ている。しかし、インドのカーストは、身分には拘るが、困ったときには助けあう仕組みがある。この登米では、子守り女の曾孫が、仕事にあぶれて、元の主人に相談に行ったら、たすけて貰えるのだろうか。
しかし、保健所、消防署、病院と皆隣町に持って行かれても、殆どの町民がそれを座視しているのだから、困ったときに助け合っているとは思えない。先日の病院廃院の説明会に参加しているのもせいぜい300名だろう。住民の1割にも満たない。元女校長も参加していなかった。町民全体の医療より、行政から教育委員会などの仕事を貰うのが優先なのか。
「あれのひい婆ちゃんは、おらいの子守りをしていたんだ。今もそれで、付き合いがあんのだ」と挨拶を促したのだ。この息子の嫁は、ゴミ袋を倹約して、私の姉の建てた家の直ぐそばで燃やすため、ビニールの燃える臭いが酷くするので、先日、私が、その姑に、ゴミを燃やすなら、隣家のない、高校の校庭に面した反対側でするように注意したところ、その息子とその数日後目が合ったときに、挨拶もなしに睨みつけられた。可愛くない隣家の息子だが、三代前まで遡って見下されるような言い方をされ続けるのでは、気の毒な気がしないでもない。この横寛は、元中学校長をしたらしいが、私の同級生でも、女小学校長だったのが、「元町長を呼んだから、一緒に飲みにございん」と誘うことがある。私のほうは、元町長とは時々呑んでいるし、元女校長とも呑む必要などないのだが、しょうがないから行って付き合う。この町の人は、ステータスを重んじるようだ。『登米物語』の歴史の項で、私の祖母が、嫁に来たときに、道で行き会った知らない老婆から、「家老のお姫様に挨拶もしない」といわれた話を書いたが、学校の先生からして、ステータスに拘るのは、いまだに変わらないらしい。インドのカーストと似ている。しかし、インドのカーストは、身分には拘るが、困ったときには助けあう仕組みがある。この登米では、子守り女の曾孫が、仕事にあぶれて、元の主人に相談に行ったら、たすけて貰えるのだろうか。
しかし、保健所、消防署、病院と皆隣町に持って行かれても、殆どの町民がそれを座視しているのだから、困ったときに助け合っているとは思えない。先日の病院廃院の説明会に参加しているのもせいぜい300名だろう。住民の1割にも満たない。元女校長も参加していなかった。町民全体の医療より、行政から教育委員会などの仕事を貰うのが優先なのか。
今朝、牛乳配達に来た秀夫ちゃんが、今夜は、の寄り合いがあるから、今日の呑み会はなくなった、という。何でも、地震対策の係りを決めるのだそうだ。既に何かの係りをしている人がまた係りを仰せつかるそうだ。そうなると、自分の家のことより、そちらの役をしなければならなくなり、一番大事な自分の家がつぶれたりしたときの対応が出来ないのではないかなどと言っている。しかし、役所からいわれているから決めなくてはならないのだともいう。消防署などは、それには関知しないらしい。要するに、市としては差し迫った宮城県沖大地震の災害時に、市には出来ない相談だから、自分たちのことは自分たちで解決する方法を見つけなければならないのだ。
それはそうだろう。登米にあった消防署ばかりではなく、他の旧町村の消防署をなくして、全て中央の佐沼に持って行ったのだから、巨大地震が来たら、そこから全ての旧町村に助け舟が出せるわけがないのだ。おそらく、道路も不通になるであろう。救急車も消防車も走らないだろう。佐沼だけは大丈夫ということだ。佐沼に直ぐ近い中田町の秀夫ちゃんですらそのような相談をするのだから、登米はどうなるのか。その相談をするのだろうか、23日(日)に館山の総会というのがある。そう言えば、上町の町会費は、月1、000円だそうだが、この館山は、去年払ったときいくら払ったか忘れた。しかし、同じくらいの支払いであろう。総会のあとに、懇親会という呑み会をするという。その会費でするのであろう。町内会費と言っても、呑み会に費消するのだろう。殆どがよぼよぼの老人で行けないであろうから、一部の人の呑み会になるのではなかろうか。これが田舎の付き合いというものだ。気の合う同級生などの仲間と呑むのは良いが、なんだかわけの分からない人と話を合わせながら呑むのは、中々難しいかもしれない。何しろ、50年ぶりに顔を出したりしても、知った顔は殆どないであろうから、文字通り浦島太郎だ。玉手箱を開ける前に既に、もう私のあごひげも白くなっている。竜宮城はなかったが、、、
それはそうだろう。登米にあった消防署ばかりではなく、他の旧町村の消防署をなくして、全て中央の佐沼に持って行ったのだから、巨大地震が来たら、そこから全ての旧町村に助け舟が出せるわけがないのだ。おそらく、道路も不通になるであろう。救急車も消防車も走らないだろう。佐沼だけは大丈夫ということだ。佐沼に直ぐ近い中田町の秀夫ちゃんですらそのような相談をするのだから、登米はどうなるのか。その相談をするのだろうか、23日(日)に館山の総会というのがある。そう言えば、上町の町会費は、月1、000円だそうだが、この館山は、去年払ったときいくら払ったか忘れた。しかし、同じくらいの支払いであろう。総会のあとに、懇親会という呑み会をするという。その会費でするのであろう。町内会費と言っても、呑み会に費消するのだろう。殆どがよぼよぼの老人で行けないであろうから、一部の人の呑み会になるのではなかろうか。これが田舎の付き合いというものだ。気の合う同級生などの仲間と呑むのは良いが、なんだかわけの分からない人と話を合わせながら呑むのは、中々難しいかもしれない。何しろ、50年ぶりに顔を出したりしても、知った顔は殆どないであろうから、文字通り浦島太郎だ。玉手箱を開ける前に既に、もう私のあごひげも白くなっている。竜宮城はなかったが、、、
昨日、約2週間ぶりに「館山」に行って、昼飯を食べた。ハット汁にサービスの小ライスが付いた。500えん。それほどうまいものでもないから安くて当然だ。「館山」引っ越しの挨拶状とメニューを裏表で造ってやったのを元に印刷に出したのが明日出てくるそうだ。5万円かかるという。そもそもが、印刷に2週間もかかるわけがないのだから、ずっと放っておいたことになるし、5万円掛かると言って、高いのがわたしのせいのようにいう。カラーコピーでもすれば良いと言っておいたのに、わざわざ友人に頼んで、高くなったなど、私の知ったことかと思う。カラーコピーなら、@50円で、200枚裏表で2万で出来る。それも話しておいてあった。やるだけやってやったのだから、あとは自分でやれば良いのに、このようにべたっとくっつかれるのはうっとおしい。いずれにしろ、折角作ってやったのを、これまで放置していているのだから、客は相変わらず、わたしのいる間にたった一人来ただけだ。それも友人だそうだ。人がいいから、友人で店が持っているのであろう。これが登米の現状なのか、田舎の現状なのか、良くわかならないが、折角やってやってもこれではやりがいがない。かえって非難されているみたいだ。
ああすれば、こう言う。こうすればああ言うの典型にありそうだ。
家人のいうように、余計なことをしているのかもしれない。田舎暮らしは大変かもしれない。
しかし、夕食の米をうるかして、夕方まで、新たな本造りのための資料読みをしていたら、秀夫ちゃんから電話で今から飲みに行く、照ちゃんともりンツァンも来るという。19:00に来るまであと15分しかない。夕飯を炊く時間がもうないから、米のスイッチを入れずに片付けをして、先日奥の間で会議をしたときの座布団を茶の間に戻して待った。ほどなく、皆来た。照ちゃんは焼酎をぶら下げて来て、もりンツァンは漬け物、秀夫ちゃんは例によって、鍋にコンロを持参で、たらこ鍋で最後にうどんまで付いていた。ご飯を食べないでもなんとか今夜は済ませられた。いつもなら、10時には帰るのに今日は4人で大いに盛り上がって11時になった。田舎の良さは、同級生とこうやって呑めることだ。皆、中学までの同級生だ。隔てなく呑める。次は、明後日の土曜日に呑むのだという。
ああすれば、こう言う。こうすればああ言うの典型にありそうだ。
家人のいうように、余計なことをしているのかもしれない。田舎暮らしは大変かもしれない。
しかし、夕食の米をうるかして、夕方まで、新たな本造りのための資料読みをしていたら、秀夫ちゃんから電話で今から飲みに行く、照ちゃんともりンツァンも来るという。19:00に来るまであと15分しかない。夕飯を炊く時間がもうないから、米のスイッチを入れずに片付けをして、先日奥の間で会議をしたときの座布団を茶の間に戻して待った。ほどなく、皆来た。照ちゃんは焼酎をぶら下げて来て、もりンツァンは漬け物、秀夫ちゃんは例によって、鍋にコンロを持参で、たらこ鍋で最後にうどんまで付いていた。ご飯を食べないでもなんとか今夜は済ませられた。いつもなら、10時には帰るのに今日は4人で大いに盛り上がって11時になった。田舎の良さは、同級生とこうやって呑めることだ。皆、中学までの同級生だ。隔てなく呑める。次は、明後日の土曜日に呑むのだという。
昨日、伊達宗弘『伊達八百年歴史絵巻』出版記念パーティーの幹事の一人から電話が来た。案内状を発送するまで、ブログに書かないで欲しいということだ。私の考えでは、案内状を送った人達だけではなく、なるべく多くの人に参加して欲しいので、ブログで早々と宣伝しているつもりである。もう一つ言われたことは、ホテルサンシャインとの交渉係をまた、元の人にしてもらうということだ。十日に我が家に集まってもらった中にホテルサンシャインの偉い人が来ていたので、私が、前の交渉係に提示された料金では赤字になるから、大幅に負けてくれるように迫り、なんとか、負けてもらったのだが、私のその強引な手法が気に入らなかったらしい。要するに、赤字でも人間関係を大事にしたいということらしい。それはそれで大事なことではあるが、伊達さんの希望で、5000円に押さえたいという範囲で、2,100円の本も出席者に配り、かつ、新たに、伊達さんが以前「河北新報」に書いた論文も印刷して配るというのだから、その上にさらに、案内状の印刷通信費も掛かるのでは、大幅な赤字になるから、座視していられなくなって自らその役を買って出て、負けてもらったのだ。どうもそれは、登米のやり方ではないらしい。その電話に対して、わたしは、印僑、華僑と言われるインド人、中国人と永年つきあって来たので、難しい交渉ごとをして来たから、やったことであり、私の出した交渉結果を押し戻されないようにと言って交渉係更迭を了承した。
先日、上京前の時間のないときに、遠山の里から追い出された「館山」食堂の塚本寿君の、マルマンの二階に引っ越した12月以降に中々引っ越しの挨拶も各方面にしないのを見かねて、わたしが、自ら買って出て、挨拶状と、新たなメニューを作ってやったのだが、それを、棚の上に文字通りたなざらしにして中々メニューも出さないから、イライラして、もう自分で勝手にしろと言って放り出したのだが、家人から、人のことよりまず、自分のことをして下さいと言われ、かつやりかけたのだから、最後までして上げなさいと言われ、印刷まで皆ただでやってあげてから上京した。
どうも、登米の人は、打てば響くのとは違うようだ。しかも、人に助けてもらうと、最後まで自分流にしてもらうのが当然のようだ。だから、遠山の里から追い出されたのかもしれない。
わたしの性格からすると、直ぐイライラするので、家人からは、体を悪くするだけばかばかしいのだから、そんなことを買って出ないで、まず、自分が今しなければならないことをして欲しいと言われた。
確かに、4月の「芳賀邸」開館に向けて、やらなければならないことは山積みだし、東京で、登米キャペーンをするとなれば、伊達さんの本は、伊達家に関する本だから、もう1冊わたしが登米に関する本を書かなければと思い出している矢先である。この際、自分のことに専念しようかと思う。何しろ、本を書くとなると、登米図書館の本では、まるで、足りないから、やはり、東京に行って資料を探さなければならない。取りあえず、宮城県図書館に伊達さんの車に乗せてもらっていって、見てみるのも一つの手だ。
それにしても、最近ブログ閲覧数が倍近くに増えることがあるのは、この電話で登米の人も結構見ているからなのだと分かった。元々、これは、わたしのインド旅行の参加者とダルマサンガの会員たちに報告するために書いていたブログなのだから、わたしが、登米に来て何をしているかを報告する意味合いがあったのだが、ここに来て読者が少し変わって来ているのかもしれない。
登米市の人も読むという前提で書かないといけないかもしれない。
先日、上京前の時間のないときに、遠山の里から追い出された「館山」食堂の塚本寿君の、マルマンの二階に引っ越した12月以降に中々引っ越しの挨拶も各方面にしないのを見かねて、わたしが、自ら買って出て、挨拶状と、新たなメニューを作ってやったのだが、それを、棚の上に文字通りたなざらしにして中々メニューも出さないから、イライラして、もう自分で勝手にしろと言って放り出したのだが、家人から、人のことよりまず、自分のことをして下さいと言われ、かつやりかけたのだから、最後までして上げなさいと言われ、印刷まで皆ただでやってあげてから上京した。
どうも、登米の人は、打てば響くのとは違うようだ。しかも、人に助けてもらうと、最後まで自分流にしてもらうのが当然のようだ。だから、遠山の里から追い出されたのかもしれない。
わたしの性格からすると、直ぐイライラするので、家人からは、体を悪くするだけばかばかしいのだから、そんなことを買って出ないで、まず、自分が今しなければならないことをして欲しいと言われた。
確かに、4月の「芳賀邸」開館に向けて、やらなければならないことは山積みだし、東京で、登米キャペーンをするとなれば、伊達さんの本は、伊達家に関する本だから、もう1冊わたしが登米に関する本を書かなければと思い出している矢先である。この際、自分のことに専念しようかと思う。何しろ、本を書くとなると、登米図書館の本では、まるで、足りないから、やはり、東京に行って資料を探さなければならない。取りあえず、宮城県図書館に伊達さんの車に乗せてもらっていって、見てみるのも一つの手だ。
それにしても、最近ブログ閲覧数が倍近くに増えることがあるのは、この電話で登米の人も結構見ているからなのだと分かった。元々、これは、わたしのインド旅行の参加者とダルマサンガの会員たちに報告するために書いていたブログなのだから、わたしが、登米に来て何をしているかを報告する意味合いがあったのだが、ここに来て読者が少し変わって来ているのかもしれない。
登米市の人も読むという前提で書かないといけないかもしれない。
先日上京する前に、『登米物語』がジュンク堂書店新宿店に仙台ロフト店から送られたというので、東京で登米を宣伝する良い機会だと思い、今、行なわれている、仙台・宮城D.Cと併せてやるため、まず、登米市観光物産協会に行った。会長という人に、まず、宮城県の造った芭蕉のおくのほそ道の中国語訳を欲しいので、取り寄せてくれるよう頼んで断られ、代わりにここで造ったという松島から平泉に至るおくのほそ道のゆかりの地を案内するパンフを貰った。仙台・宮城D.Cについては、自分たちは関係ないからと、教えられた佐沼にある県の振興事務所に電話して、そこでまた教えられた仙台のD.C事務所に電話して断られ、粘って、JR東日本の営業の電話番号を教えてもらって電話したが、やはり、だめで、すべて門前払いだった。
既に決まったことしかやらないのが役所のようだ。仕方なく、そのあと、登米地区の仙台・宮城D.C の会長という鈴彦に電話して、3月3日(月)朝に会って何か方法がないか聞いたが、役所とは共同して何かやるなどは考えないほうが良いと言われ、資金がいるのですか?などと聞かれる始末であった。つい、中央政府と同じで、登米市で長の付く人に碌な人がいないのではないかと言ってしまった。目の前にいる鈴木彦太氏もヤマカノの会長か何かである。
わたしの考えは、東京の主立った大手書店の目立つところで、登米を含めた宮城県をキャンペーンさせてもらうのだったが、中々ノリが悪いので、諦めた。そうなると、自分の本と、伊達宗弘さんの本を並べてもらってはどうかと思い、上京中に大手書店を訪ねてその企画を力説して歩いた。それには、まず、わたしの『登米物語』を大手書店で扱ってもらわなければならない。昨日、やっと時間が出来たので、八重洲ブックセンターに申込書を送った。もしここが扱ってくれると、東京の大手書店が5カ所で扱ってくれることになる。
取り次ぎを通さないで本を置いてもらうのは、三省堂神保町本店のように1年も掛かるのだ。ジュンク堂仙台ロフト店で、『登米物語』がベストセラーになったから、東京にも送って売ってくれたが、取り次ぎで扱ってもらうには、保証金が1000万円も掛かり、たった500円の定価の本をいくら売っても、取り次ぎから手形で貰えるのが、半年後では、割にあわないからできない相談だ。それだから、中小の出版社がどんどんつぶれるのだ。それでも、本が売れていた数年前までなら良かったが、今は、本を買うなどというのは珍しい人種になっている。何しろ小説も携帯で読む時代だ。切符も携帯に取られそうな気配だ。本を読むのは、普段着から着物に着替える感覚と同じかもしれない。
既に決まったことしかやらないのが役所のようだ。仕方なく、そのあと、登米地区の仙台・宮城D.C の会長という鈴彦に電話して、3月3日(月)朝に会って何か方法がないか聞いたが、役所とは共同して何かやるなどは考えないほうが良いと言われ、資金がいるのですか?などと聞かれる始末であった。つい、中央政府と同じで、登米市で長の付く人に碌な人がいないのではないかと言ってしまった。目の前にいる鈴木彦太氏もヤマカノの会長か何かである。
わたしの考えは、東京の主立った大手書店の目立つところで、登米を含めた宮城県をキャンペーンさせてもらうのだったが、中々ノリが悪いので、諦めた。そうなると、自分の本と、伊達宗弘さんの本を並べてもらってはどうかと思い、上京中に大手書店を訪ねてその企画を力説して歩いた。それには、まず、わたしの『登米物語』を大手書店で扱ってもらわなければならない。昨日、やっと時間が出来たので、八重洲ブックセンターに申込書を送った。もしここが扱ってくれると、東京の大手書店が5カ所で扱ってくれることになる。
取り次ぎを通さないで本を置いてもらうのは、三省堂神保町本店のように1年も掛かるのだ。ジュンク堂仙台ロフト店で、『登米物語』がベストセラーになったから、東京にも送って売ってくれたが、取り次ぎで扱ってもらうには、保証金が1000万円も掛かり、たった500円の定価の本をいくら売っても、取り次ぎから手形で貰えるのが、半年後では、割にあわないからできない相談だ。それだから、中小の出版社がどんどんつぶれるのだ。それでも、本が売れていた数年前までなら良かったが、今は、本を買うなどというのは珍しい人種になっている。何しろ小説も携帯で読む時代だ。切符も携帯に取られそうな気配だ。本を読むのは、普段着から着物に着替える感覚と同じかもしれない。
先月、浄化槽の一部が汚れているという検査結果を汲み取り屋が表に書いて郵便受けに入れて行ったが、どうするのかと思っていたら、今日、汲取車が来たので、汲取かと思っていたら、また、表が郵便受けに入っていて、全面掃除が済んだと記してあった。こちらが何もしなくても汲み取り屋が定期検査をしていて、問題があれば、きちんと対処しているのだ。多分年央になると、また役所の検査官がひとりで来て、何も問題ないのに、検査費用を1万円近く請求するであろう。たった5分程度の検査だが、役所の金儲け仕事につきあわなくてならない。検査といわれるものが終わると、問題ありませんでした、と尤もらしく言って帰って行く。良い時給だ。先日の汚泥水道水の垂れ流しに関して、水道料金を今月15%差し引くという市長の挨拶があった。また、そのあと直ぐに、証明できれば、損害賠償もすると言っていた。これは、議会開会中なのに市議会にもはからず、独断で決定したらしい。何か、小中学生の社会科の学習につきあっているような気分だ。そもそもが、今の市長は、歯医者なのだが、ゼネコンの社長が立候補したのに対抗して市長に推されただけのようだ。まだひどく若いし、なにも分からないままにこの3年を市長として過ごしたのだろう。周りに、きちんと補佐する人がいないのであろうか。気の毒ではある。
先日、三省堂神保町本店で、やっと、『登米物語』を置いてもらうことになった。昨年4月に本が出来てから、店頭に置いてもらうために1年間ずっと通い続けての結果だ。何か達成感もあるが、これを置いてもらうために通った費用の方が売り上げより大きいだろう。ちょっと矛盾した気もする。そのあと、同期の入社で最若年の木野君が1月に退職した、そのご苦労会に出席した。そこで出版界の現状を聞かされた。我々のいた会社は、儲かっていた頃に買った株などの資産が、6000億円ほどあるから、その売り食いで当分社員を養えるが、中小の出版社は、本の売り上げが、書店から支払われるのが、半年後だから、その間の運転資金を銀行にとめられたため、つぶれているところが多いのだそうだ。最近倒産した、インドのプーランの本を出した会社、草思社もそうらしい。政治の貧困が、多くの若者を貧民に追いやっていて、ものが売れなくなっている。昔、インドの話をすると、一様に、『あの貧乏な国』と誇らしげに日本人に言われたものだが、今や、その誇らしい日本も「あの貧乏な若者のいっぱいいる国」と言われるようになりさがった。隔世の感しきりだ。この登米市と言われる在郷、すなわち田舎でも、都会の金持ちが当局から狙われるように金が取れそうなところに役所が入り込んでは、税金という名目をつけて取り立てるようになっている。登米市自体が国からの借金で首が回らなくなっいて、回らない首を、あちらこちらまわして、金の獲れそうなところを探しているのだ。その良い例が、健康保険税だ。健康保険料ではない。これは、他の都県より高額に設定されているらしく、しかも、以前払わないでいて加入すると、税だからさかのぼって取り立てるという。以前、保険に加入していなくて、全額払って掛かった医療費はしかも戻らないのだ。もうひとつは、下水道だ。わたしは、外便所のし尿は、畑にまいていい肥料にしているが、こんな在郷で、下水道工事が行なわれ、無理矢理下水道を引かせようとする。その手口は、浄化槽の検査という名目で、高料金を取り立てるのだ。いやなら、下水道を引けというのだ。下水道にしたら、その汚水はどう処理するのか聞いたら、やはり、浄化槽の大きいので処理するだけだという。何もそんな大きな浄化槽に流さなくても我が家の広い敷地にある浄化槽で充分に処理できるのにだ。大体が、汚泥の水道を流して、その汚泥の処理代として、下水道料も取ること事態が詐欺的だ。困った行政なもんだ。日本中こうなのだろう。