昔々、新聞記者になりたいという人がいました。あまりにも政治や社会のあり方がひどいので、正義のペンを駆って社会を良くしていこうという気持ちをもっていたようです。
昔、そういう記者がたくさんいました。でも、そういう記者の多くは、すでに退職しています。そういう記者が一線を退きデスクになる頃から、第一線に立つ記者たちの動きに違和感を感じはじめました。話があわなくなってきたのです。
それからさらに年月が経ちました。今の記者は、みずからを権力機構の一員であるかのような振る舞いをするようになりました。新聞社の名刺は、それをもっているだけで、要人と会うことができます。記者は、その要人と同じような人物であるという錯覚をもつようになり、いつしか自信過剰になり、上から目線でものごとを見るようになりました。
だから、いろいろなことが起こって、本当ならもっともっと報道しなければならないのに、しない。どうでもよいことを書く、ということが見受けられるようになりました。
麻生のナチスの発言についても、もっともっと早くにその問題点を衝くべきでした。残念ながら、そういうことは外国メディアのほうがしっかりしているようです。
さてアメリカによる盗聴問題も、同様です。それをTBSの金平さんが論じています。
http://jcj-daily.seesaa.net/article/370925794.html
日本のメディアは、人権感覚が鈍い、そう言わざるを得ません。
昔、そういう記者がたくさんいました。でも、そういう記者の多くは、すでに退職しています。そういう記者が一線を退きデスクになる頃から、第一線に立つ記者たちの動きに違和感を感じはじめました。話があわなくなってきたのです。
それからさらに年月が経ちました。今の記者は、みずからを権力機構の一員であるかのような振る舞いをするようになりました。新聞社の名刺は、それをもっているだけで、要人と会うことができます。記者は、その要人と同じような人物であるという錯覚をもつようになり、いつしか自信過剰になり、上から目線でものごとを見るようになりました。
だから、いろいろなことが起こって、本当ならもっともっと報道しなければならないのに、しない。どうでもよいことを書く、ということが見受けられるようになりました。
麻生のナチスの発言についても、もっともっと早くにその問題点を衝くべきでした。残念ながら、そういうことは外国メディアのほうがしっかりしているようです。
さてアメリカによる盗聴問題も、同様です。それをTBSの金平さんが論じています。
http://jcj-daily.seesaa.net/article/370925794.html
日本のメディアは、人権感覚が鈍い、そう言わざるを得ません。