浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【本】岡村治信『青春の柩』(光人社NF文庫)

2016-02-25 20:01:05 | 
 もと裁判官・岡村がみずからの戦時体験を綴ったものである。岡村は学徒兵で海軍へ。主に軍艦に乗船し、主計の仕事をおこなった。岡村が乗船した軍艦は、ガダルカナル島、アッツ島、キスカ島などへの兵員輸送にあたった。駆逐艦などに乗船したのだが、ほとんどが兵員輸送である。いかに輸送船が不足していたかを物語る。

 最初のウェーク島攻略だけがある意味戦果といえるが、他は惨めな軍隊体験である。とくに、アッツ島への兵員輸送、キスカ島からの撤退作戦の部分を読んでいると、それぞれの島に行くことさえ困難なところへ何故に兵を送ったのか。冬になると、台風並みの低気圧が北洋を席捲する。そういうなかで航海するわけだから、当然行く手を阻まれることが何度もある。アッツ島は全滅(「玉砕」と美化する向きもあるが)したところで、艦砲射撃や爆撃、そして上陸した米軍にこてんぱんにやられたところ。アッツ島守備隊は友軍が来てくれることをひたすら要請するのだが、天候に阻まれ行くこともできず、ただ全滅に至る経過を聞くだけ。

 何という無謀な戦いを行ったことか。直接それを記しているわけではないのだが、行間から伝わってくる。

 こうした戦記物は近年読んだこともなかったが、一挙に読んでしまえるような緊迫感を備えている。

 もちろん、数々の「戦死」が描かれているが、「戦死」はむごい死である。「戦死」をふたたび創り出してはならないと思う。

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歳をとるということ

2016-02-25 16:48:08 | 日記
 毎年やっている定期検診の結果が来た。数値に、無視できないところがあり、少し気落ちしている。要するに運動不足である。春から秋にかけては、農作業があり、その労働は生やさしいものではない。ところが冬になると、寒いこともあって、収穫に行くだけとなり、身体を動かすことがかなり減る。それを自覚していたボクは、近所の垣根の伐採をしてあげたのだが、それだけでは足りなかったとみえる。

 今日は、畑まで歩いて行き、ジャガイモを植えた。しかし、たくさん買ったので、全部は植えられなかった。三通りだけ、男爵を植えた。明日も新たに畑を起こして植えつけることにしよう。

 歳を重ねるということは、放っておいては健康は維持されないということだ。

 近くの畑で、耕作放棄地が広がっている。要するに、高齢化である。日本の農業は、担い手を減らしてきた。もちろんその背景には、日本の農業政策がある。農業で食べていけるなら、農業を引き継ぐ人たちはでてくるのだろう。だが、日本政府の一貫した政策は、農産物を大量に輸入すること、それも安価なものをである。労働者の賃金を低く抑えようという経団連などの意向があるからだ。

 資本主義社会は、みんなが平等に平和に暮らしていくという当たり前の政策を不可能にする。資本の増殖は、無数の階層・階級をつくっていく。それが資本主義である。だからこそ、その無政府的な動きをコントロールしなければならないのだが。1980年代以降本格化する新自由主義は、規制を撤廃して、まさに自由放任にしようというものであって、結果的に数パーセントの富裕者と圧倒的な貧者が生まれるのである。

 どのくらい生きられるか分からないが、とにかく世界を知り尽くして死にたいと思う。

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