「シャセリオー展」 国立西洋美術館

国立西洋美術館
「シャセリオー展ー19世紀フランス・ロマン主義の異才」
2/28~5/28



国立西洋美術館で開催中の「シャセリオー展ー19世紀フランス・ロマン主義の異才」のプレスプレビューに参加してきました。

この展覧会に関心を持った切っ掛けが、前もって手にした一枚のチラシ、すなわち「カバリュス嬢の肖像」に魅せられたことでした。

真珠色のドレスを身にまとっているのは若い女性です。軽く腰を掛けています。顔色はややピンク色を帯びながらも青白い。透明感があります。くっきりとした目鼻立ちです。瞳は潤んでいます。口は僅かに開いていて艶やかさも感じられました。髪飾りの花々も生気に満ちています。手に持つのはブーケです。やや青みがかった紫色のスミレでした。ともかく美しい。早く見たいと思ったものでした。


テオドール・シャセリオー「カバリュス嬢の肖像」 1848年 カンペール美術館

実物も想像を超える力作でした。描いたのはテオドール・シャセリオー(1819〜1856)。当初はアングルに学びながら、ロマン主義に接近。オリエンタリズムに染まりながら、のちのモローやルドンらの象徴派にも影響を与えた、19世紀のフランスの画家であります。


テオドール・シャセリオー「自画像」 1835年 ルーヴル美術館

冒頭は自画像でした。16歳の時の作品です。漆黒の服に身を包んでは立っています。顔はまた青白い。左半分が陰っていました。厚い唇です。手を添えているのはデッサン帖でしょうか。左上には絵具のついたパレットも吊り下がっています。画家としての存在を示すための描写かもしれません。


テオドール・シャセリオー「放蕩息子」 1836年 ラ・ロシェル美術館

シャセリオーは早熟でした。翌年には「放蕩息子」でサロンに入選。アングルの門下でキャリアを重ねます。ただし彼のデビューした1830年代のパリはロマン主義運動の盛期でした。よってロマン主義の詩人や文学者らと交流を深めます。さらに1840年からは約半年間イタリアへ旅行。それも一つの契機だったようです。早々にアングルの影響を脱していきます。


右:テオドール・シャセリオー「木々に囲まれた中世の装いの恋人たち」 1841年 ルーヴル美術館素描版画部門

イタリアで描いた水彩に優品がありました。「イスキアの眺め」です。時は7月。色を細かに重ねては水辺の景色を叙情的に表しています。ほか「木々に囲まれた中世の装いの恋人たち」も良い。素材は黒鉛です。木々の中で寄り添う男女を素早い筆致で描いています。こうしたさり気ない小品も魅惑的でした。

さて本展、主役はシャセリオーですが、一部に別の画家の参照があるのも重要なポイントです。


右:テオドール・シャセリオー「アポロンとダフネ」 1845年頃 個人コレクション
左:テオドール・シャセリオー「アポロンとダフネ」 1845年 ルーヴル美術館


例えば「アポロンとダフネ」です。右が油彩習作で、左が油彩画です。跪いているのがアポロン。ダフネに求愛する場面でした。しかしダフネは拒絶。何と神に自らを月桂樹に変えるように懇願しています。確かに足の部分が樹木と一体化していました。目は閉じていて表情は伺えません。一方のアポロンは何とかしがみついてて必死です。神話のワンシーンを動きのある構図で捉えています。


右:ギュスターヴ・モロー「アポロンとダフネ」 制作年不詳 ギュスターヴ・モロー美術館
左:オディロン・ルドン「…日を着たる女ありて(連作『ヨハネ黙示録』より」 1899年 国立西洋美術館


その隣に並ぶのが、モローの「アポロンとダフネ」とルドンの「…日を着たる女ありて」でした。モローは構図をシャセリオーから引用。確かに似ています。またルドンも神話的女性を描く際にシャセリオーやモローの影響を受けました。とりわけ初期のモローはシャセリオーの強い影響下にあります。時にシャセリオーの単なる模倣と批判されることもあったそうです。


テオドール・シャセリオー「オセロ」 国立西洋美術館

文学的主題の作品が目立ちました。一つが連作の「オセロ」です。もちろん原作はシェイクスピアです。フランスでは「戯曲がロマン主義と結びつけられていました。」(解説より)シャセリオーは生の舞台も鑑賞していたそうです。口絵を除けば線は極めて密です。とりわけ後半のオセロは深い黒が際っています。反面にデズデモーナは白く浮かび上がります。劇のドラマテックな展開を陰影で表現しているのかもしれません。


テオドール・シャセリオー「マクベスと3人の魔女」 1855年 ルーヴル美術館(オルセー美術館に寄託)

「マクベスと3人の女の魔女」も戯曲がモチーフです。ちょうど第一幕、マクベスとバンクォーが魔女に出会う場面を描いています。魔女たちは手を直列に振り上げています。予言です。馬の筋骨が隆々としていました。さらに装身具も緻密です。実際に中世のスコットランドの馬具などを研究したそうです。タッチは力強い。ここに初期のアングル的なスタイルは見られません。


左:テオドール・シャセリオー「泉のほとりで眠るニンフ」 1850年 フランス国立造形芸術センター(カルヴェ美術館に寄託)

「カバリュス嬢の肖像」と並び、一際白く輝いているのが「泉のほとりで眠るニンフ」でした。泉とあるもののの、水の所在は判然とせず、後ろには森の深い緑が広がっています。そこで眠るのがニンフです。薄いバラ色のドレスを脱ぎ捨てています。木の幹に比べて随分と大きい。解説に「古代の巨大な女神像」とありました。確かに強い存在感があります。モデルの名はアリス・オジー。パリで最も美しい体を持つと賛美され、シャセリオーとも2年ほど関係した高級娼婦でした。ニンフといえども体毛が生えています。より現実感があります。サロンへの出品時は好意的な評が多かったそうです。本作を賛美する詩まで作られました。

シャセリオーは26歳の時に2カ月ほどアルジェリアを旅行しました。現地で人々の様子をスケッチ。帰国後にいわゆる東方の風俗や文化を素材にした作品を生み出します。


テオドール・シャセリオー「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」 1851年 メトロポリタン美術館

うち一枚が「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」です。おそらく家族と思われる3人の姿を描いています。揺り籠で眠るのは赤ん坊です。右側の女性が赤ん坊を見やりながら籠を両手で押さえています。左の女性は正面を向いていました。黄と青色の衣装です。「聖母子像の再解釈」(解説より)との見方もあるようです。平穏な日常の景色です。シャセリオーの母子への共感の眼差しも感じられるのではないでしょうか。

巨大なタピスリーが待ち構えます。「諸民族を結びつける商業」です。制作は1932年。シャセリオーの死後から約半世紀以上経っています。一体どういうことなのでしょうか。


「諸民族を結びつける商業」 1932年 モビリエ・ナシオナル(フランス国有動産管理局)

答えは壁画でした。シャセリオーは1844年からパリの会計検査院の壁画を制作。数年かけて戦争や平和を寓意とした大小15の壁画を完成させました。しかしながら1871年のパリ・コミューンにて建物は破壊。壁画も焼失してしまいました。現在は断欠が残るに過ぎません。

つまり「諸民族を結びつける商業」は、シャセリオーの描いた壁画、「西洋の港に到着する東洋の商人」たちに基づくタピスリーというわけです。言わばオリジナルのスタイルを今に伝える作品と呼んで良いかもしれません。


ブラウン・クレマン社「会計検査院の建物のためのシャセリオーの装飾壁画の断欠」 1890年 オルセー美術館

騒乱で焼かれた建物は廃墟化します。しばらく経ってから壁画の救出運動が始まりました。名付けて「シャセリオー委員会」です。ドガやシャヴァンヌらも協力します。その際の壁画の記録写真なども展示されていました。


テオドール・シャセリオー「サン=ロック聖堂の洗礼盤礼拝堂壁画」の模型 1854年 プティ・パレ美術館

シャセリオーは、会計検査院のみならず、サン・メリ教会、サン・ロック教会などの装飾をいくつか手がけています。ラストは建築装飾家としての活動でした。残念ながら壁画は動かせません。壁画模型や習作などの参照がありました。


ラストが「東方三博士の礼拝」でした。光り輝くのが聖母子です。三博士が手を伸ばしています。後景は暗く、陰影はダイナミックです。ドラクロワの作風を連想させます。この後、彼が生きていたとしたら、どのような作品を残したのでしょうか。シャセリオーは早逝です。この絵を描いた1856年、パリの自宅で死去します。37歳の若さでした。


「シャセリオー展」会場風景

新古典主義のアングル、そしてロマン主義のシャセリオー、ないしドラクロワ、そして象徴派のルドン、モローへの系譜。シャヴァンヌへの流れもあります。アングル画の展示こそありませんが、フランスの絵画の一潮流を辿ることが出来たのも大きな収穫でした。

現存するシャセリオーの絵画は約260点前後です。しかし行方不明の作品も多く、フランスでもなかなかまとまって見る機会がありません。実際、同国でも過去2回しか回顧展が開かれていないそうです。今回の出展は絵画40点、水彩と素描で30点。さらに版画が20点ほど加わります。日本では初のシャセリオー展として不足はないのではないでしょうか。

最後に会場内の状況です。プレビューに加え、会期第2週の日曜日に改めて観覧してきました。



チケットブースにこそ、何名かの待機列がありましたが、大半の方は常設展を目的とされていたのかもしれません。展示室内はほぼスムーズ。どの作品も難なく最前列で見られました。



桜の時期はやや混み合うかもしれませんが、今のところ余裕をもって観覧出来そうです。



5月28日まで開催されています。おすすめします。

「シャセリオー展ー19世紀フランス・ロマン主義の異才」@chasseriau2017) 国立西洋美術館
会期:2月28日 (火) ~5月28日 (日)
休館:月曜日。但し3月20日、3月27日、5月1日は開館。3月21日 (火)は休館。
時間:9:30~17:30 
 *毎週金曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1600(1400)円、大学生1200(1000)円、高校生800(600)円。中学生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園7-7
交通:JR線上野駅公園口より徒歩1分。京成線京成上野駅下車徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅より徒歩8分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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