「あやしい絵展」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館
「あやしい絵展」
2021/3/23~5/16



東京国立近代美術館で開催中の「あやしい絵展」のプレス内覧会に参加してきました。

妖しい、怪しい、奇しいなどの漢字で当てはめられる「あやしい」には、時に退廃的かつ神秘的、またはミステリアスな魅力をもちえていて、美術においても多様に表現されてきました。

そうした「あやしい」に関する作品と資料を集めたのが「あやしい絵展」で、主に幕末から昭和初期に制作された日本の絵画、版画、それに雑誌や書籍の挿絵などが計160点ほど展示されていました。(会期中に入れ替えあり。)


安本亀八「白瀧姫」 明治28(1895)年頃 桐生歴史文化資料館

入口に立つ安本亀八の「白瀧姫」からしてミステリアスな雰囲気を醸し出していたかもしれません。これは幕末から明治にかけての見世物興行で人気を博した生人形の1つで、織姫になぞらえた白瀧姫を等身大のリアルな姿で象っていました。なおこの人形は見世物で使われたものではなく、日本織物株式会社が敷地内に建てた織姫神社に長らく安置されていました。いわゆる経年劣化のため、現在は着衣や持ち物が新調されているそうです。


稲垣仲静「猫」 大正8(1919)年頃 星野画廊

その「白瀧姫」をじっと伺うように佇むのが稲垣仲静の「猫」でした。そしてこの猫がいわば展覧会のガイド役を果たしていて、会場内の随所で江戸時代にできた定型詩の都都逸を呟いたり、作品の主題となった物語などを解説していました。

宿命の女を意味するファム・ファタルが日本に与えた影響を追う展示も興味深いかもしれません。


左:ダンテ・ガブリエル・ロセッティ「マドンナ・ピエトラ」 1874年 郡山市立美術館
右:藤島武二「夢想」 明治37(1904)年 横須賀美術館

ロセッティの「マドンナ・ピエトラ」とともに並ぶのは藤島武二の「夫人と朝顔」や「夢想」で、例えば「夢想」ではロセッティの「ベアタ・ベアトリクス」の女性に似通っていることが指摘されていました。


田中恭吉「冬蟲夏草」 大正3(1914)年 和歌山県立近代美術館

田中恭吉の「太陽と花」や「冬蟲夏草」も小品ながらも目を引くのではないでしょうか。僅か23歳の若さで亡くなった田中は、病を抱えながらも自己の内面に向き合うような木版を制作していて、とりわけ太陽へ向かって真っ直ぐ花を開く「冬蟲夏草」には、死の恐怖と生への意志がともに表されているかのようでした。


橘小夢「刺青」 大正12(1923)年、または昭和9(1934)年 個人蔵

神話や異世界を主題とした絵画などにも、妖しく耽美的とも受け止められる作品が少なくありませんでした。例えば橘小夢の「刺青」は谷崎潤一郎の同名の小説を題材としていて、女郎蜘蛛を刺された少女が伏す姿を不気味に表していました。


谷崎潤一郎「人魚の嘆き・魔術師」(春陽堂) 大正8(1919)年 弥生美術館

同じく谷崎の小説「人魚の嘆き」に付された挿絵も怪しげな印象を与えるかもしれません。驚くほどに長い髪の毛を振り乱す人魚の姿を、ピアズリーに影響を受けたという流れるような曲線によって緻密に描いていました。


「あやしい絵展」会場風景 第2章-4「表面的な『美』への抵抗」
 
さて今回の「あやしい絵展」のハイライトを挙げるとすれば、それは北野恒富や甲斐庄楠音、または岡本神草や秦テルヲといった、関西を中心に活動した画家の展示ではなかったでしょうか。


右:甲斐庄楠音「畜生塚」 大正4(1915)年頃 京都国立近代美術館

中でも特に目立っていたのが甲斐庄楠音で、未完の「畜生塚」をはじめ、「横櫛」や「幻覚」などの大作が並んでいました。


甲斐庄楠音「横櫛」 大正5(1916)年頃 京都国立近代美術館

そのうちの「横櫛」は、通称「切られお富」と呼ばれる歌舞伎の一場面を真似た義姉の姿より着想を受けた作品で、着物を身に付けては笑みを浮かべる女性の立ち姿を捉えていました。ここで印象に深いのは顔の彩色で、どこか血の通った肌の生々しさまでを表現していました。まさに官能的でかつデロリとも呼べるかもしれません。なお笑みに関しては、甲斐庄自らがレオナルドの「モナリザ」の影響をほのめかしているそうです。


岡本神草「拳を打てる三人の舞妓の習作」 大正9(1920)年 京都国立近代美術館

岡本神草の「拳を打てる三人の舞妓の習作」は、3人の舞妓が手指を動かしながら拳遊びをする様子を描いていて、細長い指や掌や顔には陰影が付けられていました。神草は展覧会に間に合わせるため、本作の出来上がった中央部のみを切って出品していて、切断された跡も残されていました。なお周囲の未着手の部分があるからか、中央部の色彩や立体感が際立っていて、それがかえって作品の奇抜さを演出しているようにも思えました。


左:秦テルヲ「眠れる児」 大正12(1923)年頃 京都国立近代美術館
中央:秦テルヲ「母子」 大正8(1919)年頃 京都国立近代美術館
右:秦テルヲ「池畔の女たち」 大正7(1918)年頃 京都国立近代美術館

あやしくも人間の根源的な情念や意志、それに時に諦念などを抉り取るかのような秦テルヲの絵画も見応えがありました。まるでピカソの一時代を思わせるような沈んだ青を基調に、母と子や肩を落として落胆に暮れるような女性を描いていて、モデルに対する画家の共感の眼差しも感じられました。


北野恒富「道行」 大正2(1913)年頃 福富太郎コレクション資料室

近松門左衛門の「心中天網島」を題材にした北野恒富の「道行」にも心を引かれました。諦めたような面持ちで遠くを見やる治兵衛の肩には、髪を乱した遊女の小春がもたれかかっていて、虚な表情を見せていました。そして後ろには死の象徴とされる烏が飛んでいて、心中へと至る運命を暗示していました。ただ2人して手を取り合う仕草には、死を厭わないような決意も滲み出ていたかもしれません。


小村雪岱「邦枝完二『お傳地獄』挿絵原画『刺青』」 昭和10(1935)年 埼玉県立近代美術館

この他では小村雪岱や鏑木清方などにも優品が目立っていたのではないでしょうか。また圧倒的に女性の描写が多いのも印象に残りましたが、その理由を検討したコラムがカタログに掲載されていました。そちらも展覧会を追いかける上で重要な観点と言えそうです。


島成園「おんな(旧題名・黒髪の誇り)」 大正6(1917)年 福富太郎コレクション資料室

展示替えの情報です。会期中に一部の作品が入れ替わります。

「あやしい絵展」出品リスト(PDF)
前期:3月23日(火)~4月18日(日)
後期:4月20日(火)~5月16日(日)

必ずしも全てが前後期での入れ替えではありません。詳しくは出品リストをご覧ください。


左:甲斐庄楠音「幻覚(踊る女)」 大正9(1920)年頃 京都国立近代美術館
右:甲斐庄楠音「舞ふ」 大正10(1921)年 京都国立近代美術館

オンラインでの日時指定制が導入されました。現在、美術館の窓口でも当日券を販売していますが、土日の午後などの混雑時は予約チケットが優先されます。前もってチケットを確保してから出かけられることをおすすめします。


「あやしい絵展」会場風景

会場内の一部作品を除き撮影も可能です。


5月16日まで開催されています。なお東京での展示を終えると、大阪歴史博物館へと巡回します。*会期:2021年7月3日(土)~8月15日(日)

「あやしい絵展」@ayashiie_2021) 東京国立近代美術館@MOMAT60th
会期:2021年3月23日(火)~5月16日(日)
時間:9:30~17:00。
 *金曜・土曜は20時まで開館。
 *4月25日(日)、29日(木・祝)、5月2日(日)~5日(水・祝)、5月9日(日)、5月16日(日)も20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
休館:月曜日。但し3月29日、5月3日は開館。5月6日(木)は休館。
料金:一般1800円、大学生1200円、高校生700円、中学生以下無料。
 *当日に限り所蔵作品展「MOMATコレクション」も観覧可。
住所:千代田区北の丸公園3-1
交通:東京メトロ東西線竹橋駅1b出口徒歩3分。

注)写真はプレス内覧会の際に主催者の許可を得て撮影しました。
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