ネズミ?
芸能人が連発することによって広まった変な日本語がたくさんありますが、もともとどこかの方言だったものがゆっくり広まった、あるいはメディアによって急速に広まった、というものもありますね。では、これはどうでしょう、「違くて」「違かった」、若い人はみんな、「違くて」「違かった」が誤用だとは知らない、普通だと思っているような感じがします。
2007年5月19日の記事「サイエンスZERO は学芸会になったね」で、安めぐみ(あえて呼び捨て)の「違くて」が気になるということを書きました。そのころ、‘お笑い’ではない若い人がしゃべるときに「違くて」と言うのをちょいちょい聞くようになり、気がつけば、私の周囲の若い人もほとんどが「違くて」でした。
関西弁は「ちごぉて( ̄_-)」ですから「違くて(_ ̄__)」にはなりにくいように思いますが、金沢弁は「ちごてぇ(_ ̄_)」で、むしろこちらのほうが「違くて」に流れやすいかもしれません。金沢弁は、よく言えばおっとり、悪く言えばだるい感じです(⌒・⌒;)。「しなくてもいい」は「せんでもいい」となりますが、30代以下の人は「しんくていい」と言っているように思います。
ですから、私は、実をいうと「違くて」にそれほど違和感があったわけではなく、ガキっぽいなぁと思いつつ受け入れていたのだと思います。それでも安めぐみの「違くて」が気になったのは、「サイエンスZERO」という真面目な番組で、きちんと標準語で話すのが基本である、にもかかわらず「違くて」などと言ったからです。内容にそぐわない、知性が感じられない、まぁ、そもそも安めぐみの話し方はとてもガキっぽいですけどね、とにかく非常に奇異に聞こえたのです。
もともと幼児語のようですからガキっぽいと感じるのは当然ですが、方言としてずっと以前からあったという可能性もあります。地方の人間としては、ふだんの会話で「違って」は硬くて抵抗感があるからわざと崩すということもあります。40代も半ばを過ぎた人は「ちごてぇ」ですが、若い人が「ちごてぇ」ではなく「違くて」を好む気持ちは何となく分かります。あ、そういえば、「好きじゃない」を「好きくない」と言うのがはやりましたよね。
「近い」「苦い」は形容詞ですが、似ていますね。「近くて」「近かった」「ちけぇ」、「苦くて」「苦かった」「にげぇ」、そして、「違くて」「違かった」「ちげぇ」。でも、「違う」は動詞なので、活用の型が形容詞とは違います。だから誤用には違いありません。こういう言い方しか知らないのか、面白いと思ってわざとそう言っているのか。芸能人がはやらせたのか、全国各地で自然に発生して広まったのか。その辺はよく分かりませんが、「ちがくて」と入力しても「違くて」とは変換されませんからね、誤用だということは認識してほしいものです。
正しくは「違って」もしくは「違っていて」、「違った」もしくは「違っていた」で、こっちのほうがむしろ簡単・明瞭ですよね。「違くて」「違かった」では表現できない‘時間の経過’についても表現できます。「違くて(_ ̄__)」「違かった(_ ̄__)」という語尾の下がる言い方が若い人のだるい感覚にマッチしてみんな流れていくのは分かりますが、改まった場面で言うのは避けてほしいですね、やっぱり。
若者言葉について、個性とか微妙なニュアンスとか若者の感覚とか、肯定的な意見を聞くことがありますが、私は逆だと思っています。言葉そのものの意味が分かりにくくなっているだけで、その場の雰囲気で分かれよ! と言われているような・・・、でも、世代や生活環境が違えば分からないわけで、幾ら「読めよ!」と言われてもそれは無理というもの。それに、若者どうしでも、実はちゃんと伝わっていないのではないかと危惧します。なにしろ、言葉を発するほうにも受け取るほうにも必要な日本語の力が不足していますからね( ̄~ ̄)ウ~ム。
芸能人が連発することによって広まった変な日本語がたくさんありますが、もともとどこかの方言だったものがゆっくり広まった、あるいはメディアによって急速に広まった、というものもありますね。では、これはどうでしょう、「違くて」「違かった」、若い人はみんな、「違くて」「違かった」が誤用だとは知らない、普通だと思っているような感じがします。
2007年5月19日の記事「サイエンスZERO は学芸会になったね」で、安めぐみ(あえて呼び捨て)の「違くて」が気になるということを書きました。そのころ、‘お笑い’ではない若い人がしゃべるときに「違くて」と言うのをちょいちょい聞くようになり、気がつけば、私の周囲の若い人もほとんどが「違くて」でした。
関西弁は「ちごぉて( ̄_-)」ですから「違くて(_ ̄__)」にはなりにくいように思いますが、金沢弁は「ちごてぇ(_ ̄_)」で、むしろこちらのほうが「違くて」に流れやすいかもしれません。金沢弁は、よく言えばおっとり、悪く言えばだるい感じです(⌒・⌒;)。「しなくてもいい」は「せんでもいい」となりますが、30代以下の人は「しんくていい」と言っているように思います。
ですから、私は、実をいうと「違くて」にそれほど違和感があったわけではなく、ガキっぽいなぁと思いつつ受け入れていたのだと思います。それでも安めぐみの「違くて」が気になったのは、「サイエンスZERO」という真面目な番組で、きちんと標準語で話すのが基本である、にもかかわらず「違くて」などと言ったからです。内容にそぐわない、知性が感じられない、まぁ、そもそも安めぐみの話し方はとてもガキっぽいですけどね、とにかく非常に奇異に聞こえたのです。
もともと幼児語のようですからガキっぽいと感じるのは当然ですが、方言としてずっと以前からあったという可能性もあります。地方の人間としては、ふだんの会話で「違って」は硬くて抵抗感があるからわざと崩すということもあります。40代も半ばを過ぎた人は「ちごてぇ」ですが、若い人が「ちごてぇ」ではなく「違くて」を好む気持ちは何となく分かります。あ、そういえば、「好きじゃない」を「好きくない」と言うのがはやりましたよね。
「近い」「苦い」は形容詞ですが、似ていますね。「近くて」「近かった」「ちけぇ」、「苦くて」「苦かった」「にげぇ」、そして、「違くて」「違かった」「ちげぇ」。でも、「違う」は動詞なので、活用の型が形容詞とは違います。だから誤用には違いありません。こういう言い方しか知らないのか、面白いと思ってわざとそう言っているのか。芸能人がはやらせたのか、全国各地で自然に発生して広まったのか。その辺はよく分かりませんが、「ちがくて」と入力しても「違くて」とは変換されませんからね、誤用だということは認識してほしいものです。
正しくは「違って」もしくは「違っていて」、「違った」もしくは「違っていた」で、こっちのほうがむしろ簡単・明瞭ですよね。「違くて」「違かった」では表現できない‘時間の経過’についても表現できます。「違くて(_ ̄__)」「違かった(_ ̄__)」という語尾の下がる言い方が若い人のだるい感覚にマッチしてみんな流れていくのは分かりますが、改まった場面で言うのは避けてほしいですね、やっぱり。
若者言葉について、個性とか微妙なニュアンスとか若者の感覚とか、肯定的な意見を聞くことがありますが、私は逆だと思っています。言葉そのものの意味が分かりにくくなっているだけで、その場の雰囲気で分かれよ! と言われているような・・・、でも、世代や生活環境が違えば分からないわけで、幾ら「読めよ!」と言われてもそれは無理というもの。それに、若者どうしでも、実はちゃんと伝わっていないのではないかと危惧します。なにしろ、言葉を発するほうにも受け取るほうにも必要な日本語の力が不足していますからね( ̄~ ̄)ウ~ム。