けど、涼しいよ
「モーニングバード」を見ていたら、「あるべきはずの所にあるべきはずの物がない」と玉川さんが言いました。「ここがポイント!!池上彰解説塾」では「本来いるべきはずの」というナレーションを聞きましたし、ほかにも、「あるべきはずの頚動脈が見付からない」とか、「~だけしか」同様、「~べきはずの」もちょいちょい聞こえてきます。
「べき」か「はずの」か、どちらか一方でいいのですよ。「あるべき所にあるべき物がない」「あるはずの所にあるはずの物がない」「あるべき所にあるはずの物がない」「あるはずの所にあるべき物がない」、このうちどれが一番ぴったり来るのか、それは私には分かりません。玉川さん、どれ? 「構造部分は木造で造られている」というナレーションも聞きましたが、原稿を書いたのは玉川さん?
「生活至便の良さ」は北陸朝日放送の住宅紹介番組で見たテロップなのですが、どういうこと? 「至便」は、非常に便利な様子という意味で、例えば「交通至便」「生活至便」というキャッチフレーズなら分かります。また、「生活の便の良さ」なら分かりますが、「生活至便の良さ」って・・・、「生活の便がすごくいいっていう良さ」だと受け取って流せばいいですか?
ニュース番組の告知で「その対策法に迫ります」と言った北陸放送の松村玲郎アナ。私は奇妙に感じるのですが、これがけっこう出てくるのです。何かの番組で「カビ対策法」というナレーションを聞いたことがありますし、YAHOO!のトップページで「みんなの対策法」という記述を見たこともあります。「対策方法」という記述を見たこともありますから、これも、すでにかなり広まっているのかも。
「対策」とは、相手や事件に対してとる手段、やり方。「方法」は、やり方についての決まり、仕方。「方法」のほうが細かい感じはしますが、やり方、仕方、似たような意味を含んでいますから、「対策法」「対策方法」はくどすぎます。でも、例えば「カビ対策、その具体的な方法」というように、まず「対策」、そこから一歩進んで「方法」へ、ということならいいのですよ、違和感は消えます。
ちなみに、「対処」は「対処法」と言ってもいいですよね。「対処」の意味は「対応して処理すること」ですから、そこに「やり方」といった意味はなく、処理の仕方ということを言いたいときは「対処法」です。もしかして、「対策法」なんて言う人は「対処法」と区別できていないのではないでしょうか。
「対症療法」のことを「対処療法」と勘違いしている人は大勢いますが、「対症」は「症状に対して」ということを意味します。症状を消失させる、あるいは緩和することを主な目的とする治療法、「症状に対して」ですから「対症療法」です。「対応して処理すること」の「対処」とは違いますね。ちなみに、原因を突き止め、そこに対して治療を施すのは「原因療法」あるいは「根治療法」です。
「和風総本家」のスタッフと麻生美代子ナレーターは意図的に「古来から」「古来より」を世の中に定着させようとしているのでしょうか。「やっと『古来』になった」と書いたことがありますが、そのときだけだったようで、やはりいつも「古来から」「古来より」です。ひどいときは1回の放送の中で何度も何度も繰り返します。
それにしても、ディレクターは何人もいるのに、全員が「古来から」「古来より」と書くのでしょうか。麻生美代子ナレーターは年長者なのに、「古来から」だの「古来より」だの言っていて疑問を感じないのでしょうか。美しい日本語を紹介して「もしよかったら覚えておいてください」というナレーションが入るコーナーがありますが、その前におかしな日本語を直してください。
「モーニングバード」を見ていたら、「あるべきはずの所にあるべきはずの物がない」と玉川さんが言いました。「ここがポイント!!池上彰解説塾」では「本来いるべきはずの」というナレーションを聞きましたし、ほかにも、「あるべきはずの頚動脈が見付からない」とか、「~だけしか」同様、「~べきはずの」もちょいちょい聞こえてきます。
「べき」か「はずの」か、どちらか一方でいいのですよ。「あるべき所にあるべき物がない」「あるはずの所にあるはずの物がない」「あるべき所にあるはずの物がない」「あるはずの所にあるべき物がない」、このうちどれが一番ぴったり来るのか、それは私には分かりません。玉川さん、どれ? 「構造部分は木造で造られている」というナレーションも聞きましたが、原稿を書いたのは玉川さん?
「生活至便の良さ」は北陸朝日放送の住宅紹介番組で見たテロップなのですが、どういうこと? 「至便」は、非常に便利な様子という意味で、例えば「交通至便」「生活至便」というキャッチフレーズなら分かります。また、「生活の便の良さ」なら分かりますが、「生活至便の良さ」って・・・、「生活の便がすごくいいっていう良さ」だと受け取って流せばいいですか?
ニュース番組の告知で「その対策法に迫ります」と言った北陸放送の松村玲郎アナ。私は奇妙に感じるのですが、これがけっこう出てくるのです。何かの番組で「カビ対策法」というナレーションを聞いたことがありますし、YAHOO!のトップページで「みんなの対策法」という記述を見たこともあります。「対策方法」という記述を見たこともありますから、これも、すでにかなり広まっているのかも。
「対策」とは、相手や事件に対してとる手段、やり方。「方法」は、やり方についての決まり、仕方。「方法」のほうが細かい感じはしますが、やり方、仕方、似たような意味を含んでいますから、「対策法」「対策方法」はくどすぎます。でも、例えば「カビ対策、その具体的な方法」というように、まず「対策」、そこから一歩進んで「方法」へ、ということならいいのですよ、違和感は消えます。
ちなみに、「対処」は「対処法」と言ってもいいですよね。「対処」の意味は「対応して処理すること」ですから、そこに「やり方」といった意味はなく、処理の仕方ということを言いたいときは「対処法」です。もしかして、「対策法」なんて言う人は「対処法」と区別できていないのではないでしょうか。
「対症療法」のことを「対処療法」と勘違いしている人は大勢いますが、「対症」は「症状に対して」ということを意味します。症状を消失させる、あるいは緩和することを主な目的とする治療法、「症状に対して」ですから「対症療法」です。「対応して処理すること」の「対処」とは違いますね。ちなみに、原因を突き止め、そこに対して治療を施すのは「原因療法」あるいは「根治療法」です。
「和風総本家」のスタッフと麻生美代子ナレーターは意図的に「古来から」「古来より」を世の中に定着させようとしているのでしょうか。「やっと『古来』になった」と書いたことがありますが、そのときだけだったようで、やはりいつも「古来から」「古来より」です。ひどいときは1回の放送の中で何度も何度も繰り返します。
それにしても、ディレクターは何人もいるのに、全員が「古来から」「古来より」と書くのでしょうか。麻生美代子ナレーターは年長者なのに、「古来から」だの「古来より」だの言っていて疑問を感じないのでしょうか。美しい日本語を紹介して「もしよかったら覚えておいてください」というナレーションが入るコーナーがありますが、その前におかしな日本語を直してください。