右の子はガキンチョ
「あまり大人げないなと思いました」「自転車にはあまり乗ることが少ないのですが」「病後はあまり外出を控えるとか・・・」「ほとんどあまりいいことがない」などなど、変な「あまり」はちょいちょい聞こえてきます。これは若い人に限ったことではなく、また、人前で話す機会が多い人でも言っちゃってますね。
何も難しいことなどない、日本人なら日常的に使う簡単な言葉なのですが、「あまり」だけではなく、「ちょっと」「なかなか」「ぜひ」「きっと」など、変な使い方がそこらじゅうにあふれているというのはどういうことでしょうか。「きっとここで写真を撮ったのでは?」だの「とても受け入れることがなかなかできません」だの、気持ちや事柄の程度を正確に表現できなくなっているようです。
「あまり大人げないなと思いました」は、正しくは「大人げないなと思いました」で、「あまり」は不要です。「あまり」にそのまま続けるなら、「あまり大人らしくないなと思いました」です。うっかりなのか、「大人げない」は形容詞だということを理解していないのか、どっち? 「あまり大人げないと周りの人が困るよ」とか、「あまりに大人げないなと思いました」とか、度が過ぎているという意味であることがはっきりするような言い方ならいいのですが、そうでない場合は誤用でしょう。
「自転車にはあまり乗ることが少ないのですが」は、「自転車にはあまり乗らないのですが」もしくは「自転車に乗ることは少ないのですが」です。「病後はあまり外出を控えるとか・・・」は、「病後はあまり外出しないとか・・・」もしくは「病後は外出を控えるとか・・・」ですね。
「ほとんどあまりいいことがない」は、「ほとんどいいことがない」か「あまりいいことがない」か、どちらなのかは分かりません。「ほとんど・・・あまりいいことがない」というように、「ほとんど」と言った直後、「ほとんど」はちょっとつらいなぁ、「あまり」ぐらいにしておこうか、と思ってこうなった、というのなら分かりますが、まっ、この場合は違うでしょうね。┐( ̄д ̄)┌
「あまり大人げないなと思いました」「自転車にはあまり乗ることが少ないのですが」「病後はあまり外出を控えるとか・・・」「ほとんどあまりいいことがない」などなど、変な「あまり」はちょいちょい聞こえてきます。これは若い人に限ったことではなく、また、人前で話す機会が多い人でも言っちゃってますね。
何も難しいことなどない、日本人なら日常的に使う簡単な言葉なのですが、「あまり」だけではなく、「ちょっと」「なかなか」「ぜひ」「きっと」など、変な使い方がそこらじゅうにあふれているというのはどういうことでしょうか。「きっとここで写真を撮ったのでは?」だの「とても受け入れることがなかなかできません」だの、気持ちや事柄の程度を正確に表現できなくなっているようです。
「あまり大人げないなと思いました」は、正しくは「大人げないなと思いました」で、「あまり」は不要です。「あまり」にそのまま続けるなら、「あまり大人らしくないなと思いました」です。うっかりなのか、「大人げない」は形容詞だということを理解していないのか、どっち? 「あまり大人げないと周りの人が困るよ」とか、「あまりに大人げないなと思いました」とか、度が過ぎているという意味であることがはっきりするような言い方ならいいのですが、そうでない場合は誤用でしょう。
「自転車にはあまり乗ることが少ないのですが」は、「自転車にはあまり乗らないのですが」もしくは「自転車に乗ることは少ないのですが」です。「病後はあまり外出を控えるとか・・・」は、「病後はあまり外出しないとか・・・」もしくは「病後は外出を控えるとか・・・」ですね。
「ほとんどあまりいいことがない」は、「ほとんどいいことがない」か「あまりいいことがない」か、どちらなのかは分かりません。「ほとんど・・・あまりいいことがない」というように、「ほとんど」と言った直後、「ほとんど」はちょっとつらいなぁ、「あまり」ぐらいにしておこうか、と思ってこうなった、というのなら分かりますが、まっ、この場合は違うでしょうね。┐( ̄д ̄)┌