◆ちゃんとしゃべれ!治納由気(はるなゆき)◆

変な日本語、敬語もどき、崩れていく日本語、そして、正しい日本語とハムスター。

「ゲストの皆さん、お越しいただきました」って?

2015-01-25 10:58:57 | 言葉についてあれこれ
                                  聞こえてるよね?

 占いなんて当たらないなぁと思うのですが、年が改まると、九星や星座など、2015年の運勢について何と書いてあるか、やはりちょっと気になります。北陸朝日放送の「土曜はドキドキ」でも九星占いをやっていたのですが、大きなボードに大きな文字で「開放感で満ちた一年」と書いてありました。「開放感に満ちた一年」でも「開放感で満たされる一年」でもないって、だれか気づけよ・・・もう遅いか┐( ̄д ̄)г。
 うん? 待てよ、開放感で満たされる? それに、「空間」ならまだしも、「一年」には違和感を覚えますねぇ。ガンダルフによってサルマンから解放されたローハンの王のように、束縛や苦痛から解放される、さまざまな悩みから解放される、「解放感に満ちた一年」「解放感で満たされる一年」ですね。
 「ワイド!スクランブル」で、話し手が「どうしたらお客さんが喜んでいただけるのか」と言ったとき、「どうしたらお客さんが喜んでくれるのか」というテロップが出たという珍しいことがありました。今は、一般の人も、そんなに緊張していなくても「お客さんも喜んでもらえるし」なんて言いますからね、なぜ「お客さんにも喜んでもらえるし」でも「お客さんも喜んでくれるし」でもないのかなぁ。
 明るい声で「ゲストの皆さん、お越しいただきました」と言ったのはベッキーです。とうとう助詞抜きですよ。羽鳥慎一はいつも「○さんがお越しいただきました」で、大勢のアナウンサーがその影響を受けていますが、ベッキーはどのように感じているのでしょうかね、「~に」でも「~が」でもなくて「ゲストの皆さん、お越しいただきました」って、迷ったら抜けばいい┐( ̄д ̄)г?
 「極Kiwami」という番組で見た「踵の部分は丸みつけて仕上げる」というテロップ、助詞抜きが当たり前の世の中でも、これはないでしょ! しかしまぁ、現実にはいっぱい見掛けますね。「主治医が見つかる診療所」なんて、医師が「使ってる筋肉ってのは限られてるんですね」と言っているとき、「使ってる筋肉 限られてる」というテロップを出すのですよ、毎度こんな調子です( ̄д ̄)!
 なぜ「使っている筋肉は限られている」と書かないのか不思議でたまりませんが、「主治医が見つかる診療所」はいつもこういうやっつけですからあまり気にしないように我慢して見ているわけですよ。でも、「極Kiwami」は全体的に丁寧に作ってありましたから、ちゃんと「踵の部分は丸みをつけて仕上げる」と書かないと。ほかにも「節と節の間が長く・太く」という奇妙なテロップが出たり、ナレーションが、「材料」なのに「原料」だったり。日本語で書くのってそんなに難しい?
 「ネット検索たまにしてます」という記述、これはまだいいですよね、気軽に話し言葉でそのまんま書いているだけですから。でも、割ときちんと書いてある文章の中で「伯父にお金の援助してもらっているため」や「専門家がメニュー組んで行うのが最もリスク少ないと思います」はいけません。「伯父にお金の援助をしてもらっているため」「専門家がメニューを組んで行うのが最もリスクが少ないと思います」です。
 「聴覚障害に該当しない診断します」は、画面に映った、医師が書いた書面にあった記述です。自分は耳が聞こえないと言っていた作曲家、作曲も別人がしていたようですが、その人の検査を事件発覚後に実施し、聴覚障害には該当しないと診断したようなのですがねぇ、どうやら正式な書面のようなのですがねぇ・・・。
 単なる脱字、たまたま出ちゃったケアレスミスならいいのですが、近ごろの文章は何を見てもちゃんと助詞を書いていない、ただの脱字と言うには多すぎるのです。つまり、抜けたのではなく、書いていない、そう感じることが多いので、ますます日本語の未来が心配になるわけですよ。
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「嫌な気分なく働けれる」って?

2015-01-18 11:35:46 | 気になる言葉、具体例
                                  20キロぐらいランニング

 インタビューで「嫌な気分なく働けれるようになりました」と答えた人を見て、「働けれる」も変ですが、それより何より、「嫌な気分なく」という言い方に驚きました。「快適に働ける」とまでは言えないとすると、普通は「前よりは気分よく働けるようになりました」とか、「気分よく」というほどでもないなら「嫌な気分にならずに働けるようになりました」とか言いませんか?
 また別の人が「あまり気にならなく入ってはおりましたが」と言うのも聞きましたが、普通は「あまり気にならなくて」「あまり気にならなかったので」と言いますよ。「入ってはおりましたが」と続けていますから、きちんとした言葉遣いでしゃべろうと意識しているようですが、そもそも正しい日本語を知らなければ「あまり気にならず、入ってはおりましたが」とは言えませんね。
 変な「~ずに」がまん延し、それならそれで何もかも「~ずに」になりそうなものですが、逆に「~ずに」と言うべきところで「~ず」と言う人もいて、「~ず」も「~ずに」も正しく表現できなくなり、「気にならず」と言えない人が「気にならなく」なんて言う、そういう中途半端な「~なく」もまん延してしまい、そんなこんなで「嫌な気分なく」なんていうのも出てくるのでしょうね。
 「明らかにされておらず、不透明だ」と言うべきところで「明らかにされていなく、不透明だ」、「サイズが合わず」と言うべきところで「サイズが合わなく」と言う「報ステ」のナレーション、すごく幼稚に聞こえるから~( ̄д ̄)! 「報ステ」には、完全に「~なく」だと思って原稿を書いている人がいますね。それをそのまま読むナレーターもナレーターだけど。
 「何も考えなく、20キロぐらいサイクリング」と伊藤慎祐アナ(石川テレビ)が言ったと以前書きましたが、テレビ番組に出演中のことですから、本人はアナウンサーらしくしゃべったつもりです。普段なら「何も考えないで」と言うところを、少し改まって「何も考えなく」と言った、つまり、「何も考えなく」が改まった言い方だと思い込んでいるのですよ。実際、ニュース番組でも、みんな中途半端に「~なく」と言いますからね、そういうものだと一般の人まで思い込むのは当然です。
 「僕には耐えられなく」だの「心配しなく大丈夫」だの、ネット上でちょっと拾い読みするだけでもいろいろ出てきます。前者は「僕には耐えられなくて」の「て」が足りないだけだと分かりますが、後者はどういう意味だか分かりますか? これ、「心配しなくても大丈夫」です。それがなぜ「心配しなく大丈夫」になるんだか~( ̄д ̄)!
 「極Kiwami」という番組で見た「豊国は節と節の間が長く・太く、草履の素材として最適」というテロップ、原稿を書いた人も入力作業者も、よくよく考えたのでしょうねぇ、中途半端に「く」で終わる表現ばかりになって久しいですが、こんなことにもなるのですかねぇ┐( ̄д ̄)г。最小限の修正を加えれば「豊国は節と節の間が長くて太いので草履の素材として最適」となりますが、もっと言えば「豊国は茎が太く、節と節の間が長いので、草履の素材として最適」でしょうか。
 前に「○の数値が高かったのに全く気にしていないで大量に食べます」について、「気にしていなく」と書いてないだけ幾らかましだと書きましたが、「気にならなく」はありましたね。いつも「~ずに」か「~なく」で、もうだれも「~ずに(~ないで)」と「~ず(~なくて)」を区別していないのですから、はっきりこうだと意識しない、というより、脳がちゃんと意識できない、ひょっとして、何を言いたいのか、自分でもはっきり分からないのではないでしょうか。
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「全く気にしていないで」って?

2015-01-11 11:26:58 | 気になる言葉、具体例
                                  野菜は国産です

 「○の数値が高かったのに全く気にしていないで大量に食べます」という記述を見付けました。これを書いた人は、「~ずに(~ないで)」と「~ず(~なくて)」はもちろん、いろいろなことを区別できなくなっています。でも、「気にしていなく」と書いてないだけ幾らかましかなぁ。いや、ましとかいう問題では・・・。
 「幾らかかったか全然知らなく、(中略)連絡してもつながらなく、(中略)帰っても◇はいなく」という、何とも気持ち悪い「~なく」連発の文章を見たことがあります。「サイズが合わなく」は「報道ステーション」で聞いたナレーションですが、落ち着いた声のナレーターが、これはない、ものすごくバカっぽい。
 もはやだれも区別していないのですから、言いたいことをはっきりこうだと意識しないで書いていますよね。それでも、「全く気にしていないで」は何となく変だと感じるでしょう? 感じますよね? ねっ? では、「全く気にしていないで」をちゃんとした日本語にするとどうなるでしょうか。考えてみてください。
 どうですか? 考えろと言っておいてすみませんが、「全く気にしておらず」「全く気にしていないようで」「全く気にしないで」「全く気にせずに」「全く気にすることなく」「全く気にしてなくて」「全く気にしていないので」「全く気にせず」など、どうとでも書けます。そもそも書いた本人が意識していませんし、意識しようにもちゃんとした日本語を知らないから意識できませんよねぇ┐( ̄д ̄)г。
 あ! ひょっとして、「全く気にしていない、なので」が縮まったのでしょうか。2007年に「なので」について書いたことを思い出しました。「今は梅雨だ」+「ので」→「今は梅雨なので」、「な」は助動詞。「健康だ」+「ので」→「健康なので」、「な」は形容動詞の連体形。こういう「な」に接続助詞「ので」が続いて初めて「なので」なのですが、「なので」という形で独立して用いられ、接続詞のようになっているというわけです。
 すっかり定着したとはいえ、場合によっては不適切だと感じることがあります。改まった席での会話や文書には「なので」は合いません。「自然災害と対策」がテーマの番組を見ていたとき、緊迫感のある映像、低めの声、である体のナレーション、怖いなぁと真剣に聞いていたら「川沿いの道はすぐに冠水する。なので」などと言ったものですから、思いっきりずっこけました。こういう「なので」の「で」?
 「原因が分からないで治療が遅れた」は、はっきり誤りだと分かる例です。原因をなかなか特定できなかったから適切な治療ができなかった、それは「原因が分からなくて治療が遅れた」「原因が分からず、治療が遅れた」です。当たり前ですが、いつもどうとでも書けるわけではないのですよ。意味がはっきりしていたら書き方も明確に決まります。多くの人がその決まりを無視しているだけなのです。
 「そういうことは心配しなくて修行に励んでほしい」は誤りで、「そういうことは心配しないで修行に励んでほしい」もしくは「そういうことは心配せずに修行に励んでほしい」と言わなければいけないのです。「そんなこと心配しないで!」と言いますよね、だれも「そんなこと心配しなくて!」なんて言いませんよね?! なのに、なぜ「心配しなくて」なんて言うのでしょうか。ちょっと考えれば分かることなのですから、ちょっと考えてほしいなぁ(^^)。
 それから、これは余談ですが、「くりぃむvs林修!」とかいう番組で聞いたいいかげんなナレーション、説明が正しいかどうかなんて全く気にしておらず、どうせだれも知らないだろうと思っているのがばればれ。「相棒」で冷凍イカが凶器として使われたことがあるという話をしていたとき、被害者のことを料理研究家だの料理評論家だの言っていましたが、違うから! インスペクターだから!
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「左側に立つ人が偉い」って?

2015-01-04 11:28:14 | 言葉についてあれこれ
                                カイロス!

 「グレーテルのかまど」の「女心をわしづかみ!プリンセス スイーツ」で女王陛下のヴィクトリア サンドイッチ ケーキを紹介していたとき、ヴィクトリア女王と家族を描いた絵が画面に映りました。そして、かまど(キムラ緑子)が、中世の絵画においては「左側に立つ人が偉い」という鉄則があって、一見するとほのぼのした家族の絵だが、実は、自分は女王であり、自分が偉いということを示すため、左側に自分を描くようにヴィクトリア自身が指示した、という話をしたのです。
 ヨーロッパでは右側に立つ人が偉いわけですから、「左側に立つ人が偉い」というのは違います。その絵は、向かって左側に椅子に腰掛けているヴィクトリア、ヴィクトリアの周りに子どもたち、向かって右側に立っているのが夫のアルバート、こういう具合です。これを見ながら「左側に立つ人が偉い」と聞くと、ヴィクトリアの左側に立っているアルバートが偉いということになります。つまり、かまどは、右側と左側、向かって左側と向かって右側、これを区別していないのです。
 では、どのように説明すればいいでしょうか。中世ヨーロッパの絵画においては「右側に立つ人が偉い」という鉄則があって、一見するとほのぼのした家族の絵だが、実は、自分は女王であり、自分が偉いということを示すため、自分が右、夫のアルバートが左、すなわち、向かって左側に自分を描くようにヴィクトリア自身が指示した。どうですか、これなら分かるでしょう?
 「ジョニー・アップルシードのアップルパイ」でも、「まだ青みがかったリンゴ」と聞こえたとき、画面には、軸の周りが少し赤いけれどまだまだ青いリンゴが映っていました。ひょっとすると、原稿は「まだ青みが勝ったリンゴ」だったのかもしれませんが、例えば「青みがかった緑」は青っぽい緑であって、青みが強い緑を言うのではありません。ですから、赤くなっていないリンゴは「まだ青いリンゴ」でいいのです。
 ちなみに、私の心をわしづかみにしたのはザッハトルテです。ウィーンで購入したザッハトルテを食べたことがあるという知人から聞いたのですが、それは日本のケーキ屋で売られているものよりかなり甘いそうで、砂糖を入れないで泡立てた生クリームを添えるのはそういうわけなのかと合点がいきました。アップルパイも好きぃ~(⌒・⌒)。だけど、本当に食べたいのはタルトタタンだよぉ~。
 昨年◇◇市から△△市へ引っ越し、ケーキ屋、パン屋、あちこち行ってみました。チョコレート系のケーキはおいしいのを見付けましたが、おいしいアップルパイがない(T_T)。モンブランもクッキーも、はっきり言っておいしくない! ◇◇市では、近くのお店でサクサクのおいしいアップルパイを買えたのですが・・・。
 「痛快TV スカッとジャパン 身の回りの悪いヤツがスカッと倒される痛快劇!」というのをYAHOO!テレビの番組表で見たのですが、もやもやする表現はどこか分かりますか? これを書いた人は「身の回り」の意味を理解していないようです。「身の回り」は、「周り」ではなく「回り」と書くことに意味があるわけで、この場合は「身近にいる悪いヤツ」と書くべきですよ。ほんと、スカッとしないったらo(`д´)o!
 物事をちゃんと分かるように言葉で表現する力が足りないのでしょうね、放送業界にはそんな人が大勢います。「世界まる見え!テレビ特捜部」で、話し手が「この世の終わりが来たかのようですよ」と言っているときのテロップが「この世の終わりが来た」でした。どこの局もそうですが、テロップ入力作業者は簡潔にまとめるのが本当に下手。字数を増やせないなら「この世の終わりのよう」と書けばいいのに┐( ̄д ̄)г。
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