予感として・・・これじゃあまずいのでは? という小さな波紋が及んで来た・・・
ガイド資格制度と旅行代理店業の関係性についてです。某大手旅行代理店会社の本州支店から直接、ガイドの申し込みがあったのですが、それに北海道支店から介入がありました。支店というより本部の意向を踏んでいるのでしょうが・・・。
旅行代理店が手配した先に対する包括的な賠償責任のあり方がなんでも強化されたようなのです。万が一事故がありその賠償責任を問われた時に、当然「過失」が焦点となります。 だから、旅館であろうと運送であろうと旅行代理店は手配する時に、それらの免許をもっている旅館業者であり運送業者を手配するわけですが、ガイドについても、北海道アウトドアガイド制度で資格を持っているガイドを手配するという方向性を打ち出しています。
トムラウシの事故の一件もありますから、社会的に当然のことではあります。
しかし、これは別の側面から見ると それでいいのか?という問題点もあります。
◆ 資格を持っていれば、そのガイドは大丈夫なのか?
ガイドは技術職です。そして、それを維持してゆくためには日常のトレーニングやスキル維持のための勉強が必要です。 この資格制度は、現状では更新講習、スキル維持のための講習などを恒常的に実施するにいたっていません。
では、そういった機会を提供してゆけばいいではないか、となりますが、制度維持のためにはコストがかかります。それを誰が負担するか、明確な状況となっていません。個人が講習に必要なすべての経費を負担すべきか、税金を使うべきか・・・?
ガイドの技というのは、本当に公的機関、公的性ある機関だけで保障できるものなのでしょうか?
◆ 地域振興の観点からの格差の問題
多様で広い空間の自然地域には、ガイドをする機会が多く生じます。観光客が来ますから。しかし、小さな地域には、それほど多くのガイド希望の来訪者は来ませんし、また、キャパシティの問題から多くの観光客の来訪も望んでいない場合もあります。前者をフィールドとすれば、時間とコストをかけて資格を取ることにメリットもでるでしょうが、後者は年に数える程度のガイドの機会があるだけかもしれません。すると、あえてコストと時間をかけて、ガイド資格を取ることの必要性が薄まります。
すると、旅行手配があるツアー、あるいはガイドは、多くの観光客がくる自然がある自然観光地だけとなり、小さな地域は陽の目があたらなくなる可能性があります。 ましてや、現在国が推進している農山漁村交流プロジェクトでのガイドも同様に考えられてくると・・・、多くの観光客、来訪者が受け入れられる場所だけが、より脚光を浴びてゆくという傾向が強まるかもしれません。
ある程度の大きさの観光地と旅行代理店には意味があるけれど、本当に利用者にとって、あるいは地域にとって意味があることなのだろうか?
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◆ガイド資格制度はひとつでいいのか?
今のところ、アウトドア事業に関ってこなかった人たちにとって(つまり利用側)、ガイドの資格性を判断する基準が明確にないから・・ということから北海道アウトドアガイド資格制度ができあがったのだと思います。しかし、それを公的機関、あるいは 唯一の公共性機関だけが担っていいのか?という問題が論議されていません。
自動車免許などとの資格性とも違う、医者や弁護士とも違う、調理師免許とも違う・・・ ガイド業というのはまた違った特性を持つ仕事だと思うのですが・・・。また、全てのガイド領域に資格制度が必要なのか?その論議が深まっていないと思います。
はたまた、利用するフィールドの質、地域性の違いがあります。それを一様のガイド資格でカバーしていいものか? という考え方もあります。 このことは、これまでも、ナショナル資格か、ローカル資格にすべきか、いろいろな議論があります。
リスクマネージメントが最大の利用者側(旅行代理店)の期待するところでしょう。 それは当たり前のことで・・・、結局のところ 個人の資質にかかっている能力でもあります。単に制度を敷いたからといって、リスクマネージメント力が高まり、事故がなくなるものではない・・この辺りが、なかなか理解されない。
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ねおすとしての 制度も 考える時期かもしれません。
あまりコストがかからなくても、個々人のリスクマネージメントを高めるサポートをすることを目指して・・・