晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

日置のこと(55) 暦会館-2 11/6

2013-11-06 | 上林地名考

2013.11.6(水)晴れ

 暦会館が土御門(安倍)家と名田庄との関係で設立されているのは事前に知っていた。土御門家(つちみかどけ)の荘園でもあり、戦乱を避けて一時居住したということだ。年表を見ると正中の変(1324)の翌年安倍有弘が若狭に下向し、1601年土御門家京都帰館となっている。現実に名田庄に住み続けたのは有宣、有春、有脩の三代110年ということである。もちろんその間京都との間を行き来したことと思われるが。
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土御門家が移り住んだとされているところは美母呂の路として整備されている。

 今回の暦会館の訪問目的はこれほど長期間名田庄に居住したとすれば、この地で月、太陽、星座などの天体観測をしていたと予想し、その場所や器具、あるいは地域の伝承など残っていないか探ってみたいと思ったことである。
 連休明けのウィークディとあって道の駅も暦会館もがら空きである。入場料200円を払うと、パンフレットと来年の宝暦をもらう。まずは別室で暦に関するビデオを見せてもらうこととなる。土御門家と名田庄のつながりがわかるビデオだが、気になる映像があった。土御門史跡、天檀で
行われる神事である。神前に正方形の台地が作られ、四方に鳥居が建てられ、その中で神事が行われているのだ。鳥居とは一種の結界のようなものだが、天体観測用の照準となっているという説もあったり、大神神社の三ツ鳥居のように特定の神社、その向こうに夏至、春秋分、冬至の日の出を指している(大和の原像)というような例もある。P1010677

 
まずはビデオで研修


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天檀、四方の鳥居が興味を引く

 館内の展示物は暦に関するもの、観測方法や用具、卜占に関するものなど多岐にわたるが、書物で見知ったものばかりで特段目新しいものは無かった。ただし、本物を見られるという感激は他に代えがたいものがある。館長さんと思われる方がつきっきりで説明してくれるし、わからないことは質問できるので大変参考になった。
 名田庄に百年以上居て、その間暦を出し続けた事は理解できるが、何処に住まいし、何処でどのように観測をしていたか、伝承なり古文書なり残っていないのか聞いてみた。
 「この時期(名田庄に移り住んだ時期)には暦法が確立していたので、天体観測の必要はありません。観測をしなくても暦を発行することはできますから、この地で暦の発行や祈祷をしていたのでしょう」
 土御門家が名田庄に避難していたのは、1488年~1601年のことという。その期間は日本では宣明暦(せんみょうれき)という唐の暦を使用している。宣命暦は861年から1684年まで823年間使用されもっとも長期の使用となっているが、中国で使われることを前提としているため誤差も大きかったとある。当の中国では893年に改暦しているので、日本で改暦が進まなかったのは、国内が不安定であったためだろうか。つづく

【作業日誌 】芝生草引き(4日目)

【今日のじょん】
くるみちゃんの病気が心配なのは、どうやらマーブルと同じ病気らしいのだ。命に関わることだし、マーブルが亡くなった頃に発症しているという偶然も気になる所である。原因は色々あって特定できないそうだが、ストレスというのもあるそうだ。人間の場合訳のわからない病気はすべてストレスで片付けられるのだが、犬の場合予想以上にストレスが大きいようだ。特に信太山三兄妹はストレス耐性が無さそうだから、、。
 かみさんが電話したら、持ち直して頑張っているそうだから、ちょっと安心。ガンバレヨくるみちゃん。P1010708



じょんは元気にイノシシのヌタ場発見。


 
 

 

コメント (1)
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