2014.4.28(月)曇り「青」と「オウ(オー)」の地名学を読む④
相差はおうさつと読む。鳥羽市の南端、相差町は的矢湾の入口となっている。外間氏は少し沖にある岩礁の大島をオウの島に比定しているが、目崎氏はそれよりも陸繋島になっている鯨崎が「奥武」と類似しているとしている。しかし鯨崎にオウの島としての特徴的なものは何も示されていない。しかもこの西にある青峰山を「聖なる山」として、大島・相差・鯨崎・青峰山の東西性の聖地ラインが認知されるとスピリチュアルな言質となっている。
相差の地名由来は「前の浜」「白浜」「片浜」などの「大砂津(おおさつ)」にちなむといわれる。またこの北にある麻生浦(おうのうら)と同様に粟島にちなむともいわれる。
前半の文は理解できるのだが、後半の部分はなんとも独りよがりの文章で、何を意味するのか分からない。麻生浦は確かに鳥羽市に存在するのだが、粟島というのは付近に見当たらない、つまり麻生浦と粟島という関係は読者には少しも見えてこない。
英虞湾、五ヶ所湾、贄湾、古和浦湾沿岸を走破した。(2006,12,10)
相賀(おうか・南伊勢町)というのは志摩半島の南にある五ヶ所湾の西湾口に相賀浦があり、大池と呼ばれる入り江に突き出た陸繋島がある。この丘に神社、寺、墓地があり「奥武」の地理的位置に対比できるとしている。
相賀は北牟婁郡紀北町にもあり、相可が多気郡多気町にある。後者は海から離れているが、平地に突き出る岬状の地形でもあり、なにか地形の意味をなす地名なのかも知れない。
つまりこれらの位置的な類似、寺や墓があると言うだけでは、「奥武」=「相」とは言い切れないし、民俗的な調査や現地の詳細な調査がほしいものである。つづく
【作業日誌 4/28】
薪割り、芝生刈り
【今日のじょん】久々にコロスケがきた。まあとにかく、動き回って、常にバタバタしている。水もおやつもいらんから遊んでくれいって感じだ。近づくとこの姿勢になるのだが、これは攻撃とか警戒ではない、じょんもドンベエに出会うとよくこの姿勢をする。