2014.10.22(水)雨
さてこの「まじないと人」の特別展は12月14日(日)まで開催されている。
興味ある多くの展示品が紹介されているので、この機会に是非ご覧あれ。
まず目を引いたのは木棺である。ほぼ原形をとどめる木棺と子供用の木棺、
よくぞ腐らずに残っていたかと思う。発掘されたのは資料館から東に500m
の府道160号線沿いの老健施設遊々館の辺りと聞いて驚く。そこは畷生会病院
の送迎バスでいつも通っているところだから。
雁屋遺跡出土の木棺等、右は遊々館
木棺の他に死者を運ぶ担架と鳥形木製品が出土している。鳥が死者の魂を
運ぶと考えられていたことは他の壁画等でも理解できるところである。
木棺がよく保存されていたのは木質のためかと思い、学芸員さんに素材を
聞くと高野槙ということであった。高野槙はマツ目で、マツは水中で強い木材だと
聞いていたので、おそらく出土地は水辺だったのだろう。後で調べると四條畷市は
かつての河内湖の岸にあたるそうだ。
隣に展示してある人骨は桧の棺に入れられていたそうで、棺は完全に腐食し
人骨のみが化石化して残ったそうだ。
次に興味があったのは、はそうである。はそうというのは古墳時代の須恵器の
一種で、胴の中央に一個の小孔があり、何のためのものかよく解らない土器である。
現物を見るのは初めてである。どこかで展示されていたかもしれないが、意識
して見たことはないので、初見としておこう。
これがはそうだ。栓をしたまま発見された。
実は「古代の朱」(松田壽男著)に古代の水銀蒸留器ではないかという説が
載っており、そのことも学芸員さんに聞いてみた。
「はそうというのはどこにでもいくらでも出土するもので、水銀蒸留などと言う
特殊な作業に使われるものとは考えられません。また、そういった成分の付着も
聞いたことがありません」と見事に否定されてしまった。
帰ってから「古代の朱」の記事を読んでみると、祭祀用と実用が区別されるとか
福井市本堂町から出土したハソウは明らかに実用品として再三使用されたもので、
高熱で作製され、内部に朱砂が残留していた、と書かれている。
祭事用のものはこれを薄手にしてもっと小形であり、全国でいくつも出土している
とある。
いくつも出てくるはそうが実用品を模した祭祀用だとすると、松田氏の説も納得がいく。
ただ、今回展示されているはそうには木栓が付いているのだ。祭祀用であれば、木栓は
必要ではないとも考えられ、やはり何かの必要があって実用に使われていたものと考える
方が順当である。いずれにしても不思議な土器である。つづく
【今日のじょん】
雨の散歩は辛いなあ、おっお隣が溝の掃除をしはったなあなんて言ってたら、猪の仕業
だった。