『日本橋七福神を巡る』③、3社目は茶の木神社である。この企画、10月に椙森神社、寳田恵比寿神社を回って2ヶ月のブランク、これには理由がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/57/da/8abb262b9ba43459b335437e1e6ecb81.jpg?1704326531)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/31/d24daffcdd30c7d96af000a8ee3678b0.jpg?1704326531)
3社目と考えていた茶の木神社は2種類の御朱印があるが、片方は七福神めぐりの布袋尊。これは他の七福神の神社で頂ける。しかし、茶の木神社のものは1月1日〜7日のみ、リアルの対面で頂くことができるからである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/f7/ad52fdcd178ef6111b3eb8285175b4c0.jpg?1704249168)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/7d/c76fdb01556bae5ab6635aee3fc57b17.jpg?1704249202)
普段は無人の神社であり、東京メトロ半蔵門線水天宮前駅より徒歩3分ほど。大規模な高層マンションの一角にある。参道は殆どなく、入るとすぐに社殿。神主などのいない無人の神社である。お正月のみ、お隣のマンションの一室で御朱印を受け付けるのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/62/575be1c789ddab9ddd2be61d9b262dcb.jpg?1704326605)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/0f/4c2e44714635ac6e3d25c5ba164f7259.jpg?1704326605)
この土地は江戸時代、下総佐倉藩主堀田家の中屋敷があった場所であり、その守護神として作られたもの、周りに茶の木が植えられ、茶の木の緑が美しかったこともあり、『お茶の木様』と呼ばれていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/52/57/8b79e2b197b6cd69eb986b2248002d3c.jpg?1704249248)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/0d/ec456f4316c62e00d2a3b7dbba20031e.jpg?1704249248)
また、この屋敷を含め周辺の町内からも火災が起きなかったことから、いつの頃よりか火伏せの神と崇められ、堀田家も年一度の初午祭の日のみ、開門して一般の者の参拝を認めていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/0b/7e5ca5c522637d5a664588945c7527ab.jpg?1704249272)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/55/a1cf689e99273bc72ec5e1c9664321b6.jpg?1704326638)
関東大震災以降はこの地を決め、地元自治会が社殿を築造したが、地下鉄日比谷線の開業に伴い、一度本社を解体し、御神体を東伏見大社(東京都西東京市)に一旦移した。地下鉄完成後に再び関係者の尽力により、再興。さらに1981年に布袋尊ご遷座を賜り、日本橋七福神に加わったもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/c2/2972fca05db182b7dcca8c2645527f3e.jpg?1704249319)
今もこじんまりした社殿の周りには茶の木が植えられて、町会の人が交代できれいに掃除されている。朝の通勤時には前を通ると必ず手を合わせて拝む人もおり、地元からは大変大切にされていることがよくわかる。