三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「Love Sarah」(邦題「ノッティングヒルの洋菓子店」)

2020年12月11日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「Love Sarah」(邦題「ノッティングヒルの洋菓子店」)を観た。
 やや盛り上がりに欠ける作品である。理由はみっつある。
 最大の理由は出てくるお菓子がどれも美味しそうに見えないことだ。松本穂香が主演した邦画「みをつくし料理帖」ではどの料理も美味しそうに見えた。本作品のお菓子類はなぜかそれほど美味しそうに見えなかった。こういう店を開く系の映画では、食べ物がどれほど美味しそうに見えるかで観客のテンションの上がり方が変わる。しかし美味しいだけでは店は流行らない。こんなに美味しそうに見えるのにどうして流行らないのか、主人公の創意工夫が試される。それが面白い。本作品では店が盛況なのかさえよくわからない。
 ふたつ目の理由は、ベーカリーなのにお菓子ばっかり作っていることである。原題は「Love Sarah」だが、邦題は「ノッティングヒルの洋菓子店」となっていて、解説もお菓子屋の設定である。お菓子ばかりでてくるから無理矢理にそういう邦題にしたのだと思うが、登場人物の台詞はベーカリーである。ベーカリーはお菓子屋ではなくパン屋だ。パン屋であれば、お菓子よりも焼きたてのパンが見たかった。仲間に加わったマシューは一流のパティシエという設定だからお菓子ばかり作る。
 しかしベーカリーなのだからお菓子でなくパンを焼くのが望ましかった。パティシエのマシューがクオリティの高いパンを作る中で、満を持してとっておきのお菓子が出てくる展開なら気分は盛り上がる。本作品ではお菓子の大安売りみたいにお菓子のシーンばかりで、しかもあまり美味しそうに見えないから気分が盛り下がってしまった。
 最後の理由は、登場人物の底が浅いことである。いろいろなものを捨てて人生をかけてパン屋をはじめた筈なのに、店の今後に対する危機感もなく、店作りに対する覚悟のほども感じられない。パン屋よりも人間関係にかまける部分もある。人間には多くの側面があるのに、たったひとつの事実を見て相手の思惑を決めつけてしまう。そして嫉妬し、拒絶する。不惑前後の女性がそんな単純であるはずがない。
 ノッティングヒルと言えばバッキンガム宮殿にほど近い場所で、有名な二階建てバスをはじめ、交通の便はいい。その分、交通量が多い。そういう場所で自転車を飛ばす危険性を不惑近くの女性が知らないはずもなく、映画は序盤からリアリティに欠けている。グロさを嫌ったのかもしれないが、せめてサラの交通事故現場のシーンはあったほうがよかったと思う。
 サラがいかに素晴らしい女性であったか。素晴らしい母親であり素晴らしい友人であり素晴らしい娘だったこと、そのサラを失った悲しみと、それを乗り越えていくシーンが揃ってこその感動である。本作品には悲しみのシーンがなくて、単に女性が集まってパン屋を作る話になってしまった。文化祭の喫茶店を出すみたいなレベルの話である。残念ながら駄作と言わざるを得ない。