映画「大河への道」を観た。
いかにも落語が元になった話らしく、笑いと涙の人情物語である。
中井貴一はコメディアンぶりを存分に発揮しつつ、堂々たる主役を王道に演じている。流石である。松山ケンイチが珍しくおふざけのトリックスターを演じていて、中井貴一の周りをかき回す。こういう役もできるんだと感心した。北川景子はいつもの美人役だが、ちょっと斜に構えていると思いきや、生真面目に役割を引き受けたりする。才女で美人で思いやりがある。与謝野鉄幹の歌「人を恋うる歌」を思い出した。
千里の道も一歩から。日本列島の海岸線をすべて描き出すという壮大な計画も、日々の細かい作業の積み重ねである。集中力と根気のいる大変な作業であり、それを何年も続ける訳だから、志を持続させる精神力は驚嘆に値する。
そういった作業をひとりではなく、集団で行なうのだから、気持ちをひとつにする必要がある。仲間をまとめあげた伊能忠敬の指導力の凄さが窺える話だ。波乱万丈の人生を歩んできた忠敬だからこそ出来たのだろうと思う。そして忠敬の死後も、集団の意志のエネルギーは衰えることがなく、機関車のように力強く目的地に向かう。もはや誰も止めることができない。
本作品を見れば、伊能忠敬をまったく知らなかった人も、その偉業がどれほど凄いものであるかを理解できる。そういうふうに作られた作品なのだ。現代のシーンでは伊能忠敬についての客観的な情報を提示し、当時の場面では測量と書き出しの苦労を描き出す。この両輪で伊能忠敬という人物が立体的に浮かび上がるという寸法だ。
落語は語りと身振り手振りだけで話をするが、上手な落語では客は話の内容を微に入り細に入り理解することができる。まさに本作品は、映画の形式をとった落語であり、中井貴一が作りたかった作品がそのまま実を結んだように思う。見事なエンタテインメントだ。