映画「明日を綴る写真館」を観た。
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脇役で豪華な俳優陣が登場するのは、平泉成の人脈と人徳だろうと感心したが、キャリア初の主演映画にしては、役柄が平凡だし、キャラクターの掘り下げも少ない。相手役である若いカメラマンの五十嵐の方は、その来し方を詳しく紹介されていた。肝腎の写真館の主人にも、それなりの波乱万丈があったはずだが、過去は殆ど描かれず、どんな心境なのかがわからない。
平泉成は脇役として長いから、もしかしたら主役然として自らの人生を表現するのが不得意なのだろうか、などとも考えたりした。それにしても、序盤で少しだけ登場する佐藤浩市でさえ、転勤が多くて苦労をかけた妻への愛を切々と伝えてくる。なのに主役の心のうちは、さっぱりわからない。
物語としては、世俗の人々の群像劇みたいな人情噺で、悪い作品ではないのだが、平泉成の大活躍を期待していただけに、ちょっと不満が残る。でも、あんなもんか。平泉成らしいと言えば、らしい。
本作品ではカメラマンという言葉を使っているが、巷ではこのところの風潮から、フォトグラファーと呼ばないといけないようだ。カメラ「マン」がよくないらしい。なんとも不自由な世の中になったものである。
ACジャパンのテレビCMでは、日常のシーンを紹介して、その行動の主体が男女のいずれだと思ったか、バイアスではないかという問いかけをする。正義ぶっていて、鼻持ちならないCMである。こういう思考回路をよしとする風潮が世の中に支配的になると、ますます人間関係が希薄になり、ますます少子化が進むに違いない。本作品に出てくる「ウェディングドレスを着たい」という台詞も、そのうちNGになりそうな気がする。面倒くさい。
人間は多かれ少なかれ、偏見やバイアスを持っている。それは個性でもあり、人格の構成要素でもある。物語で言えば、時代背景の表現でもある。だからこそなのだが、本作品の主人公はもっと偏屈で、平泉成がポテンシャルを最大限に発揮せざるを得ないような、難しいキャラクターであってほしかった。